愛を知ることができたなら。
星屑
甘く、イロづいて
いつもの学校の休み時間、現在、私だけが独占している窓側の席でぼーっといつもと変わらない景色を見ていた。
そんな私に話しかける人が現れる。
「三村さんってさ、結構めんどうくさい?」
その一言に私は顔を顰めた。
「えー?そんなことないと思うけどな〜、どこら辺がめんどいか言ってみてよ。」
まるで陽の光が髪に吸収されたかのような綺麗な金髪をもつ彼女は松本さん、気づいたら私と一緒にいた。
どうして、私なんかと一緒にいるんだろ?特に面白くもないし、私は美人でもないのに。まぁどうでもいいけど。
というか松本って名前って美男美女が多いイメージがあるよな。と頭の中で適当に考えていた。
そうして、目の前にいる松本さんの反応をじっと見る。
「だって、三村さんって人と話し終わったあとすんごい疲れてるじゃん。」
「普段はニコニコして愛想良く見えるのに、よーく見たらしんどそーにしてるなーって。」
「なんだか〜傍から見たら、窮屈そう?なところがめんどくさい!」
人に対してよくそんなことをいえたものだ。
松本さんの言っていることは合ってる・・・と思う。
人と話してると疲れるし、だからといって軽く流したり無視したりして人間関係を壊したくはない。
そんなの普通なはずであって、私が面倒くさい性格だとはならないだろう。
「窮屈そうね・・・私ってそんな風に見えてるのかー。」
「見えてる見えてる。」
松本さんが可愛い顔でくすくすと笑いながらこっちを見てくる。
私を見て楽しそうに笑うなんて幸せなやつだ。
そこまで私のことを気に入ってくれているのか、もしそうだとしたら、その気持ちは嬉しいと思うけど、私にとったらこの感情は不安というか、疑問というか、私の中で謎に変わってしまうのだ。
こういうところがめんどくさいと思われるのだろうか。
「松本さんってさ、あっ」
授業のチャイムがなった途端、教室にいる全員が決まったように自分の席に座り、授業を受ける姿勢に入る。
これが教室にいる全員いっせいに集団行動をして綺麗に座るんだから気持ち悪いものだ。
かと言って私も松本さんに対して言葉をかけるのをやめたし私も同類かーと思った。
松本さんもまた後でね、と言いたそうにこちらを一瞥しながら手を振った。
私も松本さんに対して手を振り返し、授業が始まる。
授業なんて、ぼーっと聞いて色んなことを考えてただただ時間が過ぎていくのを待つだけの時間、そんなの抜け出してしまえばいいのにって思う。
私はそれをする意味が無いと思うから出ていかないけど。
松本さんには恋人とかいるのか、まぁこれだけ美人な人ならそりゃいるか、どうして私と一緒にいるんだろう、そう考えてるうちにどんどん時間が過ぎていく事が私にとっての日常。
考えているだけで時間が過ぎていくのは、楽なのかもしれないけど不安も募っていく。
その過程で私は人疲れしてしまうんだ。
あぁ、こういうところが面倒くさいって思われてるのか。
まぁ深く考えることを辞めるつもりはない。それは私ではなくなってしまうし、何より私の楽しい生き方だから。
だから、松本さんはすごい。八方美人で、誰に対しても良い人間でいることができているように見えるから。
だけど、松本さんにもみんなに隠しているようなことがあるのかなと考えると面白いものでもあるなと思う。
私が本来の自分を隠しているように、松本さんも。
あれ、松本さんにはバレてるから隠せていないのか。
「三村さん」
私の肩を誰かが優しい声と共に叩いた。
「松本さん、あれ授業は?」
「もう終わったよ。気持ちよさそうに寝てたから起こさないで、寝顔眺めちゃった」
色んなことを考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていたようだ。
考え事をしているうちに寝てしまうのは私のおすすめの睡眠の仕方、面白いくらいすーすー寝れる。
「寝顔見られちゃったかー、恥ずかしいなー」
「ごちそうさまです。」
松本さんの笑顔はすごく綺麗で、ずっと輝いている一番星のような笑顔を満足そうに私の方に向けていた。
そんなに私と話してて楽しいか、光栄な事だ。
松本さんがカバンの中にある包袋を手に取り、机の上に広げる。
「お弁当食べよ?」
「おお、もうお昼の時間か。」
そう気づいた途端、私のお腹がぐーっと音を立てた。
「あっ、可愛いお腹の音。」
「あはは、恥ずかしいですなー」
お腹を左手で抑えながら、カバンの中にあるお弁当を探す。
