アトレイシス ~戦闘もある生活系ゲームで色々なガチ勢が順当に凄い物語~

無録筆

第一章 因果応報と予定調和

第0話 大陸闘技会と建国宣言 プロローグ



 ラフな格好の女性がリビングへとやってきた。


 彼女の首元にはミニ端末付きの電子的な首飾りが装着されており、ランプが小さく点滅すると、ピピっと電子音を鳴らす。

 すると、彼女が耳につけているミニ端末から綺麗な女性の声が聞こえた。


依織いおり、電気ケトルのお湯が沸いていますよ。ランチパックも温め終わっています。「ユメライフ・メタバース」のイベント「大陸闘技会」の決勝戦開始時間も近いので、早めの食事をお勧めします』


 綺麗な女性の声が、依織いおりと呼ばれた女性にそう伝えた。


「そうだね。遅れたらまずいし、さっさと食べちゃおう」


 依織は電気ケトルのお湯でインスタントの味噌汁を作り、封を開けたランチパックを持ってテーブルに向かった。

 簡素なテーブルには電子パッドが1つ置かれている。

 依織が席につくと電子パッドから3Dの映像が投影されて、30センチほどの綺麗なエルフの女性が現れた。


 そんな電子映像のエルフの女性に依織が聞く。


「セルフィー、何か面白いニュースはある?」


 このエルフの女性はセルフィーという名前の高機能なパーソナルAIだ。

 AI技術ははるかに進歩して、今ではもう家電を使うのが当たり前であるように、子供から老人まで使っている。

 依織はそのAI関連に深い知識もあるので、自分用にカスタマイズしてパーソナルAIを利用していた。


『検索中です』


 という声を聞きながら、依織は食事を進める。


『依織のパーソナルデータに関連するニュースを5個ピックアップしました。一番関連度が高いのは「ゲームクリエイターに聞く」という記事です。人気は高いですが希少な専門職であるゲームクリエイターに直接話を聞いて書いたという記事ですね。見出しを出します』


 電子パッドの光が仮想のウィンドウを作り上げて、依織が登録しているブログ記事の見出し部分を表示させた。


 ゲームプロデューサーとの違いは何なのか。そもそもなぜゲームクリエイターが難しい専門職なのか。それはゲームクリエイターは高度なAI利用が必要不可欠であり、ただエディタを使えるだけでは足りない職業だから。


 そんな議題と結論が書かれた記事の見出し。


「んー、これはいいや。AIの高度化や利用ツールの発展で要求される技能が変わったり、チームで作る意義が薄れたとかって話でしょこれ」

『そうですね。関連度が高いのでピックアップしましたが、目新しさはないものと思われます』


 内容は察した。特に見るほどの物でもないだろうと考えて、依織は他のピックアップされたニュースを確認していった。




「セルフィー、洗い物のやつ起動して」

『わかりました。食器洗浄機を起動します』


 食事を終えた依織は歩き出す。

 リビングを出て階段を上がり、高級機材であるVR筐体を設置してある部屋へと向かう。

 その道中で依織が言う。


「セルフィー、戸締りしといて」

『わかりました』


 家自体とも連動しているパーソナルAIであるセルフィーによって、この家の玄関や窓にロックがかかる。

 その報告を聞きながら、依織は趣味部屋に入った。

 

 依織が入った部屋には高品質な機材が大量に並んでいる。

 準量子制御CPU搭載のパソコンや、複数枚のモニター。キーボードやマウス、左手用のデバイス。

 モーションキャプチャー用の高級機材や、大型の3D投影機に、3D射出機。

 そしてそれらを飾るように、フィギュアなどのグッズが並んでいる。


 そんな中でも一際目立つのは、そのままベッドに使えてしまうほどのサイズのカプセル型の物品だ。


 これはVR用筐体である『ユアコネクト』。その高級品のカプセルタイプのモデルだ。


「じゃあ、私はゲームに行ってくるね。ユアコネクト内の空調と連絡設定はいつも通り」

『わかりました。応援しています、依織』


 カバーを開けてカプセル型のユアコネクトに入り、適度な柔らかさのマットに横になる。

 慣れた様子でユアコネクトのシステムを起動した依織は、眠るように仮想世界へと旅立っていった。


 まずはVRホームにログインし、そこで何をするかを選ぶ。

 VR用筐体からログインしても、すぐにゲームに入ることはない。

 依織は操作端末に設定しているパソコンで、『ユメライフ・メタバース』というゲームの起動を選択した。


 ログインメニューに入れば1アカウントの作成上限である10体分のキャラクター名が並ぶ。

 その中で一番上に居る、藍色のドレスに緑色の髪の美少女キャラクター『ムーレムリア』を選択する。


 依織はムーレムリアとしてゲームの中へとログインした。





 大陸闘技会の決勝戦会場。

 

