第2話 新人類と呼ばれた人間

新人類。

人と言う名が付いてはいるが、厳密に言えば人ではない。

アンドロイドとも違う。

完全に無から生み出されたものがアンドロイドと呼ばれ、人間としての機能を少しずつ機械へと変えていったのが新人類だ。


人間と機械のハイブリッドであり、優秀な力を得たが故に新人類と呼称される。



長良の言う助けになるという話は本当だった。

ただその内容はあまり喜べるものではない。


「流石にそれは……ちょっとな」

「ご安心下さい。私が提案しているのはあくまで味覚を感じられる器官を売り、それを機械に変えてしまおうというだけなんです」

それは即ち新人類へと一歩踏み出すのと同意であった。

長良の提案になかなか頷けない大我は眉を顰め難しい表情を作る。

そんな大我を見てか長良は笑顔を浮かべ、ある紙を一枚差し出した。


「ここにサインして頂くだけで150万ポイントが即時振り込まれます。味覚を司る器官なんて他人から見えませんし、お勧めかと思いますが」

確かに他人から見える場所が機械に変わるだけだ。

それに150万ポイントなんて半年分の収入と大差ない。

揺らぐ大我に長良は更に押す。


「仕方ありません。今回だけは初回という事でもありますしこうしてお会いできた縁もあります。200万ポイント!これでどうでしょうか?」

破格の金額に大我は耳を疑った。

それだけあればどれほど裕福な生活が出来るだろうか。

しかしそれと同時にどうしてそこまでお金を積んでまで手術を勧めるのかが気になった。


「まあ、額は悪くない。でもどうしてそこまで俺に手術を勧める?何か訳があるように思えるが……」

「これはあくまで私の困り事なのですが……レベル5のアクセス権限を持つという事はそれだけ国から必要とされているという意味でもあります。そうなると当然結果を出さなければならないのですが、今期の研究報告は大して結果が出せていないのですよ」

