第4章 ロリっ子王妃との愛情
「いや、ないない! ないから! 幼子と愛するなんてあり得んから!」
「しかし魔王さま。このままでは貴方のレベルは9999のまま。少しでも多くの王妃さまと愛を交わしませんと」
「馬鹿を言うな! まだリリーはまだ十二才ではないか! ――外見は。そんな子供を!」
「馬鹿はどちらですか! 魔王さま、いいですか?」
パルティナは大声でまくし立てると、ずいっとディオスに詰め寄る。
「魔王とは悪の権化! 邪悪を極めし者です! 悪と言われようと何と言われようと、邪悪をせずして何が魔王ですか、しっかりしてください!」
「しっかりするのはお前だ淫魔メイド! あんな、いたいけな子供と愛を交わすだと!? 破廉恥極まりないわ!」
「いいえ、わたしたちは魔族ですから平気です。それに最高じゃないですか幼女。幼き娘をその手で手篭めにする――魔王冥利に尽きます」
「お前……ほんとに淫魔よな……」
「それにですよ。魔王を超えた魔王になるのでしょう? 魔王さま、かつての誓いは、その場限りの勢いだったのですか?」
「それは本気だが……その、物事には限度がな?」
「でしたら、代わりにメスのミノタウロスでも呼びましょうか。十体くらい。それで代用を、」
「仕方ないな! リリーとはしばらく話をしていないゆえ部屋に行くか! いや! ミノタウロスが嫌で行くわけではないけどな! 王妃に会いたいからな!」
白々しくも全力で笑顔のディオス。そうして、魔王は幼女の王妃、リリーの宮殿へと向かう事となった。
第八王妃――リリー。
彼女は、天真爛漫として有名な幼女である。二十人いるディオスの王妃の中でも特に幼く、奔放で無邪気な性格。
しかし、それとは別の顔も持っている。――それが、『鍛冶師』としての顔だ。
彼女が住む宮殿は、鍛冶に特化した作業場である。
鍛冶具と溶鉱炉などが並び立ち、常に金属音や熱気が漂う場所。通称、鍛冶姫の宮殿。
例えるならば、それは『炉の林』。広く、高々とした魔力炉。常に熱気が飛び交い、槌の音が響いている。そこかしこで巨人サイクロプスが歩き回り、地響きが辺りを闊歩する。
レプラコーンという、鍛冶を得意とする魔物もハンマーを振り、武具を創り出す光景。
魔力炉の回りでは常に熱気が発し、硬いハンマーの打撃音が奏でられる風景。
その中庭、ディオスの腕に絡みつき、上機嫌で体を左右に振るリリーの声が弾んでいた。
「まおーさまが来るなんて久しぶりなのです! 一ヶ月ぶりなのですか?」
「う、うむ。余は基本、武器は使わんからな。……寂しかったか?」
「ううん、平気なのです。だってまおーさまは最強の王。武器を使う方がおかしいです!」
まるで軽やかなカモシカのように、ディオスの肩に乗って楽しそうにするリリー。その様子はあどけなく、ディオスとしては微笑ましい。
リリーはディオスのことが大好きな王妃である。アルフォニカのような武人としての好意ではない。『最強のまおーさま』、『憧れのまおーさま』、『好き好きお兄ちゃん!』としての好感だ。
以前、魔王と王妃が全員集った会食で、『誰が一番魔王のことが好きか?』と雑談が上がったところ、彼女は『はい! リリー、まおーさまが大好きなのです! 毎日、お部屋に遊びに行きたいくらい好き! 一緒に『あーん』したいくらい好き!』と語り、その後アルフォニカを始め、奥手な王妃たちから射すような視線が発せられた。
あの時のディオスは、生きた心地がしなかった。そのくらいリリーは好意を隠さない。
「それにしてもまおーさま、今日はどんな用で来たのです?」
宮殿の奥、金属片やハンマーが転がっている部屋に着くとリリーが尋ねてくる。
「今日か? うむ、じつはな……お前と夫婦の時間を過ごすために来たのだ」
「……なるほど! 夫婦の……え、え。ふえ!?」
肩にしがみついていたリリーが突如として落ち、頭から床にぶつかった。
「痛ったーい! 頭をぶつけたのです! たんこぶ出来ちゃうのです!」
「す、すまんリリー、大丈夫か!?」
遠くの外で控えていたパルティナから呆れの思念の声が飛び込んでくる。
『魔王さま! だから段取り! 経緯を説明ないとだめですよ!』
「う……うむ。リリーよ。初めから話そう」
「は、はいです」
「じつはな、余は先日、レベルが9999になった事に気づいたのだ」
「わ~っ! さすがまおーさまなのです!」
華やかに両手を合わせて笑顔を見せるリリー。
「うむ。それでだな、その余剰レベルを、愛することで解決出来ると知ってな?」
「……???」
リリーは意味が分からず、しばらく硬直していた。無理もない反応ではある。
「その、リリー。その方法が……余と、愛を育むことでな?」
「え。……ええ!? まおーさま、それって……っ」
これまでの会話とディオスの態度から、事の真相を察したらしいリリー。
王妃としてパルティナから指導も受けていたため、契りの知識も理解出来ているのだ。
