ep.10 久しぶりの屋敷 (2)

 帰宅したアルベルトも交えて、皆で夕食の卓を囲みながら、ユーフォリアがこの一ヶ月で見聞きしたことを話す。


 平野での魔獣討伐の話であったり、城での暮らしの物珍しさや、よく会話する隊士のこと、最後に国内の巡回任務について話したところで、少し残念そうに首を傾げた。


「いつも行く店の辺りも何度か回ったけど、グレアたちに会えなかったね」


「左様でございますね。それにしても、充実していらっしゃるようで、何よりでございました」


「うん。すごく忙しい。アルベルトがなかなか帰ってこない理由、分かった」


 瞬く間に食事を終えたユーフォリアが、伺うようにグレアの顔を見る。許可を得て厨房へ行き、二杯目のスープとパンを皿に盛って帰ってきた彼女に、グレアは口元を拭ってから尋ねた。


「城での食事は問題ありませんか?」


「うん、美味しい。でも野営の時とか、食べられない時も多いから、食べれる時に腹一杯食べておけって皆言う」


 だから毎回沢山盛ってもらっている、と胸を張るユーフォリアに、シキが苦々しい顔で首を振る。


「お嬢様、否定は致しませんが、今後社交の場に出られた際には、そのお話は控えられた方が良いかもしれません」


 少し怪訝な表情を浮かべ、手元のパンを千切ったユーフォリアが、その形状を見て何か思い出したように顔を上げた。


「あ、そういえばね。野営中にお腹が空いた時に、虫採って食べようってことになって、これくらいの、地面に埋まってるやつなんだけど、焼いたらすごく美味しかったよ。栄養も多いんだって。この辺りにも売ってる? それとも今度、採って帰る?」


「お嬢様、お気持ちはありがたいのですが、そのお話は食事を終えてからに致しましょう」


 かなり久しぶりに見る、グレアのどこか不穏な表情に、どうやらまたほうを間違えたらしい、とユーフォリアはパンを飲み込んでから頷いた。



 満月が頭上を少し超えた頃、アルベルトの部屋の寝台で、ユーフォリアは隣に横たわる男にもぞもぞと擦り寄った。


 アルベルトとは同じ城の中にいるものの、直接顔を合わせる機会は意外と少ない。仕事に関する連絡も、部隊や小隊を通して渡されることがほとんどで、たまに廊下で姿を見かけても嬉々として話しかけに行ってはいけないのだということは理解していた。


 結局きちんと話が出来たのは、入団の時と、それから途中に一度あった新月の夜だけで、魔力供給に関する月二回の逢瀬だけは城にいる時でも必ず行う約束をしていた。


「騎士団はどうだ?」


 頭上から降ってきたアルベルトの端的な問いに、ユーフォリアはうんと頷き、気に入っていると答えた。


「アルベルトともっと会えたらずっと良い、けど城にはいるからそれで良い。剣もだいぶ覚えてきた」


「時間を作ってやれず、すまないな」


「ううん、騎士団長はいつも忙しいって、皆言ってた」


 そう答えながら、ユーフォリアは小隊での会話を思い出す。


 シキは何やら随分と気になることがあるようだったが、彼らとの接触は存外悪くなく、特に騎士団長の話をしたがる者が多いという点が気に入っていた。


「そういえばアルベルト、嫌われてなかったよ。レオネルも皆もいつもアルベルトの話してる。えっと、清廉実直で、あと稀代の傑物だって。レオネルも副団長になって、アルベルトの助けになりたいんだって。でもなるのは私だって言っといた」


 それは恵まれたことだとアルベルトは微かに笑い、ユーフォリアの頭に触れて髪を撫でる。


「小隊の者とは上手くやっているようだな」


 その評価に、ユーフォリアは少し自慢げに頷いた。


 特にレオネルとは共に過ごす時間が長いが、一度最初の頃の態度を謝罪されたことがある。アルベルト騎士団長の追っかけのような扱いをして悪かった、とそう言われたが、何も間違ったところはないのに何を謝っているのかよく分からなかった。


