ep.8 屋敷での生活Ⅲ (1)
ユーフォリアがアルベルトのもとへと身を寄せてから、もう幾度目かになる満月の夜がやってきた。
彼の部屋の寝台の上で、深く身を繋げた状態で、彼女は窓から差し込む光に目を細める。
相変わらず毎月この夜は、内から暴れ出すような熱に襲われたが、真っ白に溶けそうな感覚の中で彼の体温に触れられることが、ユーフォリアは非常に気に入っていた。
肌の表面をなぞられる感覚に、ユーフォリアは微かに震えてから意識を彼へと戻す。
脇腹から背中を滑る指先は、いつもの彼のものであれば相当硬いはずであるのに、少しの痛みどころか違和感すらも全く感じさせない。
ぐ、とそのまま少し持ち上げられると、寝台から浮かんだ上体が、彼の肌へとぴたりと触れた。
芯から熱を持った身体は、未だ滾るように熱く、彼の胸や腹に触れている箇所が少しひやりと心地良い。
ユーフォリアは堪らず彼の首の後ろへと両腕を回し、一層強くその身体を抱き寄せた。
「アル、ベルト……あ、つい……」
「ああ、出来るだけ力を抜いていろ」
それだけを告げて、アルベルトは彼女の深層へと意識を潜り込ませる。
幾重にも張り巡らされた魔力組織は、回数を重ねるごとに複雑に、深くなっていく。
身体を暴き、肌を合わせて、滴る汗と唾液がすっかり混じり合う頃に、ようやく辿り着けた彼女の熱の根源からアルベルトはそっと魔力を引き抜いた。
途端、堰を抜いた川のように、濁流となって彼の側へと力が流れ込む。
今にも己の身体を引き裂かんとするそれらを、一つ一つ丁寧に仕分けるように体内へと収めていたアルベルトが、ふと前回との違いに気がついた。
「制御の術が、確実に向上している」
その評価が嬉しかったのか、ユーフォリアがくすぐったそうに目を細める。
「だ、って……アルベルト、倒れるの、こまる」
「前回はすまない、少しばかり油断していた」
そう言って苦笑すると、アルベルトはユーフォリアの目尻へと口付け、そこに微かに浮かんだ液体を吸い取った。
魔力の供給に際して、彼女と身を重ねるようになってから、口内干渉のみであった時よりもアルベルトはより深くユーフォリアの体内魔力へ接触できるようになっていた。
流れの制御や調整についても格段にやり易く、それは深い粘膜干渉であることからして当然なのだが、しかし前の月の満月においては、彼女の魔力を体内に取り込み過ぎた。
アルベルトは行為から数日に渡って、過剰な魔力による発熱に苛まれることになり、ついには執務を切り上げて休む羽目に陥った。
その数日間のことを思い出して、ユーフォリアはまたアルベルトの首に腕を回し、彼の首元に顔を埋める。
連日アルベルトが屋敷に滞在し、寝所へ行けばいつでも顔が見られることは僥倖だったが、彼が苦しそうな表情を浮かべていることは良くないと思った。
今回はそうならないと良い、とそんなことを考えながら、身を繋げたまま彼の下でもぞもぞと身を捩る。
ふと、先端が体内を擦った時に、むず痒いような感覚が背を走った。
「あっ、アル、ベルト……供給、おわり……?」
「もう少しだけ辛抱できるか」
「う、うー……」
身体の深層を探られるようなこの行為は、全身に滾った熱が解放されるような感覚がとても心地良い。
しかし、ここのところユーフォリアは、その供給が終わった後の方が良いものであるような気がしていた。
ふっと身体が軽くなったような感覚があったかと思うと、アルベルトとの深層の繋がりが切れ、同時に体内から引き抜かれようとする熱にユーフォリアは反射的に彼の背に腕を回した。
素肌を裂かないように気をつけながら、それでも逃さないように両腕で身体を捕まえていると、アルベルトが諭すように彼女の名を呼ぶ。
「……ユーフォリア」
「やだ、まだやる」
また微かに潤みかけた瞳で、下からじっと見上げてくるユーフォリアに、アルベルトはやがて諦めたように息を吐いて、彼女の頬に手を添えると親指で目元を拭った。
「辛いところがあれば言え」
「うん、あっ……あ、アル、ベル、ト……!」
頷くと同時に緩やかに始まった律動に、ユーフォリアは声を上げてアルベルトにしがみ付く。
首元に顔を埋めると、また彼の匂いに包まれて、安心するような胸騒ぎがするような不思議な感覚がした。
体内を擦る熱の存在を感じ、たまに首や胸元に唇を這わされると、どうしようもない気持ち良さが全身を巡る。
つい先程まで滾っていた魔力の熱とは異なる、背筋が溶けるような熱さに、ユーフォリアはまた艶声を上げてアルベルトの名を呼んだ。
この方法での魔力供給が始まってすぐの頃は、彼女の余剰な魔力を調整したり、反対に枯渇した力を流し込んだりした後で、アルベルトはすぐにその身を離して、汗ばんだ身体を清めながら彼女の心身の具合を労わるような問答をしていた。
それがある時、彼が自身を引き抜く前に、何か不可思議な感覚に気がついたユーフォリアがそれを留め、観念したアルベルトがそのまま彼女の身を愛した。
行為の終わった彼曰く、これは一般的な魔力供給の手法であると同時に、繁殖の方法でもあるという。
暴走や枯渇といった緊急事態を除けば、それを生業とする者に任せるか、また特に供給ではなく後者の目的であれば、身を許した伴侶と行う行為であって――そういえば最初の時にも教えられたような気がするアルベルトの説明を聞きながら、ユーフォリアはようやく、以前に彼が告げた『婚姻』のことに思い当たった。
それであれば何の問題もない、と嬉々として二度目の行為を求めようとするユーフォリアに、アルベルトは、正式な求婚はまだ先の予定だ、と少し渋い顔で返した。
「……苦しいか?」
すっかり熱に浮かされながら、過去のやりとりを思い出していたユーフォリアを伺うように、アルベルトがそう声を掛けた。
ユーフォリアは熱い吐息を漏らしながら、緩慢に首を横に振る。
「う、うん……き、もち、い……あっ、アル、ベルト……アルベル、ト……!」
先程までとは違った意味で芯まで熱くなった身体を押し付けるようにして、ユーフォリアは彼女に覆い被さる男の身体を抱き締めた。
供給の時のように、接着面から力が流れるような気配は無いが、しかし多くが触れている方がより心地良いような気がした。
全身を密着させたまま、ゆっくりと揺さぶられ、時折耳翼や唇になぞるように触れられて、ユーフォリアは再び滾った熱が身体の中心に集まるような感覚を覚えた。
何度か彼の名前を呼び、広い背中と滑らかな銀の髪に指を絡めて、高く小さな声をあげてユーフォリアは軽く身を跳ねさせると、くたりと寝台に沈んだ。
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