俺はまだ、自分の顔を知らない。

うんちウンチ

第1話

 俺は障害者だ。生まれつき視力がないらしい。そもそも視力ってのがよく分からんが。


 そして俺は今、病院のベットの上だ。多分な。


 こうなる前、最後に聞いた音は、車のブレーキと、白杖が叩き折れた音だ。交通事故。頭を強く打って意識不明らしい。親父と知らない声がそう話してた。


 ふざけた話だ。自分に何があったのか、何処にいるのか、どんな容態なのか、誰かから聞かなきゃ分からない。本当にふざけてる。


「おはよう。陽介、今日もいい天気だ。太陽が眩しいぞ」


 カーテンを開ける、シャカシャカとした音と、親父の声が聞こえた。


 陽光が俺の右手を照らしたんだろう。温かい。この優しい温もりを感じる度に、両親に対する、怒りだとか憎しみが込み上げる。


 なんで太陽の陽を、俺の名前に使ったんだろうな。


 そんなことを考えていると、強い眠気に襲われた。








 目がジリジリした痛みに襲われて、目を覚ました。最悪な目覚めだ。


 ベットの真正面には、塩ビとパイプで出来た、やすぽっい丸椅子に座った男がいた。知らない奴だ。


「やぁ、起きたかい?」

「誰だお前?」


 爽やかな笑顔を浮かべた好青年。嫌いなタイプだ。


「君の両親、酷いねー。目が見えない奴相手に、いい天気ーなんて」

「だな」

「そりゃ、キミが嫌いになるわけだ」


 不思議な男だ。匂いだとか、息の音がしない。

 だが、話は合いそうだ。


「普通分かりそうなもんだけどね〜。誰だって、出来ないことを、目の前で余裕綽々にされたら、腹立つもんだろうに」

「全くだ」


「でも、分かっているんだろう? 両親に悪意が無いことぐらい」

「……」


「親父も母さんも、君に元気を出して欲しいだけさ」

「イラつくもんは、イラつくだろ」


「確かに」

「俺にとって、太陽は希望なんだ。なんも見えなくて、何もかもが冷たい世界で、唯一温かいんだ。あれは。だってのに見えねぇんだよ」


「酷い言い様だね。君には両親がいるじゃないか」


「確かに、幸福な現象をどれだけ経験できるか、は生まれながらにして決まっている。金持ちかどうか、だとか。それこそ障害があるかどうか」


「でも、どれだけ幸福になれるか、は産まれたあとに決まるんだよ」

「黙れ」


「毎日3回食事出来ることを、最大の幸福だと感じる人もいれば、キャビアだとかフォアグラみたいな、高級食材を食べて、まぁまぁ幸せなんて人もいる」


「幸せを感じるには、感じるための努力をしなくちゃいけない。君はしてるかい?」

「黙ってくれ」


「してないよね。自分を弱者だと卑下し、強者からの助けを当然のものとする。強者から弱者へのリスペクトを当然のものとし、弱者から強者への負の感情は、仕方がないと切り捨てる」


「勿論、生まれ持った格差は、埋めていかなきゃいけない。健康的で文化的な生活を送る権利は、誰もが持っている絶対的な権利だからね」


「ただ、『助けられたら感謝するのが当然』だとか『助けられる事が当然』なんて言う、そこに感謝や幸福が発生しない世界は、歪んでるよ」

「そんなの分かってるっ!」


「だろうね。君は僕なんだから。怖いんだろう? 感謝するのが。弱みを見せるのが」


「でも、世界はそんな狭量じゃないよ」


「分かっているんだろう? 起きたら何をすべきか」

「ああ」









 俺は意識を取り戻した。右手が温かい。きっと太陽だ。


「陽ちゃん?! 起きたの! ねぇ?!」

「陽介! 聞こえるのか!」


 俺の右手を温めていた太陽は、両親の手だったらしい。


「あ、ありがとう。今まで」


 らしくないな。

 でも1歩進めたらしい。

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俺はまだ、自分の顔を知らない。 うんちウンチ @an_chi_un_chi

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