「リリー、まおーさまと結ばれるのです……?」
「ちょっと違うが、まあ似たようなものだ」
「リリーの中に、まおーさまの魔剣が入ってくるのです……?」
「じつに表現が鍛冶師らしいが、それは違う」
彼女の顔が見る見る赤らんでいく。恥ずかしさで赤いまま炉の影へ隠れてしまう。
「そ、それは嬉しい、です」
「そうだよな。恥ずかしい――え、嬉しい?」
「だってまおーさま、修行ばかりだったのです。いつもアルフォニカさんたちと修行ばかり。まおーさまがそんな事言うの、夢にも思ってなくて……」
「なんかこのやり取り、前にもあったような気がする!」
具体的にはアルフォニカのときに言われた。あの時はもっと怒られたような気もするが。
これから先も同じなのだろうか。王妃の所へ行く度に、『まさかあなたが!?』という反応をされると思うと、ディオスは軽く落ち込むしかない。
「そ、それは違うぞリリー。余は、真にお前との愛を望んでおる」
「はわ、あわわ……っ」
リリーは、掴んでいた魔王の服の裾を離し、顔を覆ってしまう。そして指の隙間から、小さな涙がこぼれてくる。
「嘘じゃないのです……? ほんとうに、夢じゃないのです……?」
「ああ、嘘ではない。随分と待たせてしまったが、お前との愛を余は望んでおる」
「う、ううぅ……っ、まおーさまっ!」
ひしっ、とリリーはディオスの腰元に抱きついてきた。その声は、驚愕と、困惑と、それ以上に、嬉しさが込められた声音だった。
――第八王妃リリーは、『ドワーフ』と言われる種族の一人だ。
魔王領の遥か彼方、鍛冶神の里と呼ばれる集落で生まれ、活動をしていた。そこは鍛冶のための里。ドワーフたちが寄り集まり、武具を鍛造するための場。
そこでリリーは、百二十年前に生まれ、多くの鍛冶へ励んだ幼き才媛である。
ドワーフは種族として長寿のため、見た目こそ幼いが、人間の約十倍を生きる。年を経ても人間の子供と変わらなく見えるが、リリーは百二十才。――本人曰く、立派なレディだそうだ。
そんな彼女は、『天才』としてドワーフの里で名を馳せていった。
通常、百年かけて培われる武具の才覚を、わずか数年で会得。四百年かけて磨いたベテランのドワーフの技術ですら、『見た』だけで再現したその天才性。
自分で新たに作り上げた鍛造法は数十個。作り上げた武具の数は数え切れない。長老と呼ばれる一族の中で最高峰のドワーフすら技術で超えた。
ゆえに、別名を『鍛冶姫』。リリーは、里の歴史始まって以来の大天才だった。
聖剣、霊剣、宝剣、天剣、聖槍、聖斧、聖弓、聖鎧、聖盾……彼女が作った武具は、一撃で竜をも屠り、倒せない巨人はいなかった。
『素晴らしい! リリー殿の武具は!』
『お前は我が里の誇りだ!』『お前を産んで誇りに思うぞ!』
里の者たちは口々にそう叫んだ。里一番の天才、風雲児……数々の名で褒め称え、喝采した。
――そう、初めのうちは。
『まただよ。リリーの奴が、俺の宝剣を上回りやがった』
『うちの娘もだよ。聖鎧の技術を盗まれた、何なのあの反則娘は』
『俺たちが必死で編み出した技術を、あいつは一瞬で再現しちまう……!』『卑怯だ!』
それは、天才ゆえに向けられる嫉妬。
どれほど鍛造しようとも、リリーは軽くそれを上回る。称賛はいつもリリーばかりで彼女が独り占め。全てはリリーという天才のためにある――それが、彼らには許せなかった。
けれど、実際のリリーは生まれつきの天才ではないのだ。
ただ単に、凄い武具を作ると皆が褒めてくれるから腕を磨いたのだ。
効率が良いと思われるのは、誰より鍛造法を勉強したから。一瞬で技術を看破したのは、似た武器をよく研究したから。
皆が寝ている間に武器を作り、失敗を重ね、時に挫けそうになりながらも、皆が褒めてくれる――それだけが楽しみで、努力を惜しまなかった。
――その結果が。
『お前はズルをしている! そんな至高の武具が簡単に作れるはずがない!』
『何か人には言えぬ悪さをしているはずだ! それを言え! 隠すな!』
そんな事を言われても、リリーはズルなどしていない。全ては努力と研鑽の結果だ。
誰よりも努力したのに、それを認めてもらえない。それが、何よりリリーは悲しかった。
――だから、彼女は悩んだ。その結果として里を出ることを決めて、遠い異郷へ。一時は人間の冒険者パーティに入り、僻地に住み、街で小さな鍛冶場を営んだ時期すらあった。
けれど、結末はいつも同じだ。素晴らしい武具を作れる鍛冶姫。その異名ばかり広まってしまい、それを妬むか利用する者ばかり。
誰もがリリーの武具を称賛し、利用し、その度にリリーは他人の醜い心に失望した。
――私を本当に必要としてくれる相手はどこにもいない。利用しか考えていない。
募っていく、世界全てに対する嫌悪と鬱屈。失われる、鍛冶への熱意と夢と希望。
そうした時だった。彼女が魔王ディオスと出会ったのは。
