つまり、旅というものは
季都英司
第1話:旅とは何か?
・旅とは何か?\
旅とは何であるか、そんなことを考えてみたことはあるだろうか?
人それぞれ、時々でいろんな答えが出てくるのだろう。
そこに正解はなく、ただ納得があるだけ。
さて、ここに二人の男女がいる。互いに面識は無い。
遙か先の時代、旅のあり方が少し変わった世界の二人。
二人ともこよなく旅を愛していて、二人ともがずいぶん極端な旅の定義を持っている。
二つの旅が交わるとき、どんなことが起こるのだろう?
この物語では、そんな旅の一幕を見ていただこうと思う。
・旅への問い、ある男性の答え\
――つまるところ旅とは移動である。
旅とは何かと言われたならば、俺はそう答えるだろう。
移動こそが旅だ。
旅の中に見るべきは、移動中の景色に他ならない。
旅人は拠点から離れ旅先へと向かう、その過程でグラデーションのように変わっていく世界を目の当たりにするのだ。
自分の領域から異なる領域へと、いつ移り変わったのか線引きすら難しく、いつの間にやら異世界に紛れ込んだような錯覚を覚えることとなる。
その感覚が非常に面白く、痛快であり、これこそが旅でしか得られない経験なのだ。
移動手段はなんでもかまわない。
それぞれに異なる楽しみがあるからだ。
たとえば列車。その車窓に流れる景色は、無数の絵画を並べた展覧会のよう。
たとえば飛行機。浮遊感と窓からの光景は、旅人に空という異世界を体験させる。
たとえば徒歩。別世界への階段をのぼる征服感。その一歩が世界を変換していく。
このように移動することが旅の楽しさであり、すなわち旅の本質だ。
要は俺は移動が大好きで、移動の瞬間こそに旅を感じることができる。それ以外は些細なことで、邪魔な要素とすら考えている。
わざわざ観光地を訪れて、そこを見ることが旅だ。などと考えている勘違い人間のなんと多いことか。
やれ、見たことが無いからというだけで景色に感動し、名物料理をうまいとも思っていないのに喜び、必要もない土産を買ってはしまい込んで二度と見なかったり、そんなものを旅だなんて俺には考えられない。
そもそもこの時代、観光地のあらゆる要素は、知識だけならネット上の情報で十分だし、体験がほしければヴァーチャルで実感すればいい。
遙か昔と違い、今や再現度は現実と大差ない。
自宅で可能な体験をわざわざ旅先でおこなう理由は?
どいつもこいつもわかっていないのだ。
古い時代の価値観に毒されていて、観光地を実体験することが旅だと思い込んでいる。
なんとも馬鹿らしい。
そこを行くと俺は違う。
旅の本質をきちんとわきまえている。
ヴァーチャルではコスト問題で再現されない旅路という要素を、生身だからこそできる体験を味わっているのだ。
今だってそうだ。
俺は今、列車に揺られて、まさに旅の真っ最中。
窓際の席で、窓の向こうに流れる景色を堪能中だ。
都会の高層ビル群が過ぎ去ることに哀愁を覚え、境目を見落としたかのようにあらわれる田園風景の癒やしを体に浴び、忘れ去られたかのような森に自然のすごさを知る。
次への期待は否が応でも高まるばかりだ。
もちろん目的地は設定してあるが、それはあくまでルートを決めるための裏方に過ぎない。
必要無いとは言わないが、楽しもうとは思っていない。
だからこの先移動が終わり、目的地に着いたならば俺はすぐさま帰るつもりだ。
この潔さこそが、最良の旅の秘密と言えよう。
・旅への問い、ある少女の答え\
――つまり、旅とは旅先を楽しみ尽くすことだと思うのです。
旅とは何か、もしもそんな問いを投げかけられたならば、私はそう答えると思います。
旅とは目的地をいかに楽しむか、それに尽きると言えましょう。
町の造りから、人の雰囲気、自然の景色、建物の造形、地方ならではの食事の文化に、工芸品。
なによりも歴史が作り上げてきた空気そのもの。
それらすべてが見るに値するものであり、旅の中で見るべきものなのです。
ああ、旅とはなんと奥深いものなのでしょう。
これはヴァーチャルではけっして味わいきれないもの。
景色や建物、そんな物は再現できるでしょうが、町の匂いや人の空気感、歴史の重みを再現することは到底できやしません。
再現しきれないはみ出したもの、取り残された何か。
それこそが旅の醍醐味と言えます。
旅には移動が必要だ、なんて世迷い言をおっしゃる方がいると聞いたことがあります。
あまりにも思慮が浅く、旅というものをはき違えています。
移動はあくまで手段。旅先に向かうための過程に過ぎません。
それはあくまで付属品。そこが旅のメインであるなどと言語道断なのです。
ああ、なんと嘆かわしい。
移動の時間など短ければ短いほどよい。
そうではありませんか?
旅を愛するものとして、無駄はできるだけ省かなければならないのです。
人の時間は有限なのですから。
さて、私は今旅に出ようとしています。
目的地はとある古い町。派手ではありませんが歴史の深みがあり、そこかしこに見られる建物や祭りに文化の香りが感じられる。まさに古き良き町です。
かねてより訪れてみたいと切望していた海辺の町。
観光ビーチではなく人に寄り添った海の光景、嗅いだことのない潮の匂い、港町の空気、そして何より美味しい食事。
にもかかわらず、私がなぜ旅先に選んでいなかったかというと、この町にいたる旅の扉が未設定だったから。
旅の扉とは、近年の高高度技術により開発された、瞬間多次元遠隔移動技術。
扉を開くと一瞬にして、目的の場所に着くことができるのです。
ああ、なんて素晴らしい。
移動時間が0の旅。
扉をくぐる、それだけで移動の煩わしさも時間もすべてをスキップできる。
惜しかりしは、選択できる行き先がまだまだ少ないということ。
人気の旅先や有名な観光地、そんなところばかりに旅の扉が開拓され、マイナーな場所は後回しになってしまっていました。
それがこの度ついに、あの町への旅の扉が追加されたというじゃないですか!
なんという僥倖!
私は即日観光会社に申し込みを行いました。
ああ、どんな町なのでしょう。
どんな景色を見て、どんな空気に浸り、何を食べ、そしてどんな人と出会えるのでしょう。
胸は高まるばかりです。
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