二〇二五年〇三月二〇日一二時三六分 橋 谷越カメラ

「不可思議見聞録へようこそ。司会の丸児まるこです」

「アシスタントの浜寺はまてらです」

「撮影担当の谷越たにこしでーす」

「そして今日は特別ゲストをお呼びしています。古末ふるすえさんです。どうぞ!」

「あ、どうも。古末です。よろしくお願いします」


 周囲には木々が生い茂り、背後には急峻な川が流れている。そこにかかる鉄筋コンクリート造と見られる橋の入り口付近で撮影は始まった。


 映像には三名の男性が映っており、声の様子からして男性カメラマンが撮影しているようだ。周辺には他の人影や車通りがなく、人里離れた山中であることが窺える。


「この番組は、実際に起きた不可思議な現象に関する噂や体験談を検証して、その謎を解明していくドキュメンタリーチャンネルとなっております。さあ、ついにやって参りました。本日の心霊スポットは■■県にある廃旅館、隣明館りんめいかんです!」

「いやー、ついに来ちゃいましたね。正直、来たくなかったんですけど……」


「でも、ここは数々の奇妙な噂のある廃旅館だからね。調べないわけにはいかないよ」

「まあそうですね。隣明館に関する噂は過去の動画で詳しく調べていますので、そちらを見ていただければと思います」


「かなり怖い話もあるから、ちょっと注意が必要かもね」

「そうですね。隣明館に関する話は凄く数が多いので、特にインパクトの強いものを厳選して特集していますので、動画を見る際はご注意ください」

「それと今日はゲストも来ていただいていますからね。前回のインタビューでもいろいろ聞きましたけど、ここに来たことがあるんですよね」


 丸児と浜寺が説明を交えて番組を進行しつつ、古末へ話題を振った。


「そうですね。まさにこの場所……というか、この先ですね。前に来たときと同じです」

「今日は体調の方は大丈夫ですか?」

「はい、この数珠をいただいたおかげで今日は大丈夫そうです」


 古末が腕にはめた黒い数珠を見せた。カメラがズームすると、その表面には梵字らしき文字が彫られていることが確認できる。


「それはサブチャンネルの方の箱川はこかわさんが作った奴なんですよね。俺は霊感がないからよくわからないけど、本当に効くんだ」

「そうですね。僕もこういうのは初めてだったんですけど、かなり効果があります」


「へえ、まあ、その辺の話は追々聞いていくとして……このメインチャンネルの方では基本的に科学的視点から奇妙な噂を検証していくことを目的としています」

「はい、こちらの温度計や磁場計測器、電磁波計測器、放射線計測器、ボイスレコーダー、トランシーバーなどを使って不可思議な現象を科学的に調査していきます」


 浜寺がバッグからいくつかの調査機器を取り出してカメラに向けた。


「今は何度?」

「今は……一二・一度です」

「やっぱり、こっちはまだ結構寒いよね。厚着してきてよかったよ」

「今日は晴れてるんですけど、ちょっと寒いですね。夜はもっと下がると思います」


 三人の服装は冬服なのか厚手のものであり、寒さを感じていることが窺える。


「そう、本番は夜だからね。とりあえず、いつものように明るいうちにひと通り見て回って、夜になってから噂の検証なんかをしていこうと思います」

「はい、昼間にも見て回りながらこちらの機器で計測して、夜になってからも同じ場所で計測して、その数値の変化などを比較し」


 浜寺が説明している途中で突如として甲高い警報音が鳴り響いた。映像では電磁波計測器のランプが点滅しており、どうやらこれが作動したようだ。


「うおっ! おい、耳元で鳴らすなよ!」

「すみません、ボタン押してないんですけど……あれ、止まらないな」


 丸児が耳を押さえ、浜寺が慌てた様子で何度か電磁波計測器のスイッチを押したが、警報音は止まらないようだ。


「どうした? カメラ止める?」

「いや……ちょっと待って。音、止められないの?」

「すみません、止まらないですね……」


 その場にいた全員の視線が電磁波計測器に集まった。しかし画面の奥、鉄筋コンクリート造の橋の上に、どこからか青白い服を着た髪の長い女性らしき姿が現れた。


 その人物は欄干へ向かうと手すりを乗り越え、そのまま川へ落下した。しかしその姿は落下する途中で薄れて消え、墜落した音も確認できない。


「準備してるときにちゃんと確認した?」

「しましたよ。さっき動作確認したときは問題なかったんですけど」

「おい、もう幽霊出ちゃった?」

「どこにいるの」

「そんなわけないだろ……じゃあ、もう電池抜いてみたら?」

「わかりました……よし、止まりました」


 丸児の指示で浜寺が電磁波計測器の電池を抜き取ると警報音が止まった。


「どうする? 直せる?」

「いや、無理だろ。これはなしにしよう。今日は広いから、もたもたしてらんないよ」

「すみません。あとで見ておきます」

「許さない」

「どうする? このまま撮る?」

「ああ、あとで適当に編集すればいいよ。じゃあ、みんなちゃんと並んで。はい、三、二、一……さあ、ちょっと機材トラブルがありましたけど、このまま隣明館の方へ向かおうと思います。これも何かの霊障かもしれません。今日は凄い映像が撮れますよ。期待していてください。それでは行きましょう!」


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