『――ほう、そなたが噂の鍛冶姫か。聞けばお前は最高の武具を作るらしいな』
『そう言われています。……そういうあなたは、誰なのですか?』
『余は魔王ディオス、この世の覇者である』
銀色の美しいメイドを控え、優雅な外套を翻す魔王ディオスは、魔王領の片隅で告げた。
『聞いた事はあります。……その魔王さんが何の用ですか?』
『余のために、武具を作ってみる気はないか?』
勇者の宿敵である魔王に、武具を作るのは危険だと、リリーは最初思っていた。
けれど、もう他に喜んでくれる場所も人もない。だから彼女は、これまでで最高の傑作の魔剣を作り上げた――その結果が。
『弱いな』
ディオスは一瞬で壊し、魔剣をそう評したのだ。
『この程度で天才か? 笑わせる。余の外にいる者は、よほど腑抜けなのだな』
衝撃的だった。嘘だと思った。災いをもたらす鍛冶姫とも言われた自分が、簡単に否定された。たった一撃、魔王が全力で振るっただけで。
――実際は、ディオスが強すぎて武器が耐えられなかっただけだが。
傍らではパルティナが顔を引きつらせていたが。そんなことは露知らず、ディオスはリリーへと語った。
『その未熟な腕、ここで鍛え直す気はないか? なに、ここではお前を害する者などいない。魔族とは強者を崇める者。お前が真に力ある者なら、尊敬もされよう』
そしてリリーは困惑しながらも、最後には了承した。
この人なら、自分を大事にしてくれそうだったから。魔王とは言え、自分を本当に信じてくれそうだから。
だからリリーは、ディオスの八番目の王妃となった。
『よろしくお願いします、魔王様』
――もちろん、はじめからリリーは懐いていたわけではない。
当初は他人への不信感から、無表情ばかり浮かべていた。けれどディオスが、ただの修行狂で、じつは自分の作る武具は相変わらず世界最強だと知って、呆れた。
そして、そんな自分の武器に満足できない彼を見返すため、リリーは必死に鍛錬した。
感激の言葉を貰いたい。いつしか拾ってもらった恩義は――尊敬へと変化していった。そして好意へと移り変わるのに、時間は掛からなかった。
呼び名は『魔王様』から『まおうさま』へ。そして『まおーさま』へ、親しみを増して。
ディオスは、相変わらずレベル上げの修行馬鹿だったが、それでも彼のそばにいるのは楽しいと、リリーはずっと思っていた。
――そして現在。
「さ、触るぞ……?」
「は、はい。お願いなのです……まおーさま」
リリーの宮殿、寝室にて。ディオスとリリーが薄着姿になり二時間が経っていた。
ディオスは薄着一枚。リリーの方もベビードール姿だ。
ベッドの上で準武万端。けれど未だ一瞬も肌に触れていない。扉の外ではパルティナが扉を叩き、催促をかけてくる。
「あの、まおーさま、どうしたのです……?」
「い、いやなんでも!? 本当に、触っていいのだな?」
「まおーさま。早くしてください……恥ずかしいのです……」
熱を帯びた瞳で、可愛らしく言ってくるリリー。ディオスの胸が大きく高鳴った。
リリーの珠肌は柔らかそうで、華奢で、ディオスがちょっと触るだけで折れてしまいそう。今からこの幼い彼女を触るのだと思うと、ディオスは腕も何も動かせない。
「わ、わかった……あんまり待たせると、パルティナにも悪いしな……」
すでに扉は『ドンドン!』から急かし方が『ドガドガドンッ!』と変わっている。扉が凹み初めていた。修復するのが大変だ。
ディオスは意を決し、リリーの体へと触れてみる。
「ゆくぞ……」
「はいなのです。……あ、ふあっ」
これはいけない。すぐに超えてはいけない領域に踏み込みそうだ。くすぐったそうに、恥ずかしそうに、唇から吐息が洩らすリリーは色っぽく映る。
「くす、くすぐったいですぅ……」
「判っている! も、もう少し、ゆっくり触るぞ?」
ディオスは段々とドキドキしてくる。熱っぽく、潤ませた瞳で「まおーさま、まおーさま」と呼ぶ甘い声。この時点でディオスは思考するのをやめた。
――ええいままよ! いくところまで行け、行ってしまえ! 犯罪だとか倫理だとか知ったことか。
高鳴る感情のもと、ディオスはリリーの体を撫でた。そして互いに気分が高まり、リリーの唇を重ねようとして――。
「あれ?」
なぜかリリーは次の瞬間、ディオスの前から逃げ出してしまう。
「あれ? あれれ?」
そして再び彼女の方へ移動するが、リリーが逃げてしまう、というより避けていく。
「ど、どうして逃げるのだリリー!」
「あの、まおーさま、ごめんなさい……こ、この先は、もうちょっと待ってください……」
そのまま、リリーは顔を真っ赤にしてぱっと布団で顔を覆ってしまった。
恥ずかしそうに、その小さな体の全体も隠してしまう。
ディオスは呆然とした。
「……え、どういうこと?」
数分後。
「パルティナよ! また問題が発生した!」
リリーをなだめて今日は眠ってもらうことにしたディオスは、外で待機していたメイド少女のもとへ向かっていったのだが。
