第20話 久しぶりの手料理
「遅い!朝の散歩は良いけど、せっかくの朝食が冷める」
「おかえり。なんだかいい雰囲気みたいだけど、さっそく恋人のふりの練習ですか?ずいぶんと努力家ですね」
ダイヤの家に戻ると、不機嫌そうなダイヤとにやにやした表情のアリアさんが出迎えてくれた。キッチンからは醤油の甘辛い良い匂いが漂ってくる。
「昨日の肉じゃがに、味噌汁と卵焼きを作ったから、早く席について」
「ダイヤの料理はおいしいからね。温かいうちに食べましょう!」
2人にせかされて、急いで洗面所で手を洗い、リビングに向かう。テーブルの上にはすでに4人分の食事が並べられていた。
時刻は6時40分。休日にしてはかなり早い朝食だ。私たちが家を出た後すぐに2人は起きたのだろうか。ダイヤもアリアさんもシッカリと身なりを整えていた。ダイヤに至っては朝食の準備までしていた。もしかしたら、ダイヤもアリアさんも私たちが気づいていないだけで、寝ている振りをしていたのかもしれない。
『いただきます!』
私とルリさん、正面にダイヤとアリアさんが座り、食事の挨拶をする。
「ぐうう」
目の前のおいしそうな食事に思わず私のお腹が鳴ってしまう。恥ずかしさにお腹に手を当てるがどうしようもない。私の空腹音は3人にばっちり聞かれてしまう。
「昨日からずっと、緊張していたから仕方ないですよ。ダイヤの手料理を見たら誰だってお腹すきますよ」
「腹が減っては戦はできぬ。たくさん食べて元気出しなよ」
「ダイヤの手料理、おいしいんだよね」
だれも私のことをからかったり、笑ったりしなかった。私も生理現象だと気にしないことにして、ダイヤの作った肉じゃがに箸をつける。
「おい、しい」
久しぶりに他人の手料理を食べた。彼は同棲を始めた最初の一週間こそ、料理を作ってくれたが、それ以降は私の仕事となった。仕事をしているのは同じなのに、私が料理することが当たり前となった。さらには家事も一切やらなくなり、私はただの家政婦と化していた。
彼とのことを思い出すと心が痛くなり、今の状況と比較して泣きたくなる。しかし、ここで泣いたら、また彼らに要らぬ心配をかけてしまう。涙をぐっとこらえ、私は食事を続ける。しかし、私が泣きそうになっているのはばれていたらしい。
「姉ちゃん、また泣いてる……。もう、今日にでもけりをつけようぜ」
「私もそれには賛成。ルリ、今日の予定はない、よね?」
「大丈夫だよ。予定は空けてあるから、実行可能だよ」
そして、朝食を終えるころ、ダイヤの言葉にアリアさんとルリさんが賛同する。私の泣き顔を見て、計画が前倒しになってしまった。
『ごちそうさまでした』
食事を終えると、アリアさんが気を利かせて、食後の温かいお茶を出してくれた。それをちびちび飲みながら、今後のことを考える。弟の言う通りならば、今日、私は彼と別れることになる。昨日相談して、今日、すぐに別れることができる。そんな簡単に物事が運ぶとは思わなかった。
「姉ちゃん、嫌だと思うけど、あのクズ野郎に電話してくれる?他のみんなが聞こえるように、電話に出たら、スピーカーにしてくれると嬉しい」
「わ、わかった」
さっそく、こちらから別れ話を切り出していくようだ。テーブルに置いていたスマホを手に取るが、緊張してうまく手が動かない。3人が見守る中、ようやく連絡先を開いて彼の電話番号をタップする。
私と彼との別れ計画を実行してくれるのは頼もしい。そして、それが早ければ早いほどありがたいが、昨日の今日は緊張して当然だ。しかし、彼らの時間を無駄に消費するわけには行かない。
(もし、電話に出なかったら)
彼らの時間を無駄にしてしまう。いつもなら、彼の電話を心待ちにすることはないのに、今日だけは電話に出ることを期待した。
「……。もしもし?」
とはいえ、相手が出ない可能性もあった。夜、家を出ていったとき、もしかしたら浮気相手の元に行ったかもしれないからだ。そうだとしたら、ホテルや相手の家に泊まり、まだ寝ているだろう。しかし、通話は切られず、相手とつながった。
「真珠、です。あの、昨日はごめ」
「謝るのは当たり前だろう?いきなり外泊するとか言いだすとかありえないだろ。飯の準備もしてないわ、弟?の家に泊まるだの。好き勝手し過ぎだろ。それで、いつ家に戻ってくるんだ?お前のせいで部屋が汚れたままだ」
電話に出たはいいが、彼は不機嫌だった。どこにいるかはわからないが、昨日の外泊の件に対して相当不満のようだ。そして、自分で掃除すればよいのに、汚い部屋だといって私に家に帰らせて掃除させようとしている。しかし、私はもう決めたのだ。彼とは別れて、あの部屋には戻らない。
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