そう言う長良は申し訳無さそうな顔になる。

まあ言わんとしている事は分かるが、大我には無縁の話なのであまり刺さる話ではなかった。


「よし、分かった。じゃあここにサインすればいいのか?」

「!!受けて頂けるんですか!ありがとうございます!」

大我の言葉に長良は満面の笑みを浮かべる。

よほど嬉しかったのだろう。


サインを書き終えると長良は研究室の端末で何やら操作を行う。

すると大我の個人端末に通知が飛んできた。

内容は振り込み完了のお知らせ。

口座を確認するとしっかり200万飛んで3000ポイントと表示されていた。


「ポイントの確認は出来ましたか?」

「あ、ああ。にしても現実味のない桁だからな……」

200万ポイントなんて大我は今まで見た事もない。

そんな額を簡単にポンッと振り込める研究室の財力が気にはなったが、とりあえずスルーしておく事にした。


「さて、手術なのですが時間にしておよそ30分もあれば終わります。こちらへ着いて来て下さい」

「もうやるのか?」

「ええ!既に準備は整っていますから!」

大我がサインしなければどうしていたのだろうかとは聞くまい。

何か別の手段でも考えていたのだろうと彼女に聞くような真似はせず胸の内に仕舞い込んだ。



準備万端で用意された手術室に入るとベットへと横になる。

手術はAIがやってくれるらしく長良は外の操作室のような場所で様子を見守っていた。


「では手術を開始しますね。睡眠ガス投入」

唯一記憶に残っていたのは長良のその言葉だけであった。

大我はその後の記憶は一切ない。

気付けば長良が肩を揺すり起こしていた時であった。


「あれ?もう終わり?」

「はい、既に藤堂さんが手術室に入ってから30分が経過しています。手術は無事成功したようですので、こちらを飲んでみて下さい」

長良は3つの飲み物を用意していた。

辛い甘い苦いの3種類の飲み物だった。


大我はその内の一つを手に取ると口元へと近付ける。

一口二口と飲んだ所で甘さが口腔全体へと広がっていく。

味覚は問題なく機能しているようだ。


続いて2つ目3つ目と飲んでみたが問題なく苦くて辛い苦痛を味わった。

これが本当に機械により与えられた味覚なのだろうか。

言われなければ分からない程正確に味を感じる事が出来る。


「凄いなこれ……本当に手術した?」

「もちろんしてますよ!じゃないと200万ポイント渡していませんよ!!」

まあ当然といえば当然だ。

200万ポイントは決して安い額ではないのだ。

車だって買えるし長期旅行だって何度も行く事が出来る。


手術はちゃんとしたのだろう。


「これで一応藤堂さんも新人類の仲間入りとなりましたが、あまり実感がないでしょう?」

「まあそうだな。味覚を売ったとはいえこんなに前と変わらず味を感じる事が出来るんだから、機械に成り代わってるなんて今でも信じられないくらいだよ」

「ですがちゃんと藤堂さんの身体の中には機械が入れられています。念の為一週間程したらまたこちらに出向いて下さい。定期検査はしておいた方がいいですから」

機械を身体に埋め込むというのは万人に出来る施術ではない。

個人差はあるがどうしても身体が拒否反応を起こして、機械を取り付けたり埋め込んだりする事が出来ない人が一定は存在する。

今の所何も無いなら大丈夫だとは思うが、研究者がそう言うのなら従っておくべきだろうと、大我はスケジュールに定期検査と打ち込んだ。



長良と別れ研究室を出る大我の足は少し浮足立っていた。

何しろ今は200万ものお金があるのだ。

当分仕事をしなくても生きていけるし、ちょっと夕飯を贅沢にしてもいい。


何をしようかと浮足立つのも無理はなかった。



――――――

新人類第一研究所。

長良は隠せていないウキウキ気分の藤堂を見送ると、自分の研究室に戻る。

彼女の研究室には他の研究者が属しておらず、たった一人きりの研究室だ。


藤堂の味覚を感じる事の出来る器官は保存庫にしまい、次の仕事へと移る。

彼女はレベル5の研究者であり、舞い込んで来る仕事は幾つもあるのだ。



仕事に打ち込んでいるとドアをノックする音が聞こえてくる。

端末を操作しドアの直上付近に設置されてあるカメラを確認すると長良は手元のスイッチを押した。


「お疲れ様、長良。どうかしら進捗は?」

胸に所長の肩書きが記されたバッチを付けている白衣の女性が研究室へと入って来る。

おおよそ仕事の確認に来たのだろうと長良がモニターに現在請け負っている研究成果の途中経過を映す。

グラフや数値が記されており、一般人が見ても何の事かさっぱり分からない画面を所長がじっくり観察すると、満足したのか視線を外した。


「順調ね。そういえば来客があったみたいだけれど貴方の知り合い?」

「はい。最近知り合ったばかりの方ですが研究に協力してくれているんです」

「あら、そう。じゃあ今期の研究報告は問題なさそうかしら?」

「もちろんです。流石に連続で報告を無視すれば権限を落とされてしまいますから」

既に長良に余裕はない。

というのも前期の研究報告を出しておらず今期は必ず出さなければならない。

猶予として一期は見逃して貰えるが流石に二期連続報告を上げなければ、確実にランクダウンを食らうだろう。


「まあどんな研究結果が出るのか楽しみしているわよ。えーっと確か……」

「新人類と人間の感覚共有について、です」

「そうそう。貴方もなかなか難しい研究内容を選ぶわね。ま、でなければ私と同じレベル5のアクセス権限は貰えないけれど」

研究所の所長クラスでやっとレベル5のアクセス権限を持つのだが、長良は主任にしてレベル5を持っている。

次期所長とも言われており、期待の若手でもあった。



そうでなければ研究室を丸々一つ、与えられる筈もない。

長良は同じ研究者からも天才と呼ばれており、その知能は所長すらも上回る。


「まあでも程ほどにね。貴方最近家にすら帰っていないでしょう。別に泊まり込みで研究を続けるなとは言わないけれど、少しは外の空気も吸いなさいな」

「はは、気を付けます」

所長から小言を受け、長良は恥ずかしそうに頭を下げる。

要はたまには家に帰り身体を休めろという事だ。


長良はよく泊まり込みで研究に没頭している。

実際それで結果を出しているのだから、所長もあまり強くは言って来ないが身体を心配しているのだろう。



所長が研究室から出て行くと、長良は溜息をつく。

もう3日は家に帰っていない。

それも今日でおしまいだと、帰る支度をする。

ずっと頭を抱えていた協力者の確保もひと段落付いた。

藤堂大我を見つけられたのは奇跡のようなものだ。

金に困っていてかつ両親が他界しており血縁者は他にいない人物。

それが藤堂大我であった。


彼の協力により一歩長良の目的に近づいた。

まだ始まったばかりだが、スタート地点に立つのと立っていないのでは大きく違う。



長良は少し満足そうな顔で、研究室を後にした。

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