「何ですか、魔王さま。……まあ。素晴らしいものをお持ちですね」
パルティナはディオスのとある部分を見てそう評した。
「今そういうのはいいから! それより、リリーに拒否された! ど、どうすればっ」
まくしたてるように言う彼に、パルティナはしばらく事の経緯を聞き入った。
「それは――あれですね、愛情の乖離性が原因ですね」
「……あいじょうの、かいりせい?」
「はい。おそらくリリー様は魔王さまへの『尊敬』が強かったのでしょう。それで怖気づいてしまい、拒否なされたのです」
パルティナは顔を曇らせながら言った。
「リリー様にとって、魔王さまは『憧れ』や『恩義』の対象でした」
その細く白い指をぴっと立てる。
「もちろん、王妃として慕う気持ちもあったでしょう。しかし『親愛』――いわば家族や恩師に向ける感情の方が強かったと思われます」
ディオスはその見解に、思わず大きく唸りを上げた。過去のやり取りを思い起こす。
「確かに……そういう面はあったかもしれんな」
「はい。日頃の抱きつく様子などまさにそれでしょう。大好きな兄や年上に甘える子供――それがリリー様と魔王さまの関係です」
「言われてみれば、確かに。夫婦ではないな」
異性として、距離こそ近かったが、それはあくまで尊敬の現れ。年上の恩師や、家族に向ける兄のような感情に類似していた。パルティナは眉をひそめる。
「これは、由々しき事態と言えます。夫婦の愛情を拒否したなど、歴史上の一大事です」
「……それは少し言い過ぎでは?」
「いえ。魔王は魔族の頂点たる存在。それが――王妃様とはいえ愛を拒ばれたのです。これでは配下や他の王妃に示しがつきません。魔王の『格』を貶められたのですから」
「……」
歴史上で、魔王が王妃に気を遣ったという記録はない。
魔王は恐怖の具現。支配者の頂点。畏怖され、尊敬される存在こそあれ、拒否など言語道断。
「……事情は分かった。しかしどうすればいい? 正直、余には解決の糸口すら掴めぬ」
「そうですね、解決事態は簡単です。『転化』ですよ、魔王さま」
「……転化? どういう意味か」
パルティナは美しい銀の髪をわずかに揺らし、補足を加えた。
「リリー様は現状、魔王さまを兄のように慕っています。ですから、彼女をさらにメロメロにするのです」
「は?」
「魔王さまへの感情を、『兄』から『夫』へ! そして憧れの好きから、欲望の『好き』へ! 見事に転化させれば、万事解決! 関係進展です!」
ディオスは思わず声を大にして叫んだ。
「――このっ、色ボケサキュバスが! 何を知っているのだ、子供相手に出来るか!」
「では代案を。他に手があればそちらに致しますが」
「それはちょっとな……ふーむ、他の方法……」
リリーは今の関係に満足してしまっている。これ以上進むにはきっかけが必要。
兄でもなく恩師でもなく、夫婦に至る必要性。一段上の感情を与える手段があるとしたら?
――そう、これしかない。もちろん、リリーが本当に嫌がるようならやめるべきだが。その場合は別の策を講じる必要があるだろう。
「魔王さま、心配はありません。惚れさせる手段ですが、また『練習』を試しましょう」
「練習? ――誰と、どのように?」
ディオスはこの時点で何か嫌な予感がしてきた。
「もちろん、わたしとです。――そして方法ですが、リリー様に『変身』して練習します」
「ちょっと言っている意味が判らない」
「わたしは、淫魔(サキュバス)です。――サキュバスとは、愛を司る悪魔! つまり、あらゆる趣向に合わせ、『変身』する事が出来るのです」
「余にも分かる言語に訳して?」
パルティナが、華麗にスカートを翻しながら微笑した。
「今からわたし、幼女化しますので、それでリリー様を落とす練習してくださいませ」
「もうどこから突っ込めばいいのかわからーん!」
そしてパルティナの計略により、ディオスの波乱の時間は続いていく――。
「それでは魔王さま、わたし幼女化しますね」
「……なぜシャワー浴びてるの? そしてなぜ幼女化なの? と何を言っても無意味だな」
十数分後。軽装のままディオスはベッドで唸りを発していた。
隣では、すでに寝かしつけたリリーがベッドで寝息を立てている。
シャワーを終え、寝室に入ってきた銀髪のメイド少女が涼しい顔で語っていく。
「これよりは一世一代の大儀式! 可憐な乙女から幼き幼女へ!」
「そういうのいいから。まあ仕方ない。ここまで来れば腹をくくろう。やってみよ」
言うや、パルティナの体が眩い光に包まれていく。ほのかな微粒子が飛び交い、空間に細かな破片が迸る。それが収まった瞬間、現れたのは幼いながらも可憐な少女だ。
元の怜悧そうな目元はそのまま。体型だけ時を逆行したかのような姿。あどけない顔立ち、銀髪も二つに結わえ、メイド服も小さく縮んでいる。見た目は十二才の幼女にしか思えない。
「……素晴らしい変身だな。無駄に凝っている」
