『俺達のグレートなキャンプ6 超遠距離ダーツ』
海山純平
第6話 俺達のグレートなキャンプ 超遠距離ダーツ
五月の爽やかな風が吹き抜ける山間のキャンプ場。新緑の匂いと鳥のさえずりが心地よい午後のひととき、突如として静寂を破る声が響いた。
「俺、天才だな!これは間違いなく歴史に残る発明だ!」
キャンプ場に轟く大声に、周囲のキャンパーたちが一斉に振り向いた。声の主は、両手を大きく広げ、満面の笑みを浮かべる男性—石川だった。
「今回も始まったな…」
テントの設営を終えたばかりの富山は、額の汗を拭きながら深いため息をついた。彼女の横では、千葉が石川の発言に興味津々といった表情で目を輝かせ、作業の手を止めていた。
「なになに?また面白いこと考えたの?」千葉は石川に向かって小走りで近づきながら声をかけた。
「ああ!今回の『グレートなキャンプ』は過去最高になるぞ!絶対に忘れられない思い出になる!」石川は両手で空を指さし、まるで何か偉大な発見をした科学者のように高らかに宣言した。
「どうせまた突飛なアイデアでしょ」富山はクーラーボックスから水筒を取り出しながら言った。「前回の『深夜の森林迷路探検』で、管理人さんに怒られたの忘れたの?」
「あれは単なる誤解だよ!」石川は笑いながら手を振った。「今回は全然違う。もっと画期的で、もっと楽しくて、もっとグレートなんだ!」
石川はリュックから何かを取り出した。それは鮮やかな赤と青のプラスチック製ダーツボードと、先端が吸盤になった安全な矢だった。
「…ダーツ?」富山は眉をひそめる。「キャンプでダーツって、別に奇抜でもなんでもないんじゃ…むしろ普通じゃない?」
「違う違う!」石川は人差し指を激しく振りながら言った。「ただのダーツじゃない。『超遠距離ダーツ』だ!」
「超遠距離…?」千葉は首を傾げながら、興味深そうにダーツボードを眺めた。
「そう!普通のダーツなんてつまらない。子供がやるようなゲームだ。俺たちは、キャンプ場の対角線上に離れた場所からダーツを投げるんだ!目視でほとんど見えないくらいの距離から!」石川の目は異様な輝きを放っていた。
「うわぁ、それすごい!」千葉は手を叩きながら喜んだ。「何メートルくらい離れるの?」
「このキャンプ場の端から端まで。だいたい…100メートルくらいかな?」
富山の顔が見る見る青ざめていった。「ちょっと待って。それって超危なくない?他のキャンパーに当たったらどうするの?子供だっているんだよ?それに、キャンプ場の管理人さんに怒られるに決まってるじゃん」
「大丈夫大丈夫!」石川は軽く手を振った。「ちゃんと安全対策は考えてるって。プラスチックの吸盤矢だし、人が少ない時間を狙うし、見張り役も置くし!何より、このキャンプ場は広々としてるだろ?だから選んだんだよ」
「それでも…」富山はまだ納得できない様子だった。
「面白そう!やってみよう!」千葉は石川の側につき、興奮した様子でダーツを手に取った。「これどのくらい飛ぶの?練習してみていい?」
「千葉まで…」富山は両手で頭を抱えた。「私は絶対に関わらないからね。何かあっても知らないよ」
「そう言うなよ富山!」石川は彼女の肩を軽く叩いた。「お前がいないと面白くないだろ?それに、もし本当に当たったら、それはそれで伝説になるじゃん!」
「伝説になる前に追い出されるわよ!」富山は石川の手を払いのけた。
「とりあえず昼ご飯食べてから考えよう!」千葉が仲裁に入った。「お腹空いたし、それに食べたら富山も機嫌良くなるかもしれないよ」
石川は大きく頷いた。「そうだな!俺特製の焼きそばを作るよ!食べたら絶対に考え直すって、富山」
「もう…」富山は諦めたように溜息をついたが、口元には小さな笑みが浮かんでいた。
昼食を終え、キャンプ場の様子が変わりはじめていた。多くのキャンパーたちは昼寝をしたり、川へ釣りに出かけたりして、比較的人が少なくなっていた。木漏れ日が揺れる午後3時頃、石川の作戦が動き出した。
「よーし、作戦開始!」石川は輝く目で二人を見た。「富山、あなたは見張り役。危ないと思ったら即座に『中止!』って叫んで。千葉、おまえは俺とダーツ投げ対決だ!」
「え?私も参加するの?」富山は驚いた様子で反論した。「さっき関わらないって言ったじゃない」
「見張り役は参加じゃないよ」石川はニヤリと笑った。「ただ見てるだけだから」
「それでも…」
「頼むよ、富山」千葉が真剣な眼差しで言った。「君がいないと安全確保できないよ。それに…」彼は声を潜めた。「石川が一人でやるよりは、僕たちが一緒にいた方が被害は少ないと思わない?」
富山は一瞬考え、小さく頷いた。「わかったわ。でも危ないと思ったら即中止よ?絶対に」
