天終の日

愛鬼林一

第一話

天終742年

【焦土(しょうど)】


雨は、止むことなく降り続いていた。

泥水に血が混ざり、ひび割れた地面を静かに流れていく。空気は火薬と焼け焦げた臭いに満ち、大破したビルはまるで死者の骨のように突き刺さり、砲撃によって巨大な穴を残していた。戦場は驚くほど静かだった。聞こえるのは雨音と、時折漏れるかすかなうめき声だけ。ここで何が起こったのか、それだけが語っていた。


軍靴が血の水たまりと死体を踏みつけ、冷たい水しぶきが上がる。

軍服をまとった男の足取りは重く、踏みしめているのは単なる屍ではなく、果たされることのなかった無数の命の運命だった。

彼は崩れた鋼鉄板のそばに腰を下ろす。顔を濡らす雨を拭うこともなく、まるでこの冷たさと沈黙に慣れきっているかのようだった。


倒れている者、座り込んでいる者、もう動かなくなった者。

その先には、何百、あるいは何千という負傷兵たちが救援を待ち続けている——だが、彼らはすでに知っていた。

助けは、決して来ない。


「援軍が来るって言ったのに……クソッ、どこにいるんだよ……」

若い兵士が呟く。


「援軍なんて、来るわけないだろう」

隣に立つ軍官は冷たく言い放つ。その瞳に怒りも悲しみもなく、ただ深い虚無があるだけだった。


ぬかるんだ地に、足音が近づいてくる。

生き残った者たちが、一つの場所に集まり始めていた。


倒れた鉄柱に掛かるぼろ布には、すでに滲んで形も定かでない軍の紋章が描かれていた。崩壊しつつある国の象徴——。


「……残っている兵は、どれくらいだ?」

軍官が低く問いかける。


座っていた兵士が顔を上げる。「戦力……まだどれだけいる?」


その声は、濡れた軍服のように重く冷たかった。


問いかけられた兵士はすぐに答えず、焦土と化した光景を見つめ続けていた。


「戦力は……まだどれだけ……」

再び問われたその声には、迷いはなかった。ただ静かな覚悟があった。


「……残り……2004人だ」

ようやく答えた声は、かすれた乾いたものだった。


「そうか……」兵士は、静かに返す。


「ところで、X部隊はどうなった?」と兵士が問う。


「……まだ、何の連絡もない」

短い返事だった。


再び沈黙が広がる。

音を支配するのは、容赦なく降り注ぐ雨の音だけ。

足元の地面はすでに濃い赤に染まり、もはやそれが水なのか血なのか分からなかった。

上空からの視点——そこに広がるのは地獄そのものだった。焦土の上に、崩れ落ちた建物と、傷ついた兵たちの姿が散らばっている。


「本部から……最新の通信だ」

無線機から低くかすれた声が流れる。


「なんだ?」


「……D拠点を死守せよ……最後の一人になるまで」


誰も言葉を発しなかった。

こんな命令が来ることは分かっていた。だが、それでも……実際に耳にすると、どこか残酷さが残る。


瓦礫の隙間から、一匹の猫がゆっくりと姿を現す。

全身びしょ濡れで、毛には血が付着している。猫は数人の兵士をじっと見つめ、小さく「ニャー」と鳴くと、再び影の中へと消えていった。


その様子を見た兵の一人が、ぽつりと呟く。


「……あいつは分かってる……ここから出ないと、ってな」


だが人間は——まだ、この地獄に留まらなければならない。


「……この戦争は……いつまで続くんだ……?」



ナレーション:

この戦争は、すでに十五年も続いている。

一つ一つの戦いが、悪夢そのものだった。

勝とうが負けようが、大地に残るのは灰と骨だけ。

歴史書は、この戦争の詳細を記さない。

本当の地獄を知っているのは——生き残った者たちだけだ。



一方その頃——


銃声が鳴り響く。

Boom… Boom… Boom。

一発、一人。


黒い軍用コートを纏い、仮面を被った謎の男が、敵を容赦なく屠っていく。

その動きに迷いはなく、冷酷で、正確。撃つたびに、一人、また一人と地に伏した。


「頼む……殺さないで……お願いだ……あああっ……!」

哀れな叫びが、無情に響く。


謎の男は最後の一人に銃口を向け、静かに問いかけた。


「もうお前しか残っていない。……最後に、言いたいことは?」


怯えた敵が叫ぶ。「……お前は……一体、何者なんだ……」


男は一言、名を告げる。


「レックス。」

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