「ふふ、そうでしょう、自慢の特技です」
「だがマズいぞパルティナ、余はお前が可愛すぎて動けない」
「あの……前から思っていたのですが、魔王さまに一番足りないのは、『性欲』ですよね」
「やかましいわ! それはともかく、このままではいけない……っ」
パルティナは大切な配下だ。長い付き合いだからこそ大事に扱わなければならない。
抑止の心が働いている。パルティナは小さく苦笑し、どこか嬉しそうにしつつも提案する。
「ではこうしましょう。今から、わたしがリリー様の物真似をします。魔王さまに迫りますから、わたしを本物のリリー様と思ってキスしてください」
「はあ!? いや待て、リリーの物真似といっても出来るのか?」
「サキュバスの奥義が一つ! ――秘技! 幼女リリー様の物真似! ――まおーさま、リリーを愛して?」
「っ!? (……思ったより似ている――っ!?)」
「リリーね、あのね、まおーさまにキスして欲しいです。沢山甘えたら嬉しいのです」
幼い瞳に妖しい光をたたえ、真っ直ぐに見つめてくるロリパルティナ。四つん這いでベッドに這い回り、固まるディオスへ甘い吐息を吐く様は妖艶そのもの。
「おい待て! 待つのだパルティナよ! これはマズい、とてもマズい!」
「……あの、魔王さま? はじめてわたしが裸になった時より、興奮しているのはなぜですか? この姿(幼女)でそれは、さすがに引くのですが……」
「いきなり素に戻るな!」
「あ、すみません。――まおーさま、体を楽にして? リリー、まおーさまの愛が欲しい、そのために、頑張りたいの」
「無理だ! くっ、出来ない! 今のお前を愛するなど、とても出来ない!」
「仕方ないですね。――まおーさま、素直になって? 良心なんてどっかやっちゃうです」
「くそ、やめろー! 余を惑わずな、よせパルティナ――」
「……まおーさま、何してるのです?」
瞬間、ディオスたちは凍りついた。
振り返ると、寝ていたはずの本物のリリーが、その大きな目を開けて凝視していた。
「り、リリー!? 違う! これは、その……っ!?」
「う……えぐ、ぐすっ、うぁぁ……っ」
リリーがいきなり泣き出した。ディオスは固まった。パルティナすら凍りついて動けない。リリーが涙を浮かべて大泣きしてしまう。
「うわあああーん! まおーさまが浮気してるのです! 知らない人と!」
「待てリリー! これは……っ!」
ディオスが逃げるリリーを慌てて追いかける。肌もあらわな半裸達が廊下を走っていく。
「リリー、お前いま半裸! せめて服を着ろ!」
「魔王さま! 貴方も今はほぼ全裸ですから服着てください!」
パルティナが幼女化を解き、元の姿に戻るやメイド服を着た。ディオスとリリーの服を携え、追いかける。数十秒後。中庭、リリーの宮殿の入り口付近に向かうと――。
「離してなのです! まおーさま、知らない人とハレンチしてたのです……うわあああ!」
まさしく現場は修羅場と化していた。
周囲の魔物は唖然としている。リリーの配下のサイクロプスやレプラコーンたちが騒然とした修羅場に顔を見わせた。「なにあれ」「さあ……」
「だから違う! あれはパルティナだ! そう、お前との愛を拒まれ、反省した結果、彼女が幼女化して練習していただけだ!」
「意味が判らないのです!」
「余も滅茶苦茶だと自覚してるが! 決してお前を捨てた訳では……っ!」
「はあ……はあ……追いつきましたよ魔王さま!」
パルティナが追いつき、二人の服を抱えてやって来る。急いで衣服を差し出す。
「そんな所で修羅場を迎えないでください! 皆さん呆然としているじゃないですか」
「今それどころではないから服を着せよ!」
「えぇ……理不尽っ!」
仕方なくパルティナがディオス達に衣服を着せていく。ディオスは硬質な声音で告げる。
「聞けリリー。余はな、決してお前を蔑ろにしていたわけではない」
「はい……」
「むしろ逆だ。余はな、お前にキスの最後まで望んでいる。あの肌、あの声……余はまさしくお前に惹かれていた」
リリーは二つに結わえた髪を大きく振り乱した。
「でも! その割には本気でパルティナさんを愛してたのです!」
「あれは……っ! 本気で挑んだ結果だ! 余の練習が、お前に誤解を与えたのは謝ろう。しかし、あれがお前を愛する糧と――」
「嘘なのです! そんなことは信じられないのです!」
「違う! 余は自分の好きな相手に嘘をつくことだけはしない!」
魂の底からのその叫びに、リリーは驚きつつも、恐る恐る目を瞬かせた。
「え。そ、それは……ほんとう、なのですか……?」
リリーの表情にわずかな期待が浮かび上がる。ディオスがリリーの肩を掴む。
「そうだ! 他にあんな恥ずかしい事するものか! 余は、お前と愛を交わしたかった。だが余が悩まなかったと思うか? 余の行為が、言葉が、お前を失望させてしまったのではないか――余の未熟が、お前を拒絶させたのではないか? そう、深く悩んだのだ」
