第1.35話 どうして?

 涙が止まらない。

 陳腐な表現だけど、本当に洪水のよう。


 溢れては、流れる。

 流れては、落ちていく。

 落ちたら、消えていく。




 消えた先には、何が待っているのだろう?



 どうして……人の命を、当然のように消していくのだろう?


「ししょ……」


 師匠が上手く言えない。

 ししょ、そう呼ばれた師匠は穏やかな顔で応じる。


「なんだい?」


 すぐに言葉が出なかった。


 自分が涙を流している理由がよくわからない。

 師匠に声をかけた理由がわからない。


 私は……何がしたいんだろう。





「どうして?」





 自然と口から言葉が漏れる。

 思っていたのか、考えていたのか、それすらもわからない言葉を羅列していく。


「どうして、能力を持っている人が不遇な世の中なのか、わからないんです。だってそうじゃないですか。能力を持っているだけで、いつヒーローになってもおかしくないんですよ?」


 能力は、変化する。

 正確に言うと、能力を持っている人物の想像力で変化する。


 特に、具現化の能力には際限がない。

 自分がどこまでを想像できるか、これが顕著に出る能力だ。


 能力に対する考え方が一つ変わる。そうすると、能力はその形に変化する。



 能力とは、自分が想像できる範囲を形にしているだけなのだ。



 当然、いつ強力な能力に変化してもおかしくない。

 能力を持っているだけで、その人はもう処刑対象になるかもしれない。


 この世界は、能力を持っている人に厳しい。


「おかしいですよ、こんなの。能力を持っていることが当たり前の世の中で、私たち無能力者は冷遇されたりしますけど、本質的には私たちの方が得をしている。そう、能力を持っていないから、処刑対象にならないんです。これは大きなアドバンテージです。だって、未来を自由に選択できるんですから」


 師匠は、真剣に私の話を聴いてくれる。

 中学生の世迷言だと思わずに、ちゃんと、真剣に耳を傾けてくれる。


 師匠のそいういうところ、大好きだ。


「わたし……わた、じは……」


 感情が昂って、言葉が上手く出てこなくなる。


「わだじは! どうしてこんなに! 悲じいんですか!」


 言葉が次々に漏れていく。

 涙と同じように、流れ出ていく。


「おがじいでず! だで……わだじは……関係、ないのに……」


 もう、言葉が出てこなかった。

 いや、出せなかった。


 嗚咽混じりの泣き声が、廃工場に響き渡る。

 止まらなかった。止められなかった。


 どうして、こんなに悲しいんだろう?

 知りたくても、自分の中に答えが見つからなかった。





 師匠はやっぱり、黙っているだけだった。





「ごめんなさい、取り乱して」


 響いていた泣き声がなくなり、洪水も止まる。


 師匠は、酷く辛そうな顔をしていた。

 その辛そうな顔をテーブルのお茶に向けていた。








「…………ごめん」









 きらりと光った星屑が、零れていた。

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