魔宮羅

船越麻央

第1話 俺の名は惟任日向

「そろそろ起きて」


 俺はベッドの上で目覚めた。せっかく心地よい眠りについていたのに。少しは気を遣って欲しいのだよ。


「もう少し寝かせてくれ」

「ダメよ、食事の準備も出来ているんだから」


 頼みもしないのに食事の用意をしたのか。まあいつものことだが。俺は仕方なくベッドから起き出してカーテンを開けた。外はすっかり日が暮れて暗くなっている。さて寝起きの食事か。と言ってもディナーだがね。


 俺はガウンを羽織ると二階の寝室から一階のダイニングに移動した。いつものように穂根子が満面の笑顔で待っていた。相変わらずの和服美人だな。こんな人里離れた別荘には不似合いだが、本人はまんざらでもないようだ。 


「やあ、穂根子。おかげで今日も気分がいいぞ」

「おはようヒュウガ。まずはいつもの特製赤ワインをどうぞ」

「ありがとう。気が利くな」

「どういたしまして。うふふふ」


 夜なのに「おはよう」とはおかしいと思うだろ? 昼夜逆転生活の俺にとっては今が朝なのだ。

 俺は穂根子から特製赤ワインのグラスを受け取った。ディナーの前のワインとは優雅なものだよ。ただ好きで飲むわけではない。どうしてもこれを飲まねばならぬ。なぜなら俺は人間ではないからだ。

  

 俺の名は惟任日向。いい名前だろ。ナニ? どこかで聞いたような名だと? まあ歴史上の有名人だからな。俺は……かの有名な「本能寺の変」を引き起こした張本人だよ。ずいぶん前のことだがね。


 たしかに俺はかつては人間であった。だが……今は正真正銘間違いなく本物の”吸血鬼”なのだ。その辺の事情はまた今度聞いてくれ。


 俺は今夜も特製赤ワインを飲み干した。さてディナーか。この時、俺も穂根子もあの事件に巻き込まれることになるとは夢にも思っていなかった。


 だが事件の幕は上がっていた……。



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