必ず、殺してあげるね

清水叶縁

第1話 君は、ヒーローになれない

「いいか、君は、ヒーローになれない」


 残酷で、現実的で、とっても綺麗な言葉。

 ヒーローは、すべてを叩きつけてきた。

 絶望するには、十分すぎる。


「確かに僕は、一億人に一人の割合で存在するとされている、能力を持たない者だ。そして、ヒーローでもある」

「は、はい! だから私もヒーローに……」

「だからと言って、君がヒーローになれるわけではない」

「どういう、ことですか」

「あまり、こういう差別めいたことはしたくないんだが」


 私の憧れであり、人生の目標でもあるヒーローは、次の言葉を言いあぐねている。

 次の言葉は、予想できた。


「私が女性であることを、あなたは指摘したいんですね」


 これは超えられない壁だから、常に意識している。だから、彼が口にしようとした言葉を私が吐き出したのかもしれない。


「すまない……でも、これは極めて重要な事実だ。僕は男性で、君は女性である。この事実を認識できている君ならわかるはずだ。男性と女性の、絶対的に超えられない、いくつもの壁のことをね」


 そう、これはとても重要な事実だ。

 男性と女性は、違う。

 男女平等、などという言葉はただの理想でしかない。


 そもそも、人間に平等など存在しない。それを証明する一つの指標となるもの、それが性別だ。人間は生れ落ちる前から、性別が決まっている。その性別によって、生物としてのあらゆる優劣が決定する。


 別に、男性の方が女性よりも優れている、と言いたいわけではない。もちろん、女性の方が男性よりも優れている部分はいくつも存在する。それこそ、数えきれないほどに。しかし、この場の論点は、私がヒーローになれるかどうかである。


 目の前にいるヒーローが言いたいことは、わかる。

 私が女性である時点で、力という部分のみに焦点を当てた場合、女性が男性に勝つことはできない。並外れた努力をすれば、男性に限りなく近い筋肉、身体を手に入れることは可能だと思う。でも、どんなに努力しても、男性になることはできない。


 彼は、その事実確認を私にしているだけだ。


「だ、だとしても! 私がヒーローになれない理由にはならないはずです!」


 ヒーローになることはできる。しかし、彼の言葉の本質はそこではない。


 それがわかるから、目から零れ落ちて消えようとしている夢を必死に、この胸に、残そうとしているのかもしれない。


 彼が口を開きそうになる

 聞きたくない、彼の本当に伝えたいメッセージを。


「必死に努力すれば! あなたを超えるヒーローにだってなれるはずなんです! これは理想論なんかじゃありません! ヒーローとしての素質は、何も能力や単純な力なんかじゃない。考え方や戦い方、力や能力以外のあらゆるものを利用することができれば、私だってヒーローになれる。それこそ、あなた以上のヒーローにだって、きっと……」

「ごめんな、こんな酷い言葉を口にして」

「っ……」


 私はもう、耐えきれない。


「訂正する。君は、ヒーローになれる。しかも、僕を超えるヒーローに、だ」


 夢が、零れる。


「君は、とても賢い子だ。中学生で君ほど自分のことを理解できる人間は、限りなく少ないだろう。自己分析、これも立派な人間の能力だ」


 夢が、落ちていく。


「君はきっと、誰よりも強くて、誰よりも素敵だ。だから、能力なんかなくても、最高のヒーローになることができる。僕も、そう思うよ」


 夢が、消えていく。


「でもね、僕は……君に、人殺しになってほしくない」


 私の夢が。


「ヒーローなんて残酷な未来じゃなくて、幸ある素敵な未来を、君には選択してほしい」


 なくなる。


「だから、この言葉を君に送らせてくれ」


 私の憧れのヒーローは、とても酷くて、とっても優しくて、とても……綺麗な言葉を、私のために。


 言葉として、解き放った。



「君は、ヒーローになれない」



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