 その後は彼に紹介されるような形で、主に訓練場にいつもたむろしている隊士たちと顔馴染みになっている。


 朝から晩までいつ訪れても、話もそこそこに誰かと剣を打ち合わせることができるあの空間が、ユーフォリアは城砦の中で一番気に入っていた。


「あの小隊の中で、それから訓練場で会った人間の中でも、一番剣が上手いのがレオネルだ。でもアルベルトの方がずっと強い」


 それは光栄だ、とアルベルトはまた少し笑う。


 彼女の話題は、わざわざ調べようとせずとも否が応でも耳に入った。初めはまた冷やかしで騎士団に女が立ち入ったと噂になっていたが、彼女の剣の腕を見るやその評価は一転した。


 人間離れした身軽さと腕力を持つユーフォリアが、得物を爪から剣に変えたとてさしたる問題ではなく、技術の拙さなど容易に覆い隠す程の暴力的な力で、連日訓練場で男たちを吹き飛ばしているという。


 入団前に軽く剣の基礎を教えた時のことを思い出し、アルベルトは彼女に見えないところで微かに眉を寄せた。


 いかなる者といえども、初めて武器を手に持ち対峙する人間に向けた時、そこに多かれ少なかれ迷いや躊躇いのようなものが生まれる。しかし、彼女の場合には微塵もそのような気配はなく、ただ嬉々として剣先を教えられたように躊躇なく振り下ろした。


 屋敷に連れて来る前、初めに交わした『意味無く他者の命を奪わない』という約束は、今も彼女は律儀に守り続けており、更には意図せず何かを傷付けることのないよう、自身の動きや力の具合には常に注意を払っている様子でもある。


 だが屋敷で過ごす中で、更にはこのひと月の間にすら、彼女の身体能力は飛躍的に成長しており、一度訓練場の剣を叩き割った以降は、二度目のないよう特注の剣を使わせていた。


「分かってるよ。訓練場でも、大怪我させるのは駄目。人間はそんなに早く治癒しないから」


 いつの間にかアルベルトの腕を抜け出していたユーフォリアが、僅かに身を起こし、彼の顔を見ながらそう告げた。


 アルベルトは苦笑して彼女の頬を撫で、細い身体を再び腕の中へとしまい込む。


 先程彼女から受け取ったばかりの魔力が体内には満ち溢れ、異質な程の熱を放っていた。


 彼女の体内魔力が人並外れて豊富であり、治癒速度にも優れていることは既に隊士たちに知らせてあることだが、この調子で成長を続ければそれもいつまで誤魔化せるだろうかと思う。


「剣の腕や治癒といったことには、私の方でも情報を操作する。だが、くれぐれも魔力の放出には気をつけろ」


「うん、分かった。あの夜、新月で良かったね。アルベルト、殺されるところだった」


 小さな欠伸を漏らしながら、ユーフォリアがそう答えた。


 彼女が初めて城砦に忍び込んだ夜は、彼の策により新月を選ばされていたが、もしも他の夜であれば容易にことは済んでいただろう、と閉じた瞼の下で考える。


「ああ、お前の不勉強に救われたな。今であれば、別の手段を取ったろう」


「喉を裂くか、それか剣を奪ってたと思う。アルベルトが死ななくて良かった」


 穏やかな声にそぐわない物騒な内容に、アルベルトは軽く笑って、掛け物を少し引き上げた。


「もう眠るぞ。明日には城に戻る」


「ん……おやすみ、アルベルト。騎士団にしてくれて、ありがと……」


 ほとんど眠ったような声でそう呟き、ユーフォリアの吐息はすぐに寝息へと変わる。


 その後頭部をひと撫でしてから、アルベルトも同じく瞼を下ろした。

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