02 落第生徒、人助けをする?

「はい、到着~! 簡単だったでしょ?」

「そりゃあ、莉々の力でもなくてエレベーターに乗っただけだからな」

「わたしと一緒の時じゃないとここには来られないんだから、ありがたく思ってくれないと!」

「あ~ありがてぇありがてぇ」


 学園都市の地下深くにジオフロントと呼ばれる地下空間がある。


 首都のお偉いさんが、かつて都市計画の構想として建設を進めていた空間なわけだが、予算の大部分を学園建設に使い予算不足が発覚して計画途中でやめたらしい。


 それが、今から行く場所なわけだが。


「テーマパークって言ってたが、具体的に何があるんだ?」

「旧時代なりきりセットとか、旧時代のゲームセンターとか、悪女メイク体験とかそういうやつ?」

「俺は知らん」

「逸器に訊いたんじゃないもん!」


 要するに、計画中止にされたけど置く予定だったゲームなんかが放置されてるって場所だろう。今後テーマパークとして再生出来るかどうかは不明だが。


 この場所自体、実は闘京学園からでも直接エレベーターで来られると聞いている。それも計画の名残のようなものだろうが、今では限られた人間しか降りてはならないのだとか。


 何せ未完成な空間ばかりで通電されていない所もかなりある。とても普通の生徒には遊ばせられないと判断したのだろう。


 それにここで暇つぶしをするにしても、なりきりゲームしか出来ないうえ、ここで働いているスタッフ――いや、人間なんて一人もいないから関係なかったな。


 とにかく、完成されていないテーマパークに降りる人間や関係者なんているはずもないのだ。


 ……俺たちのような異能者を除けば。


 とりあえず明るさのあるフロアに進むと、階数非表示のエレベーターが奥に見えていて、すぐ近くには一台しかない筐体と二台の端末が置いてあるだけだ。


 そういう意味で、とてもテーマパークと呼べない場所と化している。


「――で、何するかっていうと~」

「悪女願望があるんなら、今すぐなっていいぞ? 悪女得意だろ?」

「そんな簡単になれるわけないじゃん! そういう逸器は偽の格闘家だよね?」

「俺は元々格闘家だ! (というか異世界の英雄だった)」

「またまたぁ! あれっ? 何か、誰かがこっちに向かって来てない?」


 電気がついているのは俺たちがいるエレベーターのある場所のみ。少し離れれば通電されていない真っ暗な空間が続いているだけで、関係者の姿も見えない。


 それと、プログラム通りに話すAIロボがいるだけだ。


 そもそも未だ未完成なテーマパークに人間がいるのはおかしい話。


 ということで、まるで怖がるそぶりすら見せない莉々と一緒に待ち構えていると、暗闇から現れたのは一人の女性だった。


「助けを――求めて……いま……す」


 人間か?

 いや、違うのか?


「ね、ねぇ、逸器。あの人、どこから来たのかな?」

「学園関係の人が迷子になった……なわけないよな」


 さっきまで無駄にはしゃいでいた莉々だったが、いつの間にか俺の後ろに回って服をぎゅっと握りしめている。隠れながら突然現れた人の様子をうかがっているが、いくら何でもビビりすぎだ。

 

 暗闇空間から現れた女性の全身をゆっくりと眺めると、右手で左腕の辺りを押さえているように見える。


 幸いにして奥の方から何かが来る気配は感じられない。だが、何かに怯えているようにも見える。


「助けってのは、もしかしなくてもその押さえている左腕と何か関係が?」

「私たち……は、"大深部"にいる未知の――に襲われ……て……います」

「大深部?」


 ちらりと莉々を気にすると、彼女はこそっと耳打ちしてくる。


「この場所よりもっと深い地下って意味だよ、逸器」

「それくらい分かるっての……」


 まさかと思うが、ジオフロントの地下深くに何かがある?