「約束する!」石川と千葉は声を揃えた。
石川と千葉は、キャンプ場の対角に位置する2つの場所に分かれた。距離にして約100メートル。石川はダーツボードを木に取り付け、千葉は矢を手に準備を整えた。富山は千葉の横に立ち、周囲を警戒していた。
「あんなに遠くて、ボードが見えるわけないでしょ!」富山は千葉の横に立ち、遠くに見える小さな石川の姿と、さらに小さく見えるダーツボードを指差した。「目も良くないくせに」
「確かに、ちょっと遠いかも」千葉は目を細めながら笑った。「でも、それが面白いんじゃない?不可能に挑戦するところが」
「不可能っていうか、ただの無謀よ」富山は腕を組んだ。
遠くから石川が大声で叫んだ。「準備OK!ボード設置完了!いつでも投げろ!」
石川は赤と青のダーツボードを高く掲げ、左右に振った。それは遠くからでもかろうじて見えるほどだった。
千葉は矢を高く掲げ、「いくよー!第一投!」と叫んでから力いっぱい投げた。矢は美しい放物線を描いて飛んでいった。
「あ、風に流されていく…」富山は矢を目で追った。確かに、優しい風が吹き、矢はどんどん左に流されていく。
矢はどんどん石川から離れていき、キャンプ場の外れにある茂みに消えていった。石川の立っている場所からは少なくとも20メートルは離れていた。
「全然届かない!」千葉は笑いながら言った。「思ったより難しいね」
「当たり前でしょ!もう、こんなバカなこと…」富山はため息をついた。
「もっと強く!風の影響を考えて、右に向けて投げろー!」遠くから石川の声が聞こえた。彼は両手でジェスチャーをしながら指示を出していた。
千葉は次の矢を手に取り、石川の言葉に従って今度は少し右に向け、力いっぱい投げた。矢は前よりも高く飛び、風に乗って石川の方向へ…と思いきや、またもや大きく外れ、今度は別のキャンプサイトの近くに落ちた。
「あ、危ない!」富山が声を上げる。幸い、そのサイトには人がいなかった。
「すまん!」千葉は申し訳なさそうに声をかけた。「次はもっと右に…」
この様子を遠くから見ていた別のキャンプグループが興味を示し始めた。20代から30代ほどの男性4人組が、石川のところへ寄ってきた。
「何やってるんですか?」中でも一番背の高い男性が尋ねた。彼は興味深そうに石川の持つダーツボードを見ていた。
「超遠距離ダーツですよ!」石川は誇らしげに答えた。「あそこから友達が矢を投げて、このボードに当てる競技です!革命的な暇つぶしゲームなんですよ!」
「へぇ、面白そうですね!」男性は笑った。「でも、当たるんですか?」
「まだ一回も当たったことないです!」石川は全く恥じることなく言い切った。「でも、それがチャレンジングで面白いんですよ!」
その正直さと熱意に、男性たちは大笑い。「私たちも参加していいですか?少し暇だったんです」
「もちろん!グレートなキャンプは仲間が多いほど楽しいですからね!」石川は両手を広げて歓迎した。「名前なんていうんですか?」
「俺は田中です。こいつらは佐藤、鈴木、高橋です」田中と名乗った男性は仲間を指差した。「みんな会社の同僚でね、年に一度のキャンプを楽しんでるんです」
「俺は石川!あっちにいるのは千葉と富山です!」石川は遠くの二人を指差した。「よろしく!」
あれよあれよという間に、超遠距離ダーツは他のキャンパーたちの間でも人気となっていった。富山の懸念に反し、キャンプ場の管理人も「安全に気をつければ」と許可を出してくれたのだ。それもそのはず、管理人の山田さんも一緒に参加し始めていたのだから。
「よーし、俺の番だ!」
田中が矢を手に取り、まるでオリンピック選手のように姿勢を正した。周りのキャンパーたちが「おー!」と声をあげる中、彼は力いっぱい矢を投げた。矢は風に乗り、信じられないことに、石川が持つダーツボードのすぐ近くに落ちた。
「おおっ!惜しい!」キャンパーたちから歓声が上がる。
「今のはすごい!あと数センチだったね!」千葉は興奮して飛び跳ねた。「どうやって投げたの?」
「野球部だったんだ、高校の時」田中は少し照れくさそうに言った。「肩には自信があるんだ」
富山もいつしか笑顔になっていた。「まさか本当に楽しくなるなんて…石川のバカげたアイデアが、みんなを笑顔にするなんて」
キャンプ場には次々とキャンパーが集まり、超遠距離ダーツに挑戦していった。子供たちも近くから見学し、大人たちを応援する姿が微笑ましかった。
「次は富山、投げてみなよ!」石川が遠くから声をかけた。彼はまだ一度も当てられていないダーツボードを誇らしげに掲げていた。
「えっ私?」富山は驚いた表情をした。「無理無理、こんなの当たるわけないし、投げ方も知らないし…」
