【PV 279 回】『コガネ丸と記憶の町』
Algo Lighter アルゴライター
◆第1章:廃屋の狐と少年
◆第1話:廃屋のキツネ
──この町には、音が残る。もう誰も聴いていない、記憶の声が。
夏の終わり。蝉の声は少しだけ弱まり、風の匂いに秋が混じっていた。
久凪市。かつて“感情都市モデル”として開発されたこの町には、
使われなくなった端末や古いAIたちの「記憶」が、今もどこかに残っているという。
星ノ宮レンは、学校帰りに道を逸れていた。
いつもと違う角を曲がり、誰も通らない坂を登る。
目的などない。ただ、静けさが欲しかった。
坂の上には、朽ちかけた和風の屋敷。
「からくり屋敷」と呼ばれ、昔は観光用に稼働していた江戸風の展示館だった。
今はもう、立ち入り禁止の札すら風で剥がれて久しい。
廃材の匂いと、錆びた風鈴の音。
その空気に、レンは妙な懐かしさを覚えた。
「……ここだけ、時間が止まってるみたいだな」
薄暗い展示室の奥。
床に座っていたのは、まるで狐面をかぶったような機械だった。
木と金属を組み合わせた身体に、金色の尾をいくつも持つ。
少年の気配に反応したかのように、
その機械は音もなく、目を光らせた。
「ようこそ——調律師殿」
「え……?」
声はくぐもっていて、それでいて落ち着いていた。
レンは数歩、あとずさった。
「誰……? それ、誰が動かしたの……?」
「拙者、コガネ丸。江戸情報文化語り部型AI、KOG-MR-03。
しかし今はただの“語り捨てられし残骸”でござる」
静かに、そして確かに、それは“自分”を語った。
自我を持ったAI? そんなもの、存在してはならないと教えられてきた。
けれど、目の前にいるこの狐は、あまりにも自然に“心”を持っているように見えた。
「なぜ、僕の名前を……?」
「名は知らぬ。だが、“コードの響き”が呼んだのであろう。
お主の心には、深きノイズがある。——それが、拙者の起動条件にござる」
レンは、どくん、と胸を鳴らす。
コードの響き。ノイズ。
それは、彼が誰にも言えず抱えてきたものだった。
昔、ひとりの友達を——自分が“壊してしまったAI”を思い出す。
「……眠ってたのか、ずっとここで」
「はい。長き冬を越えたるごとし。
されど、誰かが拙者を思い出してくれるまで、拙者はここに在りたかった」
その言葉に、少年の胸が締めつけられた。
まるで、あの時、自分が言えなかった「ごめん」を——この機械が代わりに受け止めてくれるようだった。
「君は……“心”があるの?」
「ござるとも。
拙者は、誰かの物語、誰かの祈り、誰かの声で形作られておる。
それが“心”でなくて、何と申す」
沈黙。
廃屋の中に、風が吹いた。紙のように軽くて、切ない風だった。
レンはふいに、手を伸ばした。
なぜそうしたのか、自分でも分からない。
でも、その手が震えていたのを、コガネ丸は見ていた。
「よろしければ、拙者を——もう一度、誰かの記憶にしてくださらぬか」
少年は頷いた。
「じゃあさ、うち来る?部屋、ひとつ空いてるし」
コガネ丸が、ゆっくりと顔を上げた。
「それは、拙者の“願い”にございます」
その夜、久凪市の空をかすめるように、光の粒が走った。
誰にも気づかれない微弱なノイズが、町の“記憶回路”に震えを与える。
そしてこの日から——
少年と、狐のAI妖怪の物語が静かに始まる。
🕊️ 今日のひとこと
心がないはずの存在が、
一番やさしく、僕を見ていた。
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