 少しの遮蔽がある円形のリング。

 その周囲には観戦席があり、これは古代の異国の地にあったコロッセオをモチーフとされている闘技場だ。


 リングの上で、この大陸のプレイヤー2名による頂上決戦が行われている。


 緑の髪を靡かせながら、ニコニコと楽しげな様子で戦う藍色のドレスの女性はムーレムリア。

 彼女はグリップを保護する形で存在する打撃用のスパイクが付いたハンドガンを2丁握り、ドレスをはためかせながら立ち回る。


 それに対するのは黒い髪を雑にまとめた浪人風の老練な男性、川上清山かわかみせいざんだ。

 彼はその風貌の通りに、腰に差した刀の大小を使う。

 打ち刀を握り、鋭さを静けさで隠しながら研ぎ澄まされた切っ先を向けている。


『ムーレムリア選手、川上清山選手、ともに譲ることはない熾烈な戦いが繰り広げられています! 両者ともにここまで圧倒的な強さを見せつけたプレイヤーです。やはり強い! 川上清山選手、弾丸を斬るとかあなたはいったいなんなんだあ!!』


 観客の熱気も凄まじい。

 戦闘が、実況が、状況が、この頂上決戦を盛り上げる。

 VRゲーム黎明期はすでに過ぎ、リアルな仮想世界での戦いが始まったのはもうすでに何年も前のこと。

 しかし、だからと言ってリアルな戦闘をこのレベルで繰り広げられるプレイヤーはほとんどいない。


 Eスポーツというのが人気を博した時代があったが、今の時代のゲーム系スポーツはその時の人気をはるかに上回る。

 それだけユーザーが居ても、ほんの一握りしかその境地に踏み入ることは出来ない。

 VRゲームでの達人は、肉体スペックの限界はあれど、現実でも達人足りえるのだ。


 そう、これはまさしく方向性の違う達人同士の戦いだった。


「わかってはいたが、さすがに厳しいか……!!」


 現実でとある古武術流派の宗家の地位についている清山が、目の前のドレスの女性を前に小さく呟く。

 格闘家のような動きを見せる、両手に特徴的な様相のハンドガンを握ったドレスの女性。

 攻撃と防御の速度と精度、相手の戦術レベルに対する読み、そのすべてがまさに舌を巻かざるを得ないほどの一級品だ。


 ムーレムリアのジョブはガンスリンガー。サブにグラップラー。

 川上清山はソードマン。サブにブレイダー。

 当然ガンスリンガーは近距離ではなく、中距離以上の射撃系火力職だ。

 だから、距離を取らせないように清山は前に出る。

 これが正しいはずなのだが、この近距離戦闘力において、清山は目の前の女性に自分が劣ると認めた。


 ガンスリンガーにとって不利な距離のはずだが、ムーレムリアはそれを意に介することはない。

 両手に握られたスパイク付きのハンドガンで、むしろ果敢に攻め立てる。


 チャージ系スキルの効果が乗った両手の武器は赤い残光を描き、ムーレムリアの激しい挙動も相まって、彼女の戦闘は見るものに鮮烈な印象を与えた。


「(右手は潤沢だが、左手はあと3発。クイックリロードは先ほど使ったのを見た。ならば左の弾を今使わせる!)」


 クイックリロードはリロードモーション自体を省略するスキルだ。近接戦でのリロードとなれば、それは大きな隙となる。

 故に清山は自分が望むタイミングでそのリロードを引き出しにかかった。


 だが……。


「っ!」

「やっぱり数えてるよね!」


 左のハンドガンで殴るように見せかけて、投棄される形でマガジンが清山に向かって飛んできた。

 それを半ば反射的に切り払ってしまった清山の技量はうなるものがあるが、強かったゆえに彼は反射で「飛び道具を斬る」という選択をしてしまった。


 その一瞬にムーレムリアはショートカット枠の操作をしている。

 マガジンを出現させた。

 しかし、握らなかったことで自重での落下が始まる。

 そのマガジンに左手のハンドガンを叩きつけるようにしてリロードを完了させていた。


