可愛い女の子が可愛い女の子に欲情してるだけ

さわじり

第1話 おっぱい

「見て、あかり……先輩、今日ノースリーブ……!」


 昼下がりの大学カフェテリア。

 目の前でサンドイッチを持ったまま興奮しているのは、我が親友・日比野まどか。

 桃色百合女子大学の文学部一年。陽キャ寄りのオタクで、女の子に異様な熱量を注ぐ愛すべき変態だ。


「肩のライン、やばくない!? まるい! やわらかそう! あの布を支えてるのはもはや重力じゃなくて奇跡!!」

「何言ってんの?」

「つまり尊いってこと! しかもあれ、微妙に透けてるのがまた……! 見せすぎず見せなさすぎず、あの絶妙なライン……あれはもう文化遺産!!」


 文化遺産に失礼だと思う。

 彼女の視線の先にいるのは、国際学部の美人女子・姫川先輩。

 気品ある立ち姿と、抜群のプロポーションで上級生の中でも人気の人物だ。


「でさ、姫川先輩のおっぱいって、横から見るとふわっと浮いてる感じするじゃん? たぶんだけど、ブラがすっごく優秀なの。形を殺さないやつ。むしろ生かして育ててるやつ。ああいうの、ずっと支えてあげたい……」

「なんの職人目線?」


「あとね! おっぱいって単語自体、音が可愛いよね。“お”から始まって“い”で終わる単語って、ほら、オットセイとか温野菜とか、癒しワード多いでしょ? つまりおっぱいは癒し」

「無理やり謎理論を押し込むな」


「ほんと、大学来るたびに思うけど……女子大ってさ、神じゃない?」

「どのへんが?」

「見渡す限り女の子。しかもキラキラしてる。透けブラ、ノースリ、すべすべのうなじ、香水の残り香、声のトーン、かすかな吐息……全部が尊い!! ここが天国じゃなかったらどこが天国なの!?」


 鼻血でも出すんじゃないかというテンションでまどかが叫ぶ。

 周囲の席が一斉に静まり返る中、私は紅茶を啜りながら心の中でため息をついた。


 ――今日も、まどかは私じゃない誰かを見て、幸せそうだ。


 私は、まどかの高校からの親友。

 進学も一緒、キャンパスライフもほぼ毎日一緒。

 それでも、彼女の「尊い視線」は、私には一度も向いたことがない。


「ふわふわしてて柔らかくて、でも芯があって……おっぱいって、もはや生き様だと思うの。うちの大学、ほんとそれが凝縮されてるよね……天才しかいない。私は日々、彼女たちの存在を前に無力さを感じてるよ……」


 それは尊敬じゃなくて欲望じゃないのか。

 ツッコミかけたけど、やめた。慣れすぎていて、今さら指摘するのも虚しい。


「今日こそ百合百景ノートに姫川先輩の妄想を書き足さなきゃ……! タチかネコかはまだ決められないけど」

「ねえ、それ本当に日常の会話でしていい話題?」

「え、むしろ義務じゃない? 人類の叡智として残さないと」


「で、その“叡智”を聞かされ続けてる私の立場は?」

「世界で唯一、私のこの性癖を共有できる親友……え、めちゃくちゃ尊くない?」


 満面の笑み。心からの笑顔。

 一瞬だけ心臓が跳ねる。

 私はまた、何も言えなくなる。  

 でもその次の瞬間、彼女の目はまた別の女子に向けられていた。


「うわっ、今度はあっちの子! 膝上丈のスカートに白ソックスとか、絶対わかっててやってる!! 今日、私を殺しにかかってる!?」

「大丈夫、生きて」


 私は冷静にツッコミを入れる。でも、心の奥は冷静じゃなかった。

 ……なんで、私のことはそういう目で見てくれないんだろう。

 ほんの少しでいいのに。


「……あかり? どうしたの? ポテト冷めちゃうよ?」


 まどかが不思議そうに首をかしげる。何も知らない顔で。

 私は曖昧に笑って、ケチャップの染みたポテトを口に運んだ。


「うん、冷めてても……おいしいよ」


 ほんの少し、涙の味がした気がした。

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