呪われし生贄と封魔の聖堂

三池猫

第1話 【プロローグ】

 闇が深く沈む夜だった。

 月すらも雲間に隠れ、世界の輪郭はぼんやりとした影と化している。鬱蒼たる森の奥、何かが蠢く気配があった。ざわり、と枝葉が擦れる音。遠くで獣が低く唸る声。まるで生き物のように息づく暗黒が、辺境の地を包み込んでいた。

 その中心にあるのが、アヴァロン村。

『夜族(ナイトウォーカー)』と呼ばれる不死の眷属に、生贄を捧げ続けている閉ざされた集落。

 村人たちは日没と同時に戸を固く閉ざし、物音を立てないよう息を潜める。長らくそうして夜族の侵入を免れてきたが、定期的に“生贄”を差し出さねばならぬという恐怖が、村に澱ように根付いている。

 そんな村を、今宵も不可視の圧力が支配していた。

 村外れにある古い納屋。その扉の向こうで、血のように紅い月が昇ってくるのを、ひとりの少女がじっと見つめていた。

 少女の名はイリス。

 まだ十代半ばほどの若さで、ここへ来て間もない“よそ者”だ。しかし、彼女が村に現れた経緯は誰も詳しく知らない。ただわかっているのは、何らかの理由で行き場のない子供たちの世話をしているということ。

 イリスは扉の隙間から、こわごわと夜空を見上げる。足元にいる幼い子供たちは震えていた。

「イリス……こわいよ……また夜族が来たら……」

「大丈夫。泣かないで、みんな私の後ろに隠れてて」

 彼女は自らも恐怖を抱えながら、子供たちを安心させるように微笑む。けれど、その笑みは不自然なほどに力が入っていた。

 村長や大人たちの会合から漏れ聞こえてくる話。それをイリスは知ってしまった。

 次の生贄は誰にする。どうやって夜族の怒りを宥める。

 その答えは、ほとんどの者の中で既定路線のようだった。

 そう、イリスだ。

 よそ者。血の繋がりのない少女。生贄には、おあつらえ向きなのだろう。イリス自身も、その現実を受け入れているフシがあった。

 しかし、子供たちは知る由もない。今までイリスが誰よりも優しく接してくれていたその人が、夜族の生贄として差し出されるなど信じたくはない。

 不気味な静寂が村を覆う。納屋の軒先から見える月は、深い血の色に染まっていた。

 その夜明け前、運命が大きく動き始める

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