 

 学園が公表しているのはあくまでジオフロントのテーマパーク計画。そこからさらに地下があるといった話は一切聞いたことが無い。

 

 そもそも自由に出入りさせているし、俺たち以外のもの好きな生徒もごくまれに地下に来ているはず。


 それくらい寂れた場所であって、学園のAI教員はもちろん、他のタレント持ちも立ち入ることはほとんどない。


 忘れ去られそうなテーマパークと言っても過言じゃない場所とも言える。それなのに、その奥に大深部なる場所があるなんてにわかには信じがたい。


 しかし目の前の女性は明らかに俺たちに助けを求めている。


「大深部……か。でもな~」

 

 何が原因で怪我を負ったのかは不明だ。それにしても、果たして俺が助けられるものなのかどうか。


「怪我してるんだからこのまま放っておくのはまずいし、何とかしないと! 目の前のエレベーターに乗ってもらって学園都市までついて来てもらおうよ!」

「だよな」


 そうしてエレベーターに進むのを促すと、女性は首を左右に動かして拒絶する。


「……"上"は行け……ません。どうか、このまま……助けて……ください」


 女性の素性が不明すぎる。


 何故エレベーターに乗ることを拒んでいるのか。学園に行くことを拒むのか、あるいは外に出るのが駄目なのかは何とも判断しようが無い。


 未知の何かと言われてもって話だが、もしそれが異世界の話なら俺にとっては好都合な話で全然対応が違ってくる。


 とはいえ、未だこっちの能力が覚醒していない俺でも何とか出来そうなら行ってみるのも面白い。


「よく分からないんすけど、俺でよければ助けますよ。ケンカなら負けたことないんで!」

「はぁ? ちょっと逸器! なにふざけたこと言ってるの? この人の怪我を何とかするのが先でしょ!」

「そりゃそうだけど、お前なら怪我の手当てくらい出来るだろ?」

「逸器だって出来るでしょ! ケンカするくらいなんだし」

「俺はケンカが出来るし強いし無敗だが、癒しのスキルなんて備わってない! 手当てするより攻撃がメインだ!」


 正確には覚醒するかも不明な落第生だけどな。


 それよりも今は正直言って、莉々の精神状態が気になる。もし仮にAI魔獣だとかやばいのが襲ってきたら癒しの異能を持つ莉々ではどうにも出来ない。


「では、ついて来て……ください。案内、します……」

「いや、その左腕は大丈夫なんすか?」

「はい……」


 見るからに重そうな怪我をしている。


 しかし、それを痛がるどころか俺を頼って案内することを優先するとは、一体どこへ案内されるのやら。

 

 右も左も分からないまま女性について行くと、周辺は見事に真っ暗闇な空間。それなのに前を歩く女性は、何の迷いも無く奥へと進んでいる。


「ひゃっ!? 嘘、何か踏んづけた!?」

「やべぇな。マジで何も見えないぞ。というか転ぶなよ、莉々」

「逸器を掴んでるから大丈夫……」

「……変なとこ握るなよ?」

「おバカ?」


 闘京学園は学園都市の私立。


 所謂決められた制服は無い。表向きで配信者なんかをしている莉々なんかは完全に私服で動いている。


 一方の俺は私服を選ぶのが面倒なうえ、しょっちゅう物理的な衝撃を受けるので、袖が無い丈の短いベストで動くことが多い。


 ……とはいえ、こんな暗闇空間を動く想定はしていなかっただけに、もっと派手めな色のを着てくるべきだったと後悔。


「すみません、前とか何も見えないんすけどマジで見えてます?」

「大丈夫です。……はっきり、見え、ます。この、まま……ついて、来て」


 よく分からないが俺たちに助けを求めた以上、騙してわけの分からない場所に連れて行くとかでも無さそうだ。


 女性だけがこの空間自体を見えているということは、女性も何らかのタレント持ちの可能性がある。


「ねぇ、周りがよく見えないからだけど、すごく奥に来てる感じしない?」

「仮のテーマパークな場所だし、面積は広いんじゃねえの?」


 今のところまっすぐ歩いているだけで、さらにここから地下に進むところには至っていない。そう思いながらとにかく歩いていると、前方から微かに光のようなものが見えてきた。


「もうすぐ……です。光の先に……あります」


 女性の言うように暗闇空間を抜け、光のあるところにたどり着く。すると突然別の場所に出たような感覚を覚えたと同時に、目の前が急に明るくなる。


 そして俺の目に飛び込んできた光景――それは、学園の連中らしき奴が得体の知れない何かと戦っている光景だった。


「学園の異能連中……か?」

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