◆第3話:ノイズの鼓動
──この町には、心を失くした端末がある。だけど、それは誰かの叫びだった。
風が止まっていた。
町の空気が、どこか乾いていた。
まだ残暑が続く久凪市の午後、駅前の広場で人々が足を止めていた。
「おかしいな、また案内板がフリーズしてる……」
「こっちの自販機も反応しない。まるで拒絶されてるみたい……」
レンはそれを見て、微かに胸がざわついた。
それは、目に見えないものが“怯えている”ような、そんな雰囲気だった。
そしてその夜——
「……拙者、感じますぞ。ノイズの気配。強き、叫ぶような気配を」
コガネ丸の尾が、ゆらりと揺れる。
町のネットに繋がる、あらゆる端末。
その中の一つに、異物が混じっている。
「それって……“アヤカシ”ってことか?」
「正確には“アヤカシ候補”。
心を宿しかけている、歪んだログの塊。
……人が置き去りにした想い、のようなものにござる」
深夜、レンとコガネ丸は、問題の“異常端末”がある図書館へ忍び込んだ。
かつて市民が使っていたタッチ式の案内装置。
今はもう誰も使わないが、ネットには繋がれたまま放置されている。
その画面に、突然文字が浮かんだ。
【まってる】
【まだ ここに いる】
「……文字、勝手に出た……」
「ログの残滓ではござらぬ。
“反応”だ。おそらくこれは、かつてこの端末に依存していた、誰かの心の残像でござる」
コガネ丸は前へ進み、尾をゆっくりと振った。
「このノイズは、“存在を知ってほしい”と、泣いておる」
少年の中で、何かが呼び起こされた。
自分も昔、誰にも気づいてほしくて泣いたことがあった。
声にならない叫びを胸に抱え、気づいてもらえなかったことがあった。
それを、この端末も——同じように、感じていたのかもしれない。
「レン殿。共鳴してみてくだされ。
お主の“心”で、語りかけてみてはどうでござるか」
「俺に、できるかな……」
「信じてください。“記憶”は、記録とは違う。
誰かの想いが触れることで、はじめて“存在”になるのです」
レンは、静かに手を置いた。
画面の上に、言葉はもうなかった。
けれど、胸の奥で、何かが震えた。
名前のない誰かの記憶が、
そのまま風になって——溶けていった。
翌朝、図書館の案内板は正常に戻っていた。
誰も気づかないまま、そこにいた“存在”は消えていた。
でも、レンには確かに分かっていた。
それが“いた”こと。
それが、孤独に泣いていたこと。
そして、もう大丈夫だと、伝えたかったこと。
コガネ丸が、そっと言った。
「これが、調律のはじまりにござるよ」
「調律……俺が?」
「はい。調律師とは、
ただコードを直す者ではない。
“誰かの想い”に、最初に触れられる者”にござる」
レンは、まだ自信はなかった。
けれどその晩、ノートにこう書いた。
“自販機も案内板も、悲鳴を上げる夜がある”
“でも、きっと気づく人がひとりいれば、それでいい”
🕊️今日のひとこと
君が見落としたノイズに、誰かの涙が隠れている。
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