「まおーさま……」
リリーの声音に、当惑とかすかな安堵の色が帯びる。
「ほ、ほんとうなのですか……? リリー、まおーさまに嫌われたのじゃないのです?」
「そんなわけなかろう! お前を見限るわけがない、全てはお前の早とちりだ!」
「う……ぐす……うぁ」
目元からいくつもの涙が流れる。誤解だと、考えすぎだと分かり、あふれる涙。
「よ、良かったのです……」
かすれがちだが、それでも心底、安堵を含んだ小さな声。震える小柄な体。
「だからな、リリー? ……余と、真なる愛を――」
「――っ! そ、それはだめなのです!」
いきなりの叫び声とともに、リリーは小さな手を振り、ディオスを突き放す。
「何だと? な、何故だ、何が駄目なのだ、リリー!」
リリーは、大きく髪を振り乱し、涙声で言い放った。
「だ、だって……っ! リリー、まおーさまの好みのような、『巨乳』じゃないのです……!」
「……は?」
ディオスが固まった。パルティナがいきなりのことに頭をぶつけた。涙目になる。
ディオスは構わず、恥ずかしそうに身を屈めるリリーへ尋ねる。
「リリー? 今なんと……? え? きょ、巨乳だと……?」
「そうなのです! だって、まおーさまのそばには、『大きい胸』の人ばかりなのです! メイドのパルティナさん! 竜姫アルフォニカさん! 獣王ベルゼリカさん! 他の皆も、大きな胸の人ばかりなのです……っ!」
「え……ええぇーっ!?」
「だからリリー、自信ないのです。あの人たちのように立派じゃないから……だから、まおーさまとは、釣り合わないのです……」
パルティナは兄と妹のような関係だと語っていた。しかし予想とは大きく違っていた。
巨乳。胸。大きい柔らかな女性の象徴! それが足りない。
「まさかリリー……胸が大きくないから、自分に魅力がないから、余が愛せないと?」
「そ、そうなのです……」
ディオスは大きく震えて首を振った。
「た、確かに、余の周りには、そのような者はたくさんいるがな? それどころか、巨乳の方が多いが……しかし、貧乳の王妃も結構いるぞ? ……具体的に言えば、血の雨が降るから、誰とは言わんが……別に豊満さだけで選んだのではないぞ?」
リリーはそれでも激しく首を振る。
「で、でもまおーさま、最初に選んだのはリリーじゃなくて、『アルフォニカ』さんだったのです。それは……アルフォニカさんに、一番魅力あったからではないのですか?」
「それは……」
一理ある。彼女は最初の王妃で愛情もある。しかしディオスはゆっくりと首を横に振った。
「――違う。彼女は頑丈で、悪く言えば、失敗する可能性が低かったからだ。不躾だが、余は規格外の魔王だ。相手を気遣い、選ぶのは当然であろう?」
力加減を間違えて、惨状になる可能性もあった。最初の王妃を選ぶには、数ある条件を満たすことは必要。ゆえに、アルフォニカだったのだ。
「でも、違う理由もあると思うのです。最初がアルフォニカさんを選んだのは、まおーさまの中で……本能的に、大人の女性の魅力で選んだのかもしれないです」
「それは否定……出来んが」
「二番目にリリーを選んでくれたのは嬉しいです。でも、リリーはアルフォニカさんよりも、大人の女性よりも、先にまおーさまに選んで欲しかったのです」
「リリー、違うのだ、余は……」
誰よりも、小さくて、愛らしいリリー。けれど、それはあくまで『表』の顔。
『裏』では悩んでいた。王妃としてはあまりに幼い自分に。他の王妃たちに劣る妖艶さに。何よりも劣等感を持っていた。だから涙をこぼすのを止められない。
「ごめんなさい、まおーさま。リリー、アルフォニカさんのような綺麗で、大人な女性になれなくて。まおーさまと釣り合う、資格を持ってなくて」
涙ながらに、己の心を、劣等感を語っていくリリー。
「まおーさまは魔族全体の王。魔王なのです。それが、リリーみたいな人と愛を交わしたら、駄目なのです。そうしたら、『格』が落ちちゃうのです。だから――」
言葉の途中で、ディオスは彼女を強く抱きしめた。
細く、小さく、華奢な体。それだけで、リリーはディオスの影に隠れてしまいそうなほど、小さな痩躯だった。
「ま、まおーさま……?」
「馬鹿者が。余計な気を回しおって……」
ディオスは優しい言葉で優しく抱きしめる。
「余が、いつ完成された美だけを望むと言った? 確かにお前は、大人か子供で言えば子供だろう。だが、そんなこと大した理由ではない。妻に相応しいと惹かれたからこそ、お前を選んだのだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「でもまおーさま。わたしのこと、はじめは同情で拾ったはず……」
「そうだ。確かにはじめは哀れみだったかもしれない。お前は捨てられた動物のようだった。だから子犬を拾う感覚で拾った事は否定しない」
