明日の君に会うために、僕は今日を生きる

夏乃夜道

第1話 とある日曜日

「優斗くんが好きですっ、私と付き合ってくださいっ」

 彼、細川優斗が同じ道場に通う後輩、小早川舞果から告白されたのは、とある日曜日のことだった。

 顔をまっ赤にして告げた舞果に向かい、しかし優斗の返事は、

「……悪いけど、僕は今、誰かと付き合うつもりはないから」

 というものだった。


 その日、優斗は彼らが通う道場の師範・藤宮凛から頼まれて、物置としている一室の掃除を手伝うことになっていた。

「古い木箱に入った陶器の器を見つけたら、その辺に出しておいてもらえるかな」

「はい、わかりました。木箱に入った器ですね。ついでに探しておきます」

 ジーンズにスウェットというラフな格好で出向いた優斗は、さっそく作業に取りかかる。凛さんは別に用事があると言って、すぐに退出した。そのために優斗が呼ばれたのだ。

 門下生数十名を数える藤宮道場は、武芸十八般すべてを網羅する今どき希有な道場だ。その起源は古く、源流は平安以前(これはさすがに眉唾物)にまで遡るといわれ、少なくとも江戸時代後期には正式に藤宮流を名乗っていたといわれている。また合気道より柔術に近しい流派で、古武術に精通していた。

 優斗はまず手前に置かれた大きな荷物を運び出すことから始めた。人に掃除を任せるくらいだから、木箱は奥のほうにあるだろうと当たりをつけたわけだ。

 荷物の整理と並行して掃除を続けること小一時間。凛さんの言葉どおり、ようやくそこで朽ちかけた木箱を見つけた。それはちょっど両手に収まる程度の大きさだった。

「ずいぶん古い箱みたいだけど、一体いつの時代の物なんだろ?」

 そっと蓋を開けると、ずっしりと重たい一枚の鏡(銅鏡)が収まっていた。どうやら探していた物ではないようだ。油紙に包まれた銅鏡は外箱とは違い、まるで今でき上がったばかりのように青く輝く磨き上げた鏡面をしていた。

「へえ、銅鏡って、ちょっと見づらいけど、ちゃんと人の顔が写るものなんだ」

 不思議に思い、じっと眺めていると、ふと鏡に影が差したような気がした。慌てて振り返ったが、背後には誰もいない。優斗は小首を傾げ、軽く身震いした。少々薄気味悪くなって、さっさと仕事を終えてしまおうと、ふたたび手と体を動かした。

 結果として。凛さんの探していた器は、もっと手近な棚に置かれていた。木箱の中身は、骨董品の茶器だった。抹茶の葉を入れる小器だ。

「今度あるお茶の席で、祖父が使うそうだ。今日は助かったよ。完全にうちの所用に付き合わせて悪かったね。優斗にも休みの日の都合があっただろうに。もらい物で悪いけど、これを受け取っておいてくれ。今日のお礼はまた後日、そのうち別の形でもするつもりだから」

 そういって渡された品は、遊園地のペアチケットだ。おそらくだが、これはまだ二十代前半と若い師範、凛さんのためにもらった物だろう。

 だから万が一、もしも優斗が「凛さんは一緒に行く彼氏とかいないんですか?」などと口を滑らそうものなら間違いなく、その場で一撃されてしまう。拳がくるか投げられるかの違いはあるが、結果は同じだ。最悪(さすがに矢は飛んで来ないだろうが)、真剣か薙刀が振り回される事態まで想像できた。ここの門下生は比較的、そういう物騒な連中が多くいる。

「それじゃあ、これは有り難くもらっておきます」

 優斗は一礼して、その場を退散した。

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