1-2:夜族の来訪

 夜半、月が昇り始めた頃に、闇を切り裂く気配があった。

 夜族。不死の眷属がアヴァロン村に現れるのは、ほぼ決まって月の出の時刻だ。今回も例外ではなく、まるで見えない濃霧のように四体の人影が静かに村の中央へと進み出る。

 筋骨隆々の大男、ガルサーグ。

 小柄で素早そうな暗殺者風の男、ゼアハ。

 杖を携え、魔術師然とした冷ややかな男。サングリッド。

 そして、冷静沈着な雰囲気を放つリーダー格の男、ルシファード。

 彼ら夜族の眷属が一堂に会する光景は、圧倒的な威圧感だった。月明かりに浮かぶその姿には、生き物の体温さえ感じられない。

 村の広場には、すでにイリスの小さな姿があった。両手には頑丈な鎖が巻きつけられ、その周囲を村人たちが遠巻きに見守っている。まるで見世物のような光景だが、その場にいる誰もが張り詰めた空気にのまれ、言葉を失っていた。

「……これが今回の生贄か?」

 ルシファードが鋭い眼光でイリスを一瞥する。

 一方のガルサーグやゼアハらは、興味深そうに彼女を値踏みするような目で眺める。サングリッドだけは無表情を貫き、その瞳からは何も読み取れない。

「はい、御命じの通りに……」

 村長が恐る恐る答え、首を垂れる。

 ルシファードは特に咎める様子もなく、淡々とした声で言った。

「領主は血を望んでいる。無傷で連れて行くぞ。……余計なことはするな」

 それだけ言い残すと、ガルサーグらがイリスを押さえ込み、鎖のまま馬車へと放り込む。イリスは怯えこそあれ叫ぶこともなく、ただ唇を噛んで耐えていた。

 村人たちの視線が痛いほど突き刺さる。誰も声を上げないが、その場の重苦しさが彼女の胸を抉(えぐ)るように締め付けた。


(……ごめんなさい。私が行けば、きっと子供たちは守られる。そう信じるしかない……)

 必死に自分に言い聞かせながら、イリスは夜族の馬車に連れ去られていく。

 そうして訪れるのは、村に残る大人たちの沈黙だけ。子供たちは納屋で泣き叫んでいたが、それを止める術は誰にもなかった。

 こうして、イリスは生贄として夜の底へと旅立つ。

 それはまるで深い闇へと落ちていくような、果ての見えない道程だった。

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