第2話


 もう駄目だ。完全に引かれた。

 俺は当然そう思ったのだが、


「で?どうするの?撫でないの?」

「え…」

「あそこまで自信満々だったんだし、一回くらいは試しに撫でられようかなあ、って思ったんだけど」

「あの…引いてないの?」

「うん。ちょっと引いたよ」


 ですよね…


「引きはしたけど、お試しはお試しだし」

「いいの…?」

「うん。いつも妹さんを甘やかす感じで、同じように、優しく私にもしてみてよ」

「ほ、本当にいいの…?」

「せっかく勇気を出して告白してくれたしね。それはそれで嬉しかったし、いいよ」


 ここまで言ってくれてるんだし、何も問題はないんだろう。うん、合法だ。


「じゃあ…やるよ?」

「ん…」


 園田さんに言われたように、俺は出来るだけ心の底から甘やかしてあげるという気持ちで、優しく彼女の頭を撫でた。すると、


「あ…」

「よしよし…」

「……」

「……」


 彼女は目を閉じ、俯いたまま何も言わず、そこでそのままじっとしている。


「あの…」

「もう少しそのまま」

「う、うん…」


 実際、園田さんは撫でられるのを確かめるように、大人しくされるがままになっていたが、暫くすると「ふふふ…」と、少し口元も緩み始め、気持ち自分の頭をこっちに押し付けてくるようになった。

「うわぁ…本当にしたよこの人。キモ」とは思われていないようで、一安心する俺。



 満足したのか、頭を離すと俺の方を見て、


「佐伯くん…」

「え?」

「うん、あの…凄い…」

「え…」

「私…なんだかぽ~っとなって、ちょっと熱くなっちゃった…」

「う、うん…」

「凄い上手…本当に得意なんだね」

「そ、そうなんだ。それは良かった…」

「もっとして欲しいくらい…」


 ちなみに、園田さんは今、顔を赤くしてもじもじしながら話している。何もやましいことはないはずなのに、いけないことをしている気分になるのは何故だろう。


「じゃあ…俺と付き合ってくれるの?」

「あ、それは別っていうか」


 急にスンってなるの、やめてもらっていいかな。普通に凹むから。

 しかも、さっきまでのやり取りでちょっと俺は興奮気味だし、それなのに、いきなり下まで叩きつけられるし。なんなんだ、これが飴と鞭なのか?


「そ、そそ…そうなんだ、うん…」

「ごめん、動揺させちゃったかな」

「どど、ど…動揺なんてこれっぽっちもしてないよ、うんうん、だから大丈夫!うん!」

「それ、動揺してる人のリアクションだよね。本当にごめんね?」


 そう言うと、申し訳なさそうにしつつも、可愛らしくウィンクされてしまった。

 普通なら「そんなんで騙されるかよ!」となるんだろうけど、如何せん、可愛い過ぎた。攻撃力高過ぎだろ。こんなのヒットポイント削られまくりだよ。


「くっ…!」


 まあでも、頭は撫でさせてくれたんだ。もうそれだけでもいいじゃないか。うん、これも高校生活のいい思い出になるよ。「俺は学年一のクール美少女の頭を撫でた男なんだ」ってね。



「…そうだね。うん、どうもありがとう。じゃあ、日誌職員室に出して俺は帰るね」

「え?」


 うん。これ以上食い下がるのは無しだ。さすがにみっともないだろう。いや、もう十分恥ずかしいことをやらかしたような気もするが、そういうことにしておこう。この歳になって、新たに黒歴史なんて作りたくない。

 そう思い、俺は「じゃあね」と、今度こそ教室を出ようとした。


「あの…甘やかし係…って、どうかな…」


 は?何その係。興味津々なんだけど。


「それは、どういうことなんだろ…」

「えっと…佐伯くんのバブみが凄すぎて…」

「はい?」


 なんだ?急に何を言い出した?というか、クール美少女はどこ行った?


「私…佐伯くんが…あなたが初めてなの…」


 誤解を招く言い方はやめよう?また無駄にドキドキしちゃうでしょ?


「もっとなでなでして欲しいし、ギュってして欲しいし、膝枕されておぎゃりたいの…」


 おぉ…これ、だいぶぶっちゃけたな…


「えっと…」

「…ごめん、イメージと違い過ぎて、今度は佐伯くんの方が引いちゃったよね…」

「いや、あの…びっくりして…」


 確かに、俺やみんなが思い描いていた彼女のイメージと、今の園田さんは全く違う。

 でも、だからといって、驚きはしたけど、俺は別に引いたわけじゃない。


「でも、甘やかし係っていうのは…?」

「うん…。私ね、こんなだから今まで誰かと付き合ったこととかないし、そういうのに興味があったり憧れたりもするけど、正直よく分からなくて」


 その気持ちは分かる。俺も女の子と付き合ったことなんてないし、興味はあるけど、よく分からないと言えばそうなる。でも、彼女は俺とは違う。


「えっと…よく告白されてなかったっけ?」

「それはまあそうなんだけど、みんな同じなのよね」

「同じ、というのは?」

「話したこともないのに、私のこと何も知らないのに、いきなり「好きです」とか言われても、そんなの上辺しか見てないな、って」


 それはそう。それは間違いない。でも、お互いのことを知って、両想いになって、それから付き合えるのなんて、かなり難しいのではないだろうか。

 それに俺達はまだ高校生なのだ。とりあえず付き合ってみる、という感覚が主流かもしれない。


「そういう意味では、俺も他の連中と同じように、園田さんのこと、何も分かってなかったと思うよ。ごめんね」

「いえ、私こそごめんなさい。でも、佐伯くんは知らない人じゃなかったし、それに…」

「それに…?」

「あなたが真剣なのは、私にはちゃんと伝わってたから」

「そ、そっか…」

「好き…っていう感情は、まだ佐伯くんにはないの。でもね、甘やかして欲しいとは思ってて、それで…」


 なるほど。だからということなんだな。でも、


「でも…タイプではないんだよね…?」

「うん、それはそう」

「あ、はい…」


 結構ストレートに言うよなあ…


「でも、それはまた別というか、タイプではないけど甘やかして欲しいというか…」

「……」


 …おそらく、彼女は本来あまり裏表がないのだろう。だからこそ、思ったことはそのまま伝えるし、でも、普段はそれもみんなの手前、ある程度は抑えている。それでストレスが溜まることもあるだろう。それなら、少しくらい甘えてみたい、というのも分からなくは無い。



「うん、分かったよ。俺でよければ」

「佐伯くん…ありがとう!」




 これも惚れた弱み…ってやつかな…




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る