打ちひしがれた彼女を、哀れに思った感情がないわけがない。当初こそ動物でも拾う感覚に近かった。
「しかしその直後に、お前の情熱に惹かれた。天才と謳われ、嫉妬された過去を知った。痛みを判り合えると思った。だからお前を受け入れたのだ。断じて気まぐれで娶ったのではない」
その類まれなる才能にもどかしさを感じた。立場が適切なら称賛と栄光が約束されていたのに。それが正しく認められないのは嫌だと思った。だから望んだ。彼女を娶ることを。
不安に揺れるリリー。その瞳を真っ直ぐ見つめ、優しく抱き寄せるディオス。
壊さぬように。
壊れぬように。その、その小さな体を、暖かく包み込んでいく。
「本当……に……?」
静かに問われる問いかけに、ディオスは大きく頷く。
「リリー、勘違いするな。余が計画に定めた基準は、どれだけ余を好いてくれているかだ。最初は、確かにアルフォニカを選んだ。だがそれは余が不慣れで、アルフォニカは竜ゆえ頑丈だったためだ。だがお前は子供ゆえ、無理はさせられなかった」
「まおーさま……」
「二番目にお前を選んだ理由は、純粋に余を好いてくれているから。お前は王妃の中でも特に余を好いてくれた。だから相応しいと思った。余の力を与える、王妃として」
「でもリリー、本当に子供なのです。ドワーフで、百二十歳だけど、子供なのです」
ディオスは首を大きく横に振った。
「自分を卑下するな! 年齢? 未成熟? 下らぬ! 必要なのは愛情だ! リリー、お前は余に、多大な愛情を見せてくれた! 王妃たちとの会食でも空気を読まず、『好き好き大好きまおーさま!』とか言ってしまうお前を、好ましく思う! ――だから何も心配する事はない。お前は劣等でも何でもない。真に余に相応しい――『王妃』なのだから!」
「……っ! ……ま、まおーさま、まおーさまぁ!」
始めは言われたことが信じられず、ただただ震えるだけだった。しかしディオスの言葉が浸透し、本当に自分を評価してくれていると判り、瞳が涙で一杯に満たされていく。
「リリー、王妃のままでもいいのです……? まおーさまに見初められたのは、気まぐれとかじゃないのです?」
「当然だ、興味もない娘に好意など抱かぬ」
「……まおーさま、……まおーさまぁ……!」
もう溢れる涙を止められない。止まらない。
自分の居場所を探して、世界中を旅しても利用され、あるいは嫉妬され、最後にたどり着いたのが魔王領。
ずっと居場所を求めて旅をしてきたリリーが、最後にたどり着いた場所がディオスの腕の中だった。
「リリーは、まおーさまの王妃でいていいのです……?」
「当然だ」
「王妃たちのとの会食でも、『まおーさま大好き!』って叫んでいいのです?」
「それは……他の王妃たちの冷戦が勃発するので、控えてほしいがな……」
ディオスは静かに笑う。
「しかし許そう。お前はそのままで良い。小さくて何が悪い。子供の何がいけない。子供は最高だ! 余は、お前の笑顔のためならば何でも成そう!」
「……まおーさま! 大好き!」
リリーは、隠していた劣等感を全て吐き出した。
「まおーさま、好き! 好き、だーい好き! だから――」
リリーは、一端ディオスの体から離れると、くるりと回って笑い出す。その緑色の長い二つに結わえた髪が、羽のように踊る。
「リリーを愛してほしいのです! ずっと!」
そうして、リリーはディオスへ強く抱きついた。二人は魔王城の寝室へと向かっていく。
もちろんディオスは『やっぱり幼女とキスするの良いのか? 本当に?』と、三時間くらい迷っていたが。
リリーも、恥ずかしさから真っ赤にしていたのだが。最後には自然と抱き合い、お互いに唇を重ねていった。
『魔王ディオス、レベルのレンタルの完了。――【9996】→【9999】』
『鍛冶姫リリー、レベルの授与の完了。――【72】→【78】』
「……三回ですか。まあアルフォニカさまの時よりは控えめでしたけど。何はともあれ、おめでとうございます」
翌朝、パルティナがディオスの部屋に入りながら笑いかけた。
「まあ、そうだな。喜びが八割、『これで良かったのかな?』という気持ちが二割だ。これから幼女趣味に目覚めたらどうしよう。そんなものは魔王として格好がつかない」
「今さらですよ魔王さま。魔王は悪逆非道を重ねてこそ至高。ロリコン上等です」
「褒められてるのに嬉しくない……余の目指していた恐怖の魔王とはまるで違う」
軽く悩むディオスだが、パルティナは微笑で応じる。ディオスは話を先に進めた。
「まあ、それはそれとして。――パルティナよ、一つ聞きたい事がある」
「はい、なんでしょう?」
ディオスは、首をかしげるメイド少女へと手を差し向ける。その上にあるのは、無骨な一つの『武器』だ。
「その、だな。リリーと愛を交わし終えてからだ。こんな物が出てきたのだ」
パルティナは差し出されたソレを見て、一度小首をかしげる。
