すべては予言通りに

西條 ヰ乙

第1話

 いずれこの国は猛炎に包まれ、罪なき多くの人が死に絶えるであろう。

 しかし愛すべき人を失った白銀の騎士が立ち上がり、厄災は終焉を迎える。

 最期に立つのは勇敢な人々に護られた人だけで、そこに白銀の輝きはない。


 幼い頃、町の陰に座り込む見窄らしい格好をしたお婆さんがつぶやいた言葉に、

「なにを言っているの、おばあちゃん」

 私はそうとだけ返して足を止めることはなかった。

 もしあの時足を止めてお婆さんに詳しく話を聞いていたら、こんな事にはならなかったのだろうか。

 だって、あの頃の私は知らなかったのだ。

 あの見窄らしい格好をした、浮浪者のようなお婆さんがかつて大予言者と呼ばれたすごい人だったなんて。



 十六歳になった誕生日。

 小さな家の中には私の誕生日を祝いに来てくれた人で溢れていた。

「リーナ、誕生日おめでとう」

「これで貴女も立派な大人ね!」

 生きている限り誕生日は何度もやってくるが、今日という日、十六歳になる誕生日は他の誕生日よりも意味の強いものだった。

 この国は男女共に十六歳で成人を迎える。

 まあ成人したところで何かが急に変わるわけではないが、顔馴染みに祝われて嬉しかった。

 ありがたいことに私の誕生日会にはたくさんの友人、そしてが来てくれていた。

「おめでとう、リーナ。よかったらこれを受け取って欲しい」

 祝いの言葉と共にプレゼントを手渡してくれたのは私より二つ年上のアルロだった。

「ありがとう!」

 アルロが来てくれたというだけで頬が紅潮し、口角が上がる。

 彼は私の幼馴染だ。彼も私も生まれはこの街ではない。

 この国の、もっと辺鄙なところにある小さな町が出身で、私が十四歳の時にアルロについていく形でこの街にやって来た。

 気づけばアルロとはずっと一緒にいた。私の両親が十四歳の時に崖崩れに巻き込まれてこの世を去った後も、彼はよく私の面倒を見てくれた。

 身寄りのない私の手を引いて新しい職場のあるこの街まで連れて来てくれたのだ。

 アルロはこの街の騎士団に、私はパン屋で働いている。

 騎士団に所属している人は基本的に宿舎で寝泊まりする。だからここに来てアルロと一緒にいられる時間が減ったのは少し寂しかったが、こうして仕事を抜け出して誕生日会に出席してくれただけで嬉しかった。

「おめでとう、リーナ」

「ありがとうございます」

 アルロの隣からすっと花束が顔を覗かせた。

 私は花束を受け取り、声の主を見た。

 アルロの銀色の髪とは正反対の、しっとりと黒の髪。腰まで伸びた黒は艶やかで、重くなりがちなはずなのに華やかだった。

「エマも来ていたのか」

「はい、かわいい妹分の誕生日ですもの」

 アルロの視線がエマへと向かう。彼女はこの街に住む貴族の子だが、物語の悪い貴族のように人を見下すことなく私たちのような平民にも優しく接してくれた。

 特に私のことは本当の妹のようにかわいがってくれていてすごく嬉しかったけれど、実を言うと私はこの人が苦手だった。

 だって――

「ああ、そうだ。庭の花が綺麗に咲いたの。もしよかったら見に来てくださいな」

「ああ、きみの誘いとあらば是非とも」

 青い瞳を細めて温かな笑みを浮かべるアルロ。

 私はずっとアルロと一緒にいた、だからわかる。彼がエマに心惹かれていることくらい。

 エマは確かに良い人だ。けれど私の初恋の相手の想い人なのだ。複雑な心境に陥るのも仕方がないだろう。

「リーナも是非遊びに来てね」

「……はい」

 エマは誰にでも分け隔てなく優しい。だからだろうか、他人の特別な感情に疎いところがあった。

 きっと彼女はアルロの気持ちも、私の気持ちも何もわかっていないのだろう。

 優雅な笑みを携えるエマを笑顔を返してそう思った。



 燃え盛る炎。目の前でバチバチと音を立てて爆ぜているのはこの街で一番大きなお屋敷。エマの家だった。


 誕生日会が終わり、しんみりとした気持ちに襲われながら後片付けをしているとボン、と大きな音が聞こえた。

 音に驚いて外に飛び出すと街が燃えていた。家から家へと伝って広がる炎はいとも簡単に私の家を焼き落とした。

 街は困惑していた。多くの人が悲鳴をあげ、悲しみに涙を流した。

 私はアルロの事が心配だったが、遠くで騎士団が消化活動を手伝っているのを見かけて騎士団の宿舎は無事なのだと悟った。

「あ、エ、エマは」

 エマに対する思いは複雑なものだが、それでも彼女が私にとっても大切な人であることに変わりはない。私は逃げ惑う人々をかき分けて、エマがいるであろう彼女の屋敷へと走った。