「ぬかった……!!」


 その曲芸じみたリロードモーションに会場が沸き上がる。


 赤く光っていた右手のハンドガンが一度強く光った。

 これはずっとチャージされていたチャージ系スキルが解放されたことを示したものだ。


「そー、れっ!」


 巨大な接触音が鳴り、高い威力補正が乗ったスパイクが清山の刀を打ち払う。すかさずムーレムリアは一歩大きく踏み込んで清山に肉薄した。


「あははー。若いもんに席を譲ってくれても良いと思うな!」

「お前さんは、譲られるなんて玉じゃなかろうに……!!」


 左手のハンドガンが赤いスキルエフェクトを纏い、銃口から大きな発射炎と共に連続で赤く光る弾丸が吐き出される。

 至近距離故に回避できるわけもなく、防御補正がある腕を差し込んで数発受け止めたが、その弾丸は清山の体力を大きく削っていく。


 状況はムーレムリアが押している。

 とはいえ、ムーレムリアのビルドはかなり脆いので、一手の間違いが命取りにもなりえるが。


 清山は非常にやりにくそうにしているが、当然だ。

 それはムーレムリアの戦闘の異質さに理由がある。


 言うなれば、ガンカタとか、銃格闘とか言われる類の戦闘を繰り広げてくるのが、ムーレムリアだ。

 お前ガンスリンガーだろ。距離とって弾撃てよ。というのは多くの人が思うことだろう。

 なんでガンスリンガーなのに距離詰められることが弱点にならねえんだよと。


 そんな戦闘術はない。

 確かにそうだろう。


 作ったのだ。強くて、カッコよくて、楽しい戦闘術を。


 ムーレムリアは銃を使った格闘のVRバトルトレーニング系ソフトを自作し、それの調整を繰り返しながらやり込んで、この銃格闘のスタイルを作り上げた。


 いわば、流派の開祖である。


 現代に突如現れた、創作の中にしかなかったような、不条理にしかみえない戦闘法。

 既存の戦闘スタイルとは術理が全然違う。

 対処が難しいのも、致し方ないことだろう。

 知らないものの対処は難しいのだ。


「(本当に、武術を知っているという動きだな。どこでこのレベルの対処を学んだのか、やりにくい……!)」


 近すぎては弾かれた刀を引き戻して振るのも難しい。

 刀の間合いを取り戻そうと一歩下がった清山に、ムーレムリアがそのまま踏み込んで追いすがる。


「『ブランドエイム』」

「っ!!」


 清山もこのスキルは知っている。

 距離が近いほどダメージボーナスが乗る弾丸を装填するハンドガン専用の高威力スキルだ。

 ガンスリンガーは基本的に通常攻撃がメイン火力となる少し特殊な戦闘職だが、こういう大味なスキルも存在している。


 もうすでにムーレムリアは清山の懐に入っている。


「(近すぎる。逆手に、いや、銃口に脇差を置ければ……!)」


 清山が刀を引き戻すのをあきらめて、脇差に手を添えた。

 その手の手首に、ムーレムリアの右手に握るハンドガンのグリップが押し付けられる。


「(っ! 抜けんかっ……!)」


 ムーレムリアが一枚上手だった。

 両手のハンドガンの引き金が引かれる。

 負けを悟った清山が悔しさを宿しつつも称賛と羨望を乗せて、口を動かした。


「ははっ、天晴だ」


 ブランドエイム特有の青い大きなマズルフラッシュと、通常射撃よりもはるかに大きな発射音が大量に連続で轟いた。


 HPを失った清山のアバターがどさりと背後に倒れる。


『っっ!! 決まりました! 決まりましたあ! 勝者、ガンスリンガーなのにグラップラーよりも格闘戦強いあいつ何なの? で有名なムーレムリア選手です。5サーバーの第一回大陸闘技会はムーレムリア選手の優勝です!!』


 この大陸の第一回大陸闘技会の優勝者はムーレムリアに決まった。

 ガンスリンガーで格闘戦をするという異色のプレイヤーだ。

 


