【Pa'tisserie Hina~夢と絆のスイーツ物語🎂🍰】

優貴

第1章 【夢のはじまり】

第1話「甘い香りの入学式」


朝の光が、ガラス張りの校舎に反射して、まるで宝石のようにきらめいていた。

校門をくぐった瞬間、まるでパリの街角に迷い込んだかのような、クラシカルで洒落た建物が目に飛び込んでくる。

煉瓦と白壁が混ざった外観。敷地内に漂う甘いバターの香り。そして、風に乗ってほんのり香るキャラメル……。


「え……ここ、ほんとに学校……?」


思わず声に出してしまった春野陽菜は、制服のリボンをちょっとだけきゅっと締め直した。

その指は少しだけ震えていた。


「だって……お菓子屋さんじゃん、これ完全に……!」

と、自分にツッコミ入れながら、ぎゅっと手の中のマドレーヌを握りしめる。

お守り代わりの焼き菓子。これだけは、小さい頃からずっと変わらない。


ふと、近くで誰かが鼻歌を歌いながら歩いてきた。


「~ららら、あ、君も新入生?」


明るい声に振り向くと、焼きたてのクロワッサンみたいな笑顔の少年が立っていた。

ヘッドホンを首にかけた彼は、両手をポケットに突っ込んだまま、にこりと笑う。


「えっと……あ、はい。春野陽菜です……」


「オレ、隼人。スイーツは見た目も心も、ふんわりが大事! がモットー! よろしくね~!」


「ふ、ふんわり……?」

「……なんか思ったより男子が軽い……!」と、陽菜の心の中でツッコミ炸裂。


「ちなみに、初日からクロワッサンの匂いがするのは、パン焼いてるからね」


「してるんだ!? 自分で言っちゃうんだ!?」

一人でテンポよくノリツッコミしながら、陽菜はそっと微笑む。ちょっとだけ緊張がほどけた。


だがそのとき、教室のドアが「バンッ!」と勢いよく開かれた。


「おい、そこのふんわり男子、教室の空気まで緩ませるんじゃないわよ!」


「うわっ、きた……!」


風を巻き起こしながら登場したのは、長いポニーテールを振り上げる少女、さつき。

目力強め、声も通る、まさに“ツッコミ界の女王”。


「朝から陽気な男子が鼻歌うたって女子と談笑とか、ラブコメか!」


「いや、学園モノではありがちでしょ!? むしろ王道!」

「ていうか、自己紹介前にツッコミされるなんて初めて……!」


陽菜が圧倒されてぽかんとしていると、さらにもう一人、スッと背後から影が現れた。


「……あの二人、毎日これなんですよ。慣れてくださいね」


低く落ち着いた声。冷静で知的な空気を纏った少女、いつき。

彼女は静かにメガネを押し上げると、陽菜にやわらかく微笑んだ。


「あなたが春野陽菜さんですね。新入生歓迎会の名簿に名前がありました。ようこそ、Pa’tisserie Hinaへ」


「えっ、あ……ありがとうござい、ます……」

「なにこの人、しっかり者すぎて社会人オーラ……!」


いつきは言うだけ言って、すっと隅の席に戻っていく。


「というわけで、こっから地獄のテイスティング講義始まるから覚悟してね~。特にそこの陽菜ちゃん!」


「えっ!? なんで私だけ予告されてるの!?」

「いや、むしろ今が一番甘い時間だよ?」と、またも隼人が笑う。


「今のうちに笑っとけーっ!」

「うるさーい!」


ノリとツッコミが飛び交う教室の中で、陽菜は小さく笑った。

初めての場所。初めての仲間たち。

戸惑いながらも、この空気がちょっとだけ、好きになれそうだった。


そしてその教室の外――

ガラス越しにその様子を見ていた翔太は、苦笑を浮かべていた。


「……ちょっとは、馴染めてるみたいだな。さすが、オレの妹」


彼は校内最年少で教鞭をとる実技指導の講師にして、陽菜の義兄。

だが、それを知る者はいない。


——春野陽菜の、甘くて苦くて、ちょっと笑えるスイーツ物語。

その一歩が、いま、始まった。


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