「あれ」
抑えていた左手もカバンの中を探すために使い、ガサゴソと音を立てる。
お弁当と水筒、財布以外は今カバンに入ってないはずなのに見つからない時点でお察しだった。
今日、家の机に置いてあるはずのお弁当に触れた記憶が一切ないので確信犯である。
「もしかしてお弁当忘れちゃった?」
松本さんが心配そうな顔でこっちを見てきた。
私は食べないと倒れてしまうとでも思われているのか。
だが何か食べないと気が済まないのは事実である。
「購買で何か買ってくるかなー」
そう言って私が立ち上がると、松本さんも一緒に立ち上がった。
「私もついて行くー」
松本さんはお弁当を包袋に包んだあと、カバンに一旦直して、テクテクと私に着いてくる。
松本さんは足が長いのに歩く感覚がすごく短いから、私の頭の中ではテクテクという効果音が似合う。
松本さんと行動を共にするにあたって、最初は松本さんが私の隣に似合わないと思っていたから、一緒に歩くのが息苦しく感じていたが、最近になっては、どうだ、私の隣に歩いている松本さんはさぞ美しいだろう。と胸を張りながら歩くようになってしまった。
だけどやっぱりなぜ一緒に着いてくるんだろう。
購買なんて近いし、何か買ったらすぐ戻るから待ってればいいのに。
そう考えてしまった私は、つい声に出してしまった。
「松本さんってさ。」
「んー?」
「どうして私と一緒にいるの?」
松本さんはムッとした顔で私の顔を見たが、くすくす笑った。
「そういうこと言うところがめんどうくさいんだぞー」
「別に意味なんて必要ないよ」
「私が一緒にいると三村さん楽しそうだから一緒にいるだけだよー」
「えー」
「そんな感じかー」
「そんな感じだよー」
そう言われた時、なんとも言えない気持ちになった。
私の何が分かるんだ、と思うが、この子にそんなこと言う勇気が私には無い。
だけど松本さんにしては珍しく言葉が詰まった上で考えた言葉だったと思う、必死で考えたんだと思う。
そう言われて悪い気もしないし、松本さんの気持ちを疑う気にもならなかった。
だから私は松本さんの言葉をしっかり受け止めるべきだと判断した。
この子は私と真逆だ。
私なら、返事を誤魔化して面倒なことになることを避けてしまう。
だからこそ、返事は肯定するべきだ。
「うーん」
「確かにそうかもね」
私の言葉を聞いた松本さんは、すごく嬉しそうにニコニコしていた。
「購買で何買うの?」
「そこにあるものかな」
「ふーん」
購買に着いて、並べてある商品を眺める。
基本的にはパンしか置いておらず、他には具の少し入ったおにぎりが置いてあるくらいだった。
「松本的には・・・メロンパンがオススメだよ」
松本さんが、メロンパンを指さしてこちらに勧めてくる間、私は他に並んであるパンを眺めていた。
並んでいるパンの中で、私の興味をひきたてるパンがあった。
それは、フランスパンである。
このフランスパンという食べ物に、私は小さい頃のかわいい歯をへし折られ、フランスパンに負けている。
どうして、こんなにも硬いパンを作ったのか、私には到底理解できないし、理解したいとも思わない。
「メロンパンか・・・私はフランスパンが食べたいな」
「え」
「なんでフランスパンなの?」
「フランスパンがかたすぎて、小さい頃の私の歯こやつに負けちゃったのだよ・・・」
「だから、成長した今、私は挑戦するのだ」
「それで食べようってなるかなぁ」
「今日こそ、この戦いに決着をつける時なんだ!」
「あぁ、そうなんだ・・・」
「うん、チャレンジャーでしょう」
「ちっちゃな夢を持った選手ですね」
松本さんの言った通り、面白そうというちっちゃな夢を持ちながら私は言っていた。
ところで、フランスパンを好んで食べる人は存在するのだろうか。
需要があるからこそ、購買に存在しているのだろうけど。
噛む力が弱い私にとっては、一種の凶器であり、少し恐怖心すらある。
やっぱり怖いな、また私の歯をおられたりしたら溜まったもんじゃない。
「まぁフランスパンは冗談だよ」
松本さんは顔を顰めて、なんじゃそりゃと言いたそうな顔でこちらを見詰めてきた。
「まぁ、三村さんのすきにすればいいけどねー」
松本さんは、ちょっと不服そうだった。
「松本さんはどうしてメロンパンがおすすめって言ったの?」
「私がメロンパン好きだから」
「私が買ったら食べるつもりだったのか」
「私の卵焼きあげるよ!」
キラキラした目でこちらを見つめてきた。もう自分で買えばいいんじゃないか?
