第4話 友好を深める

 地獄の持久走を終えると、その後は身体測定が待っていた。身長体重は勿論のこと、五感の検査まで受けた。筋力に体の柔軟性、そして魔力の総量、冒険者に求められる資質の情報を、集められるだけ集められた。


 ほぼ全員一言もしゃべることなく、死人のような顔で淡々と検査の項目を埋めていた。無理もない、あの持久走の後なのだから、疲労困憊で当たり前だ。


 その中で唯一、俺とエドガーだけは割と余裕があった。なので何となく二人で一緒に行動して、色々と会話をしながら検査をして回った。


 すべてが終わるころには、すっかり日が暮れていた。記念すべき学園の初日の活動は、地獄の持久走と身体測定だけで終わった。俺たちA組の面々は、まるでゾンビのようにふらふらとしながら、寮へ戻っていった。




 大浴場の湯は薬湯、浸かっているだけで、よっぽどの大怪我でなければ治癒する効能がある。何かと怪我をすることが多い冒険者家業にとって、これ以上ない回復手段だ。当然、全身にたまった疲労を治癒する効能もある。


「あ゛あー、このままお湯の中に溶けそうだ」

「ほ、本当だね」


 俺たちA組の男子たちは、全員で入浴しに来ていた。友好を深めるための、裸の付き合いというやつだ。俺とエドガーは先にお湯に浸かっていたが、他の面々は体をお湯で流すのにも、時間がかかっていた。


「お主ら、あれだけ走り続けたというのに、よくそれだけの体力が残っておるな。俺も鍛錬には自信があったが、主らには負けたぞ」


 そう言って湯に入ってきたのはヴィンセント、教会に所属する僧兵、言うだけあって実に鍛え抜かれた体をしている。


「特にリベル、お主には驚かされた。その鍛え抜かれた肉体、今までどんな鍛錬を積んできたのだ?」

「それ、オレも思った。リベル、お前ここ来る前になんかやってたのか?」


 レイジ、ルシアス、そしてガンマも続いて湯に浸かる。俺はレイジの質問に、適当な返事をする。


「まあ色々とね、家が裕福じゃなかったから、やらせてもらえる仕事は何でもやってたんだよ。肉体労働が多かったから、その影響だと思う」

「あっ、わ、悪い、オレ、そんなつもりじゃ…」

「いいよ、こっちこそ辛気臭いこと言ってごめんな。でもさ、レイジも結構鍛えてない?」


 ヴィンセントがガッチガチのムッキムキ、鋼の肉体という感じだが、レイジの方は、もっと何か目的を持った鍛えられ方をしていると感じた。


「オレは拳法を習いに道場通いしてたんだよ、鍛えるのは修行の一環だ」

「なるほどねえ。ルシアスは?」

「僕は元冒険者が先生をやっていた剣術の道場に通ってたよ。走り込みもしていたから、体力には自信があったんだけど、リベルとエドガーは別格だったね、すごいよ」

「あ、ありがとう…」


 褒められたエドガーは俯いてしまったが嬉しそうだ、人付き合いが苦手でも、こうして小さな喜びを積み重ねていけば、いつか打ち解けられるだろう。そんなことを考えていると、ガンマが話始めた。


「ふんっ、あんなテスト、実戦じゃなんの役にも立たないだろ。ただ俺たちを試していただけだ、体力の有無とかをな。だからあまり調子に乗らない方がいいぞリベルにエドガー、他の授業が始まれば、俺が一番になるのは目に見えているからな」


 ガンマは俺とエドガーが好成績を残したのが気に入らなかったのか、やけに突っかかってきた。


「俺の父はアレギアでも有名な冒険者のウルフ・ケレヴだ!そして俺は、父から迷宮について多くのことを学んでいる!剣術もだ!皆も授業で困ったことがあれば俺に聞くといいぞ!」


