悠久の風を越えて

美月つみき

始まり ー1-

 どこまでも青く澄んだ空と共に、初夏の香りが風になって運ばれてくる。

 この季節を待ち望んでいた草花たちは、踊るように揺れていて喜びを表している。

 被っている麦わら帽子を外してみると、優しい日差しを目いっぱい感じることができた。

 今日はお父さんと一緒にノヴィルニオの森に向かっていた。

 この森は家の近くにある世界で1番深いと言われている樹海だ。

 お父さんとお母さんは王都プルトメニアの有名な薬師で、珍しい草や花がたくさんあるこの樹海は宝の山らしい。

 そのため王都ではなく、樹海から一番近いペタル町の外れに住んでいる。

 それでも樹海まで30分くらいかかるので、5歳の僕からしたら長い旅同然だ。

 お父さんが普段行く採取場所は少し危ない場所にあるみたいで、ついていくときはその近くにあるふたりしか知らない秘密の場所で戻るのを待っている。

 森には危険な動物が沢山いるとお母さんが言っていたけど、僕は一度も出会ったことがない。

背負ってきたリュックサックの中には、お母さんが用意してくれた飲み物やサンドウィッチ、レジャーシートと本が入っている。

 僕の背中を押すように吹いている風ががんばれと言っているような感じがして心地よく感じた。

 「お父さん!今日はいつもより風が気持ちいいね!」

 「あぁ、そうだね。でもまぁフジは風に好かれているから、僕よりもそう感じやすいんじゃないかな?」

 「えーなにそれ。でも本当に風に好かれてるならすごく嬉しい!」

 「本当だよ。……いつかわかるかもね。」

 「えぇー。信じられないなー。」

 「フジに嘘ついたことないのに。」

 トホホと悲しそうな素振りを大げさにしながら、僕と同じ瑠璃色の瞳を少し細めていた。

 かっこよくて、物知りで、とっても器用で、僕の憧れのお父さんだ。

 ……たまにこういう不思議なことを言ったり、感が人一倍鋭かったり、変なところもあるけど。

 そんなお父さんとふたりでいるこの時間が大好きだ。

 森へ入る前に休憩をはさんで、サンドウィッチと冷たいレモネードを飲んで英気を養って出発した。

 森の中は危ないからと手を繋ぎしばらく歩くと、秘密の場所に到着した。

 秘密の場所はそこだけぽっかり穴が開いていて、僕の名前と同じ藤の花が周囲を覆うように咲いている。

 差し込む日差しはシャボン玉のようにきらきらと輝いていて、ただそこにいるだけで心が落ち着いてくる幻想的な場所だ。

 「よし、父さんは少し奥に入って必要なものを採ってくるから、いい子にして待ってるんだよ。遅くても30分くらいしたら戻るからね。なにかあったら首にかけてる笛で知らせて。」

 「うんわかった!本読んで待ってるね。お父さん気を付けてね!」

 「うん。それじゃあいってくるね。」

 僕が大きく手を振り見送ると、父は振り向いて手を小さく振った。

 お父さんの姿が見えなくなると少し心細い。

 そんな気持ちを振り払いながら、リュックサックからレジャーシートと月の精霊という本を取り出した。

 この本は人と悪魔の戦争のお話で、聖女さまの力によって顕現した精霊王と共に世界を守るお話。

 何度読んでも面白くて、ここに来るときはいつもこの本を読んでいる。

 レジャーシートを広げて、物語の続きを読むことにした。

 

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