メロンパンと卵焼きはフェアなトレードなのか?と頭の中で考えていると、松本さんが耳に囁いてきた。
「私のお弁当・・・実は手作りなんです」
その言葉を言い切るより先に、私の口は動いていた。
「メロンパンとフランスパンください」
「結局フランスパン食べるんだ...」
松本さんは私のことを不思議そうに見つめていた。
「やっぱりフランスパンに挑戦しようと思ってね」
「ふーん、変なチャレンジャーさんだ。」
この時の松本さんは楽しそうな顔をしているように見えた。
そうして、無事に食料を手に入れた私達は足早に教室へと戻っていった。
教室に戻る道中、松本さんは無限に続くのでは無いかと思うような人混みの中、挨拶したり、会話したり、器用なものだと感心する。
松本さんが他の人と接している時、正直私はかなり肩身が狭い。
松本さんと喋っている人にとっては、私は引き立て役でしかないのだろう。
ただ隣にいる人でしかない、隣に立てているのは自慢ではあるけど。
松本さんはすごい、人並みの中で目が合ったら挨拶、会話、そんな疲れることをよく平気な顔でできるなど思う。
私にはとっては到底無理で、難しすぎるのだ。
人と話すのは疲れる。話し相手の気持ちを常に考えながら発言しないといけないってすごく、大変な事だと思う。
私にとっては、頭を使わずに話せるのが好都合であり、人と話す上での望みであって私の生き方であるから、松本さんと私は相反する生き方だ。
早速買ってきたメロンパンとフランスパンを食べようと机の上に並べる。
どちらから食べるか悩ましいところだ。
どちらかを先に食べるだけで運命が変わってしまう。
恐らくもう既に私の運命はどちらから食べるかは決まっているのだろうが、今選択肢が選べるのは今だけである。
今の気分はメロンパンだった。
「どっちから食べるか悩んでるの?」
「うん、私の気分的にはどちらでもいいんだよね」
「じゃあメロンパンで」
「あなたが食べたいだけだろ」
「バレたか」
「メロンパンすごい好きじゃん、なんで?」
「えー、甘いから?」
松本さんが一切の曇ない笑顔でそう言った。
甘いパンなんていくらでもあるだろう。
ほら、あのメロンパンのカリカリした部分が好きとかそういう色々なものをあげるべきだろう。
だが、松本さんはそういう詳しい感情の表現の仕方があまり得意なのではないのだろう。
このやり取りをする中で私の気分は変わった。
初めからこうなる運命だったのだろう。
「うーん、じゃあフランスパンから食べようかな」
「結局フランスパンから食べるんだね・・・」
「松本さんもフランスパン食べる?」
「じゃあ、ちょっとだけ」
ん、と相槌を返し、私はフランスパンを手でちぎろうとする。
息を整えて力入れ、フランスパンをちぎる。
上手いようにちぎれない。
私にはちぎる力すらないのか。
苦戦していると松本さんがフランスパンの端っこを掴んだ。
「私も手伝ってやろう」
一緒に引っ張ったら吹っ飛んでいかないかと心配になるが、それ以上に面白い提案だったため、私は受け入れた。
「まかせた」
「いくよ?」
「せーの」
「せーの!」
それは一瞬だった、音もなくフランスパンはちぎれた。
「ちぎれたよー!」
松本さんは可愛い顔で嬉しそうにしていた。
男の人は女の子のこういうところに惚れたり好意を持ったりするんだろうな。
私もこういう可愛らしい仕草や、表情が出来たら彼氏とかいたんだろうか。
生まれてこの方そっちのけがない私には松本さんは眩しくて仕方ない。
とりあえず、大袈裟に喜んどくか。
「やったぜー」
「うんー!」
松本さんは親指を立ててこちらに合図を送ってきた。
