第7話

 ――それから一年。


 私は宣言通り、彼らのモニターをまったくチェックすることなく(バイタルサインだけは、本当にたまーに!遠目で!確認しましたよ!生きてました!)、それはそれは平和な日々を過ごしていた。


 胃の痛みもすっかり治まり、お肌の調子も最高!


 そんなある日、セレスティアさんから呼び出しを受けた。


「リリエール、例のニコイチ転生だけど」


(ドキッ!ま、まさか放置してるのがバレた!?やだ、どうしよう!?)


 私の心臓が、久々に嫌な音を立てて跳ね上がる!

 冷や汗がじわり!


 しかし、セレスティアさんの言葉は、まさに天からの福音だった!


「転生から一年以上経つし、テストケースとしては十分でしょう。協会としても、そろそろ彼らのストーリーポイントを査定したい。つまり、帰還を促す段階だと判断したわ」


(き、帰還!?やったー!!!やったやったやったー!!!やっと!やっとこの胃痛業務から解放されるんだ!)


 長かった……本当に長かった!

 一年間、適当な報告書を出し続けた甲斐があった!


 もう嬉しくて女神の涙がちょちょ切れそう!


「ついては、リリエール。彼らの現在の状況を確認し、うまく帰還勧告を行ってください。ストーリーポイントも、それなりに溜まっているはずだから、スムーズに進むでしょう」


 そう。

 転生協会が丁寧に転生者のサポートをするのは、この「ストーリーポイント」を稼ぐため。


 転生者の異世界での冒険が「面白い」ものであれば、それがポイントとなって世界を廻すのに必要なエネルギーに転換されるのだ。


 (どうせ、あの二人のストーリーなんて、大したことないに決まってる。これで、この「ニコイチ転生」とかいう、どうしようもない思いつき企画は立ち消え!あーせいせいする!)


「はいっ!よろこんで!」


 私は、満面の笑みをうかべ、ハイテンションで返事した。

 その姿、ブラック居酒屋の店員の如し。


 ついに、この悪夢のような仕事とおさらばだ!

 さよなら、私の黒歴史!こんにちは、輝かしい未来!


 意気揚々と自分のデスクに戻った私は、一年ぶりに、あの二人の担当モニターの電源を入れた。


 今頃どうしてるかな?まだあの廃屋かな?それとも、さすがに追い出されて、どっかのドブ川で寝てるかな?くふふ。


 でも、もう大丈夫!この女神リリエール様が、お家に帰してあげるからね!


 (あとは、うまいことNPCを誘導してサクッと帰還させるだけ!楽勝楽勝♪)


 私は、鼻歌交じりでモニターが起動するのを待った。


 砂嵐が消え、映像が映し出される……はずが。


 『ザー……ギャギャ……ドカーン!ギュイーン!ザー……』


 モニターは、ノイズが酷く、しかも何やら物騒な音が鳴り響いている!


 (あれ?おかしい……?映像の乱れだけじゃなくて、なんか爆発音とかレーザーみたいな音が……?)


 私は、モニターの調整ツマミを慌てていじる。

 すると、ノイズの合間から、断片的な音声が聞こえ始めた!


『……オラァ!まだじゃ!桜吹雪組の意地、見せたるわい!』


若頭カシラ!無茶です!ここは一旦引いて…!』


『黙れ!男にはなぁ、引かれへん時があるんじゃい!うおおお!』


 (……ん?組?若頭カシラ?なんか関西弁混じってない!?な、何言ってんの、この人たち……?)


 映像はまだ不鮮明だけど、聞こえてくる単語が、どう考えてもおかしい!


 しかも、背景に映っているのは、どう見ても路地裏じゃない!

 なんか、禍々しい黒い城の前庭!?

 剣と魔法と、なんかビームみたいなものが飛び交う、大乱戦の真っ最中!?


 (え?やだ?なにこれ?幻覚!?疲れすぎ?いや、そんなはずは!)


 私の背筋に、あの冷たくて嫌~な汗が滝のように流れる。

 治まったはずの胃が!胃がまた痛み出した!激痛!


 私は、モニター出力を最大にし、ノイズ除去機能も最大レベルで起動させた!


 頼む!ちゃんと映って!これは悪い夢だって言って!女神様お願い!


 そして、ついにモニターの映像が鮮明になった、その瞬間――


 モニターに映し出された光景に、私は、一年分の平穏を吹き飛ばす、最大級の絶叫を上げた!


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!なんでこうなるのよぉぉぉぉ!!!!!」


 そこにいたのは、私の知っているヒロトさんとトシオさん……の、完全に別人に成り果てた姿だった!


 確かに顔は同じ!でも、その雰囲気は一年前とは別人!


 ボロボロだけど謎のオーラ!目つきは完全に極道ヤクザ


 そして、彼らの周りには、見覚えのあるゴロツキたちが、「組長!」「若頭カシラ!」と叫びながら、必死で戦ってる!


 いつの間に子分にしたの!?


 さらに!彼らが戦っている相手は……!?


 禍々しい鎧と武器で武装した、魔王軍の兵士たち!

 奥には、見るからに威厳たっぷりの魔王軍幹部らしき影!


 (ていうか、え?もしかして魔王本人!?)


 おまけに!ヒロトさんとトシオさん、なんか手から黒いビームみたいなの出してるんですけど!?


 (あれ、スキルじゃない絶対!いったいどこでそんな力を!?)


 理解不能すぎる状況に、私は椅子から転げ落ちた。


 胃が!胃が爆発する!

 痛い!痛い痛い痛い!!!

 

 だれか助けてぇぇぇ!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る