 戦闘で使ったリングには表彰用の舞台が作られている。

 そこには1人の女性と、2人の男性が乗っている。


 圧倒的な強さのままに勝ち抜いた優勝者のムーレムリア。

 戦国一刀というクランに所属する2位の川上清山。

 3位になったのは戦国一刀のクランリーダーの山岸以蔵やまぎしいぞう


 戦闘もできる生活系VRMMOゲームの中で戦闘系クランとして有名な戦国一刀はそれに恥じない成績を残した。


 優勝者インタビューが行われることとなり、ムーレムリアがマイクを受け取る。


 ムーレムリアはニコニコと笑みを浮かべていた。

 優勝した喜びだろうか? いや、違う。彼女の瞳は違う景色を見ている。


 1つの企みだ。彼女はこの状況を狙って出場していた。

 だからムーレムリアは笑顔で口を開く。

 インベントリから紋章を描いた旗を取り出して、それを握り舞台に立てながら。


「私は、ロールプレイがしたい!」


 どよっ、とちょっとしたざわめきが広がる。


「私は、ロールプレイが見たい! 私は女王様になりたい! だけど、どこもかしこも遊べる環境がない!」


 大陸闘技会の優勝者で、その優勝者インタビュー。

 ムーレムリアが目的としていたのは、現在可能な最大限の状況を利用しての、宣伝と勧誘である。


 決勝戦に関する話になると思って注目していた者たちは、急な流れに目を瞬かせた。

 それは近くにいる清山と以蔵も、インタビューのためにマイクを渡した司会者も例外ではない。


 しかし、この場は大陸闘技会の優勝者が決まった後の大舞台。

 今も熱気が冷めることはなく、普段感じることはない不思議な熱量を感じさせている。


「そういうゲームだ。ロールプレイがしたい奴、絶対いるよね? 私はゲームクリエイターをやっている。カスタムAIで色々すでに準備もしている。あとは人を集めて、それに合わせて微調整していくだけだ」


 テンプレートを利用してゲームを組み上げるように作るゲームプロデューサーではなく、高度なAI利用知識を持ち、根本的な部分から作り上げることができるゲームクリエイターという希少な専門職。

 そこに少しの驚きが見えるが、それはすぐに熱量へと変わる。


「だから私はクランを10個作った。1アカウントで10キャラまで作れるから、1キャラ1クランだね。そのクラン10個で同盟を2個作り、まとめ上げてアトランティス帝国を作り上げる」


 展望を述べる。

 何のために自分がここに来たのかを告げる。

 状況が、圧倒的な強さを見せて優勝したという背景が、不思議な説得力を作り上げる。


「だから、ロールプレイがしたい奴、私のところに来い! 私と一緒に、誰にも邪魔されることなく、存分にロールプレイを楽しもうじゃないか! 私はアトランティス帝国建国の女帝ムーレムリアになりたい!」


 『ユメライフ・メタバース』このゲームは、生活系VRMMOだ。


 戦闘は出来る。だが、冒険者として活動したり、そこで生きる人になったり、なにかを作ったり、村や街を作ったり、商売に精を出したり。

 ファンタジー世界での生活と交流を目的としていたメタバース系ゲームだった。


 だから居るのだ。

 それを目的にこのゲームを買ったけど、そういうプレイをしている人が周りに居ないから、他と同じように遊んでいるだけだったという人が。


 熱に浮かされるように、不思議なざわめきが闘技場の中に漂っていた。


 これがすべてのサーバーを合わせても断トツで巨大な勢力であり、ロールプレイがしたい奴らの集まり、そんなシステムがない中で出現したシステム外の国家の始まりだった。


 こうして、アトランティス帝国が建国された。

 ロールプレイしたい奴らの楽園がこの大陸に生まれた。



「そうだった、女帝だった。女王様じゃないわ。……まぁいいか。でも女王様のほうが語呂は好きなんだよね。んー……どうすっかねえ」


 そんなつぶやきは小さく消えていった。




###あとがき###


 投稿初日はプロローグと1話から3話まで公開しています。

 ストックが少しあるので、少しの間は毎日投稿を行い、その後に3日に1回ほどの投稿頻度へと変えようと思っています。

 ずっと毎日投稿は、私ではいずれ執筆が投稿に追い立てられる形になると思うので、見直しや調整のためにも最初から少し余裕を持たせた形で出発してみようと考えました。


 最強女王様が楽しく遊んでいる人たちと一緒に楽しく遊び、時に降りかかる火の粉を跳ね飛ばす。

 こんなゲームを遊んでみたいな、創作の中のVRMMOが実現したらこういう技術とかに支えられていそうだよね、こういう変態ゲーマーいそう、そんな風に考えていたのを形にした物語です。


 どうか、よろしくお願いします。

 小説の投稿自体初めてなので、お手柔らかにお願いします。

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