「やってみなよ!」千葉が背中を押す。周りのキャンパーたちも「やってみて!」「女性の挑戦だ!」と声をかけてくる。
「もう、しつこいな…」富山は仕方なく矢を手に取った。「どうせ当たらないんだから、一回だけよ?」
「おーっ!」周囲から期待の声が上がる。
渋々矢を手にした富山。深呼吸をして、全力で投げた。矢は優雅に空を舞い、風に乗って…
「当たったーーー!!!」
「マジかよ!」
「奇跡だ!」
信じられない歓声が沸き起こった。矢は奇跡的にダーツボードの端に刺さったのだ。石川は飛び跳ねながらダーツボードを高く掲げ、興奮のあまり叫び声をあげた。
「富山、天才!一発で当てたぞ!」
キャンプ場全体が拍手と歓声に包まれる。遠くにいた管理人の山田さんも駆けつけ、「キャンプ場史上初の記録だ!」と叫んだ。
「まさか…」富山は自分の手を見つめた。「当たるなんて…これって、単なる偶然よね?」
「偶然じゃない!」石川は走ってきて、富山の手を高く掲げた。「これは才能だ!隠れたダーツの天才だったんだよ!」
「そうだよ!」千葉も加わった。「富山、すごいよ!」
富山の顔が赤く染まった。「もう、やめてよ…恥ずかしい…」
しかし彼女の口元には、確かな笑みが浮かんでいた。
夕暮れ時、全員がキャンプファイヤーを囲んで座っていた。一日中超遠距離ダーツで盛り上がったキャンパーたちは、疲れながらも充実感に満ちていた。暖かい炎が揺らめき、心地よい温かさが広がる中、石川たちのグループは新しく出会った仲間たちと一緒に焼きマシュマロを楽しんでいた。
「やっぱ石川の発想って最高だよな」千葉はマシュマロを焼きながら言った。「普通じゃ思いつかないことを平気で実行するところがすごい」
「まあ、たまには面白いこともあるわね」富山も微笑んだ。「でも、私がダーツを当てるなんて、一生に一度の奇跡だったわ」
「いやいや、あれは本物の才能だよ」田中が割り込んできた。「俺たちの会社でダーツ大会があるんだけど、ぜひ特別ゲストで参加してほしいな」
「えっ、それは…」富山は少し慌てた様子で手を振った。
「冗談だよ」田中は笑った。「でも、今日は本当に楽しかった。久しぶりに子供に戻ったみたいだ」
「でしょ?」石川は得意げに胸を張った。「だから言っただろ?奇抜でグレートなキャンプこそ至高なんだって!常識にとらわれない発想こそが、キャンプを何倍も楽しくするんだ!」
管理人の山田さんも加わってきた。「石川さん、今日は面白い企画をありがとう。キャンプ場も久しぶりに盛り上がったよ。また何か面白いこと考えてくれたら嬉しいな」
「おお!管理人さんからのお墨付きだ!」石川は嬉しそうに叫んだ。
「でも次は絶対に落ち着いたキャンプがいいからね」富山は釘を刺した。「毎回こんなドキドキはしたくないわ」
「わかったよ、次は…」
「次は何考えてるの?」千葉がすかさず食いついた。
石川は不敵な笑みを浮かべ、周囲を見回してから声を潜めた。「実は、次は『超高所バーベキュー』を考えてるんだ!」
「超高所…?」富山は不安そうに尋ねた。
「そう!山頂でじゃなくて、木の上でバーベキューするの!高さ5メートルくらいの木の上にテーブルを設置して…」
「えぇぇぇ!?そんな危険なこと、絶対にダメよ!」
富山の悲鳴が夜空に響いた。周りのキャンパーたちは大笑い。山田さんも「それは流石に許可できないなぁ」と笑いながら言った。
「冗談だよ、冗談」石川は富山の肩を軽く叩いた。「次は『渓流コーヒー対決』を考えてるんだ。川の中に立って、誰が一番美味しいコーヒーを淹れられるか対決するの」
「それなら…まだマシかな」富山はほっとした様子で言った。
「それ面白そう!」千葉は目を輝かせた。「僕、コーヒー淹れるの得意なんだ!」
「俺たちも次回参加していい?」田中たちも興味を示した。
「もちろん!」石川は満面の笑みを浮かべた。「俺達のグレートなキャンプは、いつでも新しい仲間を歓迎するよ!」
夜の森に、彼らの笑い声が心地よく響き渡った。揺れる炎の光が彼らの笑顔を照らし、この日の思い出は確かに「グレート」なものとなったのだった。
石川は空を見上げ、小さく呟いた。「超遠距離ダーツ、大成功だな」
隣で富山が静かに頷いた。「うん、今回は認めるわ。グレートだったよ」
こうして、今回のグレートなキャンプも大成功。石川の奇抜なアイデアは、またしても素晴らしいキャンプの思い出を、そして新たな友情を作ったのだった。
次は一体どんな「グレート」が待っているのだろうか?それは、また別の物語—。
【おわり】
『俺達のグレートなキャンプ6 超遠距離ダーツ』 海山純平 @umiyama117
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます