純文学はこれからに必要である。への応援コメント
純文学ではありませんが『二十歳の原点』を書いた高野悦子さんの「わたしは慣らされる人間ではなく、創造する人間になりたい」という言葉を、私はずっと指針にしています。文章や物語を消費し、そこに書かれている思想に飼い慣らされる人間ではなく、書いてあることを自分なりに咀嚼して、思考できる人間でありたいと思います。そして、自分なりに思考し続ける人間は美しいと思います。だからこそ、純文学に「美しさ」を感じるのだなぁ、と筆者さまの文章を読んでいて思いました。純文学を読むとき、私の心の中に生じている感情は「面白い」ではなく、書き手の見えない両の手がずっと自分の首元にかかっている。そんな息が詰まるほどの「美しい」という感嘆。自分の仲間を見つけた!と思ってしまって、長々と書いてしまいました。今後のご活躍を応援しています!
作者からの返信
コメントありがとうございます!
見たことない…機会があれば読ませて頂きます! とても格好良い言葉ですね!!
純文学の魅力はそこにあるのですね…大きな勉強になりました!
お仲間がいらっしゃって私もとても嬉しいです! これからよろしくお願いします。
そして返信が遅れて申し訳ありませんでした( ; ; )
純文学はこれからに必要である。への応援コメント
多少語弊はありますが、これからは純文学好きな人が実は純文学の幅を狭めていくジレンマが生まれる時代。それこそAI判定と同様に理解不能な部分は置いてしまい、新たな感性を見ず過去作の集積データーから、「似た感じ」でジャッジしてしまいがちです。まぁ、そういう人は昔からいるのですが、これからは特にその手の純文学読みが多くなると個人的には危惧してます(笑)。
知識はあれど思考の飛躍を持たぬAI的思考、気は遣えるけど理解の浅い親切と同じ。「自分で考える」、すごく大事ですね。思考とは書棚を増やすのでなく、筋トレなのです(笑)( ;∀;)
作者からの返信
ああ…すごい。その考えは初めてです!
確かに言われてみれば、そういうことも多くなりそうですね。
嫌だなぁ…ためになる純文学が欲しいっ!
わあああ! なんかもう共感すぎて言葉が出ない…!
筋トレは辛いですが、思考していかないといけないですね。
新しい気づきをありがとうございます(≧∀≦)
純文学はこれからに必要である。への応援コメント
こんにちは。今後の文学のあり方って、大事な議論ですね。純文学というものの定義が難しくて、私は未だにしっくりとくる解釈に出会ったことがありません。でも考え続けなくてはならないことなのだと思っています。応援しています。
作者からの返信
そうなんです。
純文学って曖昧で、それでいて美しいと思うんです。
これをきっかけに少しでもPLECの活動が広まればと思っています(*´ω`*)
純文学はこれからに必要である。への応援コメント
こんにちは(^^)/ 大変興味深く拝読させていただきました。
よろしければおすすめレビューを書かせていただきたく存じます。今晩中には考えをまとめられると思いますので、しばしお待ちを<(_ _)>
作者からの返信
ありがとうございます!!
え、レビュコメですか!? 感謝しかないです…! 楽しみにさせて頂きます(*´ω`*)