ソレは一抱えのハンマーだった。色は桃色を基調としており、金属感で重厚。まるで鍛冶に使う槌のよう。けれど魔力は通常のハンマーの数十倍、いやそれ以上だ。明らかに通常のハンマーとは次元が違う。
「一体何でしょう? 見たことありませんね」
「虚空からこう、眩い光と共に現れたのだ。これが何なのか、余は見当もつかない」
パルティナは目を凝らし、そのハンマーを注視、鑑定してみた。
【《夢幻槌》ミョルニル:王妃リリーとの愛の証 効果:物質の改変】
† †
――数十分後。よくわからないため、鍛冶師であるリリーに聞いてみた。
「ふむふむ。これはですね」
彼女はひとしきり確認した後、興奮もあらわに語りだした。
「このハンマーは、『物を小さく』するものなのです! なおかつ『物を大きくする』効果もある! 素晴らしい武具なのです!」
実験のための中庭でリリーは嬉しそうに語っていった。鍛冶師として、優れた武具を見るのは嬉しいのだろう、
「おお、そうなのか? それはなんとも……」
「タイプ的には変幻系のハンマーなのです。種別は『特質』。攻撃用じゃなくて、物を変化させられるのです」
鍛冶師にとって、素晴らしい武具は魂を揺さぶる宝。その大きな瞳には、爛々とした輝きがあった。
「さすがだなリリー、お前がいてくれて良かった」
「わーい! 嬉しいのです! まおーさまのお役に立てて、嬉しいのです!」
思わず抱きついてくるリリー。そうして、詳しく調べるべく、彼女は自分の『髪飾り』をハンマーで軽く叩いてみた。すると。
しゅるしゅるしゅる――と、たちまち『髪飾り』が小さくなっていったではないか。
「おおっ、これがこのハンマーの力か! 物を小さくするのか?」
「はいです! これは、叩いた物の性質を『改変する』ハンマーなのです! 対象の耐性や属性を無視して、変質。どんな物でも大きさを変えるのです」
「それは破格の性能だな! お前の装飾品すら変えるとは」
王妃たちの装飾品などは、全て最高級の加護を付与している。
護身を兼ねてのことだが、それすら超えて変質させられるとなると、相当なものとなる。
人間界で言う伝説級の装備――あるいはそれ以上。まさに規格外の武具と言える。
「試しに服も変えられるかやってみるのです。えーい!」
「あ、待てリリーっ」
パルティナのメイドスカートに向かって、リリーはハンマーを試しに使ってみた。
すると見る間にスカートは縮んでいって……パルティナは下着丸見えとなった。
「魔王さま、リリー様。あとで魔王城の裏庭まで来てください」
「待ってくれ! 今のは違う!」
「あわわわっ! その不気味な笑顔をやめてくださいパルティナさーん!」
ともあれ、これでこのハンマーの特性は理解出来た。
『万物の大小化』。それが《変幻槌ミョルニル》の特性だ。物体の大きさの大小を改変可能。
パルティナが気を取り直し、手記を取り出した後に言った。
「――さて、気を取り直して。例によって魔王ベルトヴァーゼの手記によりますと、『貸与魔術には付加効果があるとのことです。それが【魔皇神装】。このハンマーがその一環ですね」
「……ああ、怖かった。……【魔皇神装】? どういったものだ、それは」
「はい。手記の記述曰く、『生物の愛情や絆より誕生する』とあります。別名、愛欲神装」
ディオスが顔を引きつらせた。
「愛欲!? ずいぶん恥ずかしい別名だな……」
「ふふ、素敵ではありませんか。愛欲神装。とめどない男と女の愛。その結晶――まさに親愛を満たした未曾有の神器です」
リリーが喜びのあまり、二つに結った髪を揺らして抱きつく。
「わーい! まおーさまとの愛の証! 激しい行為の結果! ミリー、幸せなのです!」
「言い方」
パルティナが手記を読みながら語った。
「ともかく、この魔皇神装――長いので神装と言いますね。これは強力無比な武具です。来る勇者との決戦でも無類の強さを発揮するでしょう。
勇者との決戦を前に、それは心強い。戦力はあればあるだけ良い。
それに、リリーとの絆の証も出来た。
――その後、ディオスたちはさらにいくつか実験をしてみた。その結果、大小を变化させた相手には、リリーの力の一部も貸与可能なことだった。
持続時間は一時間ほどであり、サイクロプスやレプラコーンなど、リリーの配下の大きさも変えられる。
これは凄まじい効力である。通常、鍛冶技能など特殊な技術は時間が掛かるものだ。強くなると徐々に上がりにくくなり、数年でやっと1上がる程度。
それが、一瞬で貸し与えられる。ディオスは悟った。これは勇者の聖剣――いや、それ以上の可能性を秘めている。
何しろ、もう一度ミョルニルを鑑定魔術で見通した、ディオスの目には――。
【《変幻槌》ミョルニル:王妃リリーとの愛の証 効果:物質の改変】
【現在レベル:1】
――《ミョルニル》には、今以上に強くなる可能性があるのだから。
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