 死んだ。

 エマも、彼女の両親も。

 その知らせを知ったのは街の火災が鎮火されてすぐのことだった。

「そんな……」

 さすがは人格者のエマだ。私と同じ避難所に駆け込んでいた人々がエマの死に涙を流した。

 私だって悲しかったが、なぜだろうか涙は流れなかった。


 街の火災は始まりに過ぎなかった。

 私の住む街が炎に包まれたと同時に他の幾つかの街も真っ赤に染まった。

 そして他の町や村も燃え、その炎は王都すら燃やし尽くした。

 そこまでしてやっと、この一連の厄災が魔族によるものだと判明した。

 何百年も昔に滅んだとされていた魔の者たち。彼らはずっと人類の陰に潜んでいたらしい。そして隙を見て侵攻を開始した。

 もう何十年と他国との戦争すら経験していなかったこの国はすぐに陥落した。

 なんとか命からがら城を逃げ出した王家は民を見捨ててすぐに隣国へと身を隠した。

 厄災に巻き込まれながらも死なずにすんだ人々は闊歩する魔族から身を隠しながら細々と生きている。

 そんな生活が半年ほど続いた時、山に山菜をとりに行っていた男性が嬉しそうに集落に戻ってきた。

「ついに騎士団が立ち上がった! きっと彼らが何とかしてくれる!」

 その知らせは嬉しいけれど、聞きたくない言葉だった。

「アルロ……」

 アルロとはもう何ヶ月も連絡が取れていない。

 厄災後、すぐに街から出て行くことになった私はアルロと顔を合わせることなく今日に至る。

 アルロの事だから、無事だろう。祈りにも似た推測で日々を乗り越えて来た。けれどついにこの日が来てしまった。

 騎士団が立ち上がった。それはつまりアルロが戦場へと出向くということだ。

 そんなのいやに決まっている。けれど私にはどうすることも出来ず、騎士団が魔族たちの巣窟へと向かう姿を見送ることしかできなかった。

 遠く、遠く。遥か遠くに列を形成した騎士団の、一番先頭に立っている人物の顔は見えない。けれどあれがアルロだとなんとなくわかった。

 厄災後も燦爛と光る太陽に照らされて、白銀が輝いた。


 勇敢なるアルロ、ここに眠る――。

 かつて城が建っていた所に建てられた新しい石碑にはそう刻まれていた。

 厄災は終わった。人類が勝ったのだ。

 けれどアルロは魔族の長と刺し違えてこの世を去った。

 人々は口を揃えて言う。民を捨てた王よりアルロの方が勇敢だと。

 人々は笑顔だ。たくさんの愛する人を失ってなお、復興へと力を入れている。前へと進み続けているのだ。

「なんで」

 どうして笑えるの。

「違う」

 こんな未来はいやだ。

「私のせいだ」

 私があの予言を信じなかったから!

 アルロは死んだ。あのお婆さんの予言通りに。

 私は知っていた。あの予言を。なのに何も出来なかった。アルロが死んだのは私のせいだ。


 ふらふらと覚束ない足取りでただ歩いた。気づけば生まれ故郷まで帰って来ていた。

 アルロがいつも一緒に遊んでくれた丘を登る。焼け焦げたこの地にはかつて色とりどりの花が咲いていた。

 目を閉じると思い出す。楽しかった日々を。

 目を開けて突きつけられる。アルロのいない現状を。

「ああっ」

 涙が溢れた。こんなに辛いことがあっていいのか。

 世界なんてどうでも良い。厄災が起きても別に構わない。ただ、アルロが生きてくれていたのなら。

 地面にポタポタと涙が溢れる。途端、ちかりと光った。

「え?」

 気のせいだろうか。目を擦って再度涙の跡を見つめる。

「……」

 そういえば昔母がお守りをくれた。それは小さな貝殻を加工した首飾りで、私は何を思ったのかそれを取り出すと貝殻の中に自身の涙を閉じ込めた。


 これは一度だけ貴女の願いを叶えてくれるものよ。


 忘れかけていた母の声が頭に響く。そうだ、このお守りの効力はそんな感じだった。

 もし、もし本当にこのお守りが私の願いを叶えてくれるというのなら。

「お願い、命でも何でも差し出します。私はアルロに生きていて欲しいの!」

 握りしめた貝殻が徐々に輝きだす。

 初めて遭遇した現象なのに、なぜだか何が起きるか理解できた。

 戻る。アルロの死が確定する前まで。

 アルロが戦場に出向く理由になった愛する人エマの死の前まで。

 時間が巻き戻される――。


「今度こそ、アルロが幸せに生きていけるように」

 次の厄災は何が何でも私が止める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

すべては予言通りに 西條 ヰ乙 @saijou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