それに何となく私は同調する。
「ぐー」
「ぐー」
なんなんだこれは。
松本さんはちぎれたフランスパンを食べて、食べた感想を零した。
「うーん、そんなにかたいかなー」
「普通に美味しいけど」
「いや、かたいでしょ」
そんなわけないだろと思いつつ、私も、フランスパンにかぶりつく。
普通に食べれた。
普通にかみちぎれたし、歯も痛くない。
大人になって顎の力が強くなったからなのだろう。
だが、昔この食べ物に負けてしまった私にとってはどうしても不思議で、不思議で、仕方がなかった。
「普通に食べれた・・・」
「そりゃそうだよねー、いくらかたいって言っても食べ物だもん」
「ちなみに、歯おられたのって何歳くらい?」
言われてみれば何歳くらいだっただろうか、物心が着く前だったのはわかる。
多分5歳くらいだろう。
「5歳くらいかなぁ」
「そりゃ歯、折れるね」
松本さんはまたくすくすと笑っていた。
「松本さんといると楽しいな」
「えっ」
全く嘘とも思わなかった。
本心から来ている本当の言葉だと、私は感じた。
その時の松本さんの笑顔は太陽のようで、だけど眩しいよりも、綺麗な美しい表情だった。
いつも真っ暗な、私が彼女によって照らされたかのような。
そんな、気分だった。
「えっ、てなんか私変なこと言った?」
「いや、そんなことないよ」
危ない、顔に出ていたのか。
「三村さん面白い顔するなー」
「あんま見ないでくださいよー」
「可愛いとこあるねー」
にやにやした松本さんが、可愛らしい花柄のお箸で卵焼きを掴んだ。
「はい、あーん」
突然、迫り来る卵焼きに私は何の抵抗もできずに口を開けてしまう。
卵焼きは、冷めているのに暖かく、甘く感じた。
「どう?おいし?」
「おいしい・・・」
松本さんはそうだろーと言わんばかりのドヤ顔をしていた。
「よし、では対価を頂こうかな」
「うん?」
「それだよ、それ」
松本さんが、キラキラした目で指を指す。
指を指した先にあるのはメロンパンだ。
「ああ、これか」
「はい」
私は松本さんに向けて、メロンパンを差し出す。
「えー?食べさせてくれないのー?」
「えー」
松本さんがにやにやと私の方を見る。
なんなんだこの子は。
仕方ないと思いながら、私は袋からメロンパンを取りだし、松本さんの方に向けていた。
「はい」
「あーん」
松本さんがパクッと私のメロンパンにかぶりつく。
意外と大きい口で食べるんだなぁと眺める。
「おいしいなー」
口いっぱいにメロンパンを頬張った松本さんの美味しそうに食べる姿は私にとって薄く、淡い黄色に私の世界を色づけていた。
松本さんを見つめていると、お昼休み終了5分前のチャイムがなる。
「もうあと5分じゃん!」
「まじか」
松本さんがメロンパンを食べ終わったあと、焦った表情で言った。
お昼時間が終わることが頭の中から抜けていた。
購買に買いに行って、結構ゆっくりしていたため、こうなるのも必然と言っていい状況だった。
私たちは、急いでお昼ご飯を食べて、いつもの授業を受ける姿勢に戻る。
それから、特に面白いことも無く、その日の授業が終わり、下校時間が訪れた。
「じゃあまたあしたね」
「うん」
松本さんといつものように何気なく別れて、すぐに帰宅する。
その日の帰り道は、茜色に広がる夕焼けの中、僅かに見える月の横にある一等星がキラキラ輝いており、松本さんから貰った卵焼きの味が、私の口の中に甘く、残っていた。
愛を知ることができたなら。 星屑 @mamaehamadamaiyou
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