 ばしゃっと湯を跳ねさせながら立ち上がったガンマだったが、疲労から立ち眩みを起こして湯の中にばしゃりと倒れた。


 慌てて全員でガンマを救出しておとなしく座らせる。湯を飲み込んでしまったらしく、ガンマはしばらくせき込んでいた。


「頼りにしてるよガンマ君。エドガー、俺はあがるけど、どうする?」

「じ、じゃあ、僕も」


 お先にと皆に声をかけてから、俺とエドガーは体を洗って大浴場を出た。その後一緒に寮の売店であるものを買ってから、クラス専用のラウンジへ向かった。




 ラウンジにあるソファは大きくてゆったりと座れる、体が大きいエドガーでも十分にくつろげる。買ってきたものを手渡すと、エドガーは嬉しそうに頬を緩ませた。


「本当にこれでよかったのかエドガー?」

「う、うん。僕、甘いもの、す、好きだから」


 エドガーに借りを返すため、売店で買ってきたものはアイスクリーム、一口すくって頬張ると、甘く冷たい幸福が入浴後の火照った体に染みわたる。


「お、美味しいね」

「うーんこれは確かに至高の体験だ、天からの贈り物と言ってもいい」

「そ、それは流石に、お、大げさじゃない?」


 二人並んでアイスクリームを食べる、エドガーは本当に幸せそうに一口一口食べていた。本当に甘いものが好きらしい、黙々と食べ進めて、あっという間に終わってしまった。


 食べ終えて暫し無言の時間が続いた。というよりも、エドガーが何か話したそうにしているので、それを待っていた。ようやくゆっくりとだが、彼は口を開いた。


「あ、あのね、ぼ、僕、自分でも分かるくらい口下手で、こ、こんなふうに、どもるでしょ?だから会話が上手に続かなくて」

「吃音ってやつだっけ?」

「よ、よく知ってるね」

「ちょっとだけね、そんなに詳しくはないよ」


 しかし口下手か、話なんて面白くなくてもいいと俺は思うけどな、会話なんて所詮、相手の懐に入り込むための道具の一つに過ぎない、あくまでも俺の価値観の話だけど。


「か、体が大きいと、ど、どうしても目立つでしょ?で、でも、体の特徴で目立っても僕自身は大した人間じゃなくて、い、いつも周りに溶け込めなかったんだ。だ、だから、ありがとうねリベル君、こうして気にかけてくれて」

「感謝なんて、いいよ別に。俺はさ、単純にエドガーと仲良くなりたくて話しかけたんだ、他のクラスメイトにも同じだよ。ぎすぎすしてるより、和やかな方が過ごしやすくない?」

「そ、それでもだよ、ぼ、僕にはできないことだから、す、すごいよ」


 言葉に嘘がないからだろうか、真正面からそう言われると、何だかものすごく照れてしまった。こういうの柄じゃないんだけどな。


 自分でも知らなかった意外な弱点、誉め言葉に弱いというものを噛み締めていると、廊下からこちらをひょこっとのぞき込んできたものがいた。アリアだ。手に何冊か本を持っているところを見ると、読書か勉強か、どちらかの目的でラウンジを利用しにきたのだろう。


「げっ…、よりによっているのがあんたか…」

「おいおい、人の顔見るなりそれはないんじゃない?アリア」

「…気安く名前を呼ばないで」


 相変わらず当たりが強いな、でも正直この雑な扱い、助かった。俺たちがいるのを見て逃げようとするアリアを呼び止めた。


「じゃあなんて呼べばいいの?アリアちゃん?さん?様?」

「敬称の問題じゃない!」

「ええー、わがままだなあ」

「呼ぶなって言ってんのよ!!そもそも、私あんたのこと本当に嫌い。仲良くできるとか思わないでよね」

「俺のことは呼び捨てでいいから、もっと気安い感じでもいいよ。あっ、エドガーも、俺に君付けとかいらないからね」

「話聞けよ!!」


 感じ悪くする割りに律儀だな、やっぱり面白い奴だと笑う。それがまたアリアの気に障ったようで、すごい形相でにじり寄ってきた。拳を握りしめているのを見て、エドガーが慌てて俺たちの間に入った。


「ぼ、暴力は駄目だよ!」

「うるさいっ!邪魔するな!」

「ひっ、ご、ごめんなさい」

「あっ、いや、あんたが悪いわけじゃないから」

「いじめちゃダメだぞ、いじめちゃ」


 鬼の形相で襲い掛かってくるアリアを、エドガーが必死になって抑え込んだ。流石にからかいすぎたのか、アリアが手に持っていた本が飛んできた。


 床に落ちて傷つかないように受け止めて、まとめておく、どれもこれも授業で使う教科書だった。騒ぎを聞きつけた他のクラスメイトたちが集まってくると、アリアは俺から教科書を奪い取り、舌打ちをして睨んでから立ち去っていった。


「寝る前に予習とは感心感心、アリアは優等生だなあ」

「リベル、ああいうことしちゃダメ」

「うっ、ご、ごめんなさい…」


 その日初めて、俺は隠れていたエドガーの目をしっかりと見た。アリアより数段怒った目をしていて、そのあまりの迫力に、思わず息をのんだ。

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