放課後、教室に現れた彼女は“AI”で、世界の終わりを告げにきたらしい。
@kyofunomisoshiru
第1話
朝のチャイムが鳴った。
けれど俺の耳には、それがまるで遠い世界の出来事みたいに響いた。窓の外では春の風が、人工の桜の枝をそっと揺らしている。昨日と変わらない、きっちり整えられた日常。うんざりするほど同じ顔、同じ空気。
誰もが今日も当然のように「感情を抑えて生きる」ことを選んでいる。
「おい、座れ。朝のHRを始めるぞ」
担任の西園が、無機質な口調で前に立つ。
教室はすっと静まり返った。誰も私語をしない。別に怒られたくないわけでも、空気を読んでいるわけでもない。
ただ、みんな――感情を感じないようにしてるだけだ。
感情抑制チップ。
脳の前頭前野に埋め込まれた小さな装置。
それが怒りや喜び、悲しみといった“ノイズ”をある程度制御してくれる。
安全で、平和で、トラブルもない社会。
だから俺たちは、静かに、無駄なく、高校生活をこなしていく。
――そんなふうに、言われている。
「今日から、転校生が来る」
一瞬、教室の空気がかすかに揺れた。
誰も声を上げないし、拍手やざわめきなんてもちろんない。
それでも“ざわつき”は、たしかにあった。
たぶん、この教室ではそれだけで異常だったんだと思う。
「入ってこい」
担任の言葉に、教室のドアが静かにスライドして開いた。
入ってきたのは、銀色の髪を揺らした少女。
整った顔立ちに、無駄のないバランスのとれた体つき。どこか人間離れした雰囲気をまとっていて、最初に思ったのは「モデルか何かか?」ってことだった。
「彼女は政府の特別プログラムによる――まあ、転校生だ」
「何それ……」
誰かが小さくつぶやいた。
俺は顔を上げて、まっすぐ彼女を見た。
彼女は一歩前に出て、淡々とした声で言った。
「初めまして。私はEMI(エミ)。Emotionally Modeled Intelligence。AIです」
教室が、しんと静まり返った。
いや、もともと静かだった。けれど今の静けさは、どこか違った。
空気がピタリと止まったような、真空に包まれたみたいな感覚。
AI? ……AIって、あのAIか?
家事や交通、医療分野で当たり前に使われてる、あのAI?
それが今、高校に、クラスメイトとして来たってこと?
「AIが……生徒として来るってことですか?」
男子のひとりが尋ねた。
西園は「そうだ」とだけ答える。
「政府の命令だ。お前たちは彼女と普通に接してくれればいい。以上だ」
それだけの説明。納得も共感も、そこにはなかった。
でも、それ以上何かを言う者もいなかった。
たぶん、チップのせいで“違和感”がうまく咀嚼できなかったのと、面倒ごとを避けたかったのと、両方だ。
エミは指示された空席に向かい、俺の斜め前の列に腰を下ろした。
その動きは滑らかで、無駄がなくて、無表情だった。
まるで、人間の真似をしてるだけの精巧な人形のように見えた。
だけど――何かが引っかかった。
見た目じゃない。言葉でもない。
あの目だ。
感情がないはずのその瞳の奥に、一瞬だけ、何かが宿った気がした。
気のせいだったのかもしれない。
けれど、もし――もし、そうじゃなかったとしたら。
俺は……どうするべきなんだろう?
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