第2話 バレンタインの戦い

 合コンからしばらくして。


 バレンタインデーももうすぐそこに迫るという2月の初め。


 その年の京都も寒い日が続いていた。


 大学というのは年が変わったあとはテスト期間を残すのみで、それすらも2月の初めには終わってしまうのだった。


 4月の授業開始まではあまりすることがない。


 こういうときにはやはり女のコと遊びに行きたくなるのも仕方のないことだろう。


 そういうときのことだった。


 ダダからの電話があったのは。


「時間ある?ほら●君、前に言ってたじゃない?誰か女のコ紹介してほしいって」


 そんな内容の電話を受けて、僕はその日の夕方、約束の河原町まで出かけていったのだった。


 *****


 待ち合わせの場所についてみると、そこにはダダ星人が一人立っているだけで来ているはずのもう一人、最近彼氏と別れたばかりだという小泉今日子の姿はなかった。


 僕「あれ?友達は?」


 ダダは少し後ろめたそうな顔をして、


 ダダ「ごめん、来れなくなったって」


 まだ携帯電話も普及していなかった当時のこと。一度家の電話から離れると確かに連絡できなくなるのは分からない話ではない。


 僕「そっか。じゃあ帰るよ」


 僕がまだ小学生の頃の話だ。


 当時僕らのあいだ、いや、日本中でビックリマンシールが大流行して社会現象にまでなっていた。


 そして至るところで問題になったのが、「シールを取ってお菓子を捨てる行為」。


 つまり彼らにとっての目的はシールのみにあり、お菓子ではないのだ。


 たとえウェハースが「自分こそが主役であるべきお菓子である」と主張していたとしても。


 僕もどっちかというとビックリマンシールの入ってないウェハースには興味はなかった。


 しかし。


 ダダ「え~、帰っちゃうの?せっかく来てもらったのに悪いよ~。プリクラ見せてあげるから」


 ・・・・・。


 一時間後、僕はダダと二人でお酒を飲んでいた。


 ダダ星人と隣り合わせに座っていた僕は正面の鏡越しに彼女の顔を見つめていた。


 ヘビに睨まれたカエルというのは身動きができなくなるというが、それは目を合わせるからいけないのだ。


 彼女の視線は酔った勢いか、危険な光を伴っていた。


 ダダ「・・・とかいうことがあってもうホントにおかしかったの。ね、聞いてる?」


 彼女が横から覗き込む。


 僕「・・・ん?」


 一つ気にかかることがあって、話はうわの空だったのだ。


 よく見てみるとこの女、少し西川のりおに似ている。


「ねえ、ズンタカタッタ、ズンタカタッタって言って」


 しかしその言葉は少し酔った僕にも口にする勇気はなかった。


 プリクラをエサにここに来たのだが、その目的はもはや果たされた。


 ダダ「そんでね、そのときに結局レースのすっごいセクシーな下着買っちゃったんだ。今度それで●君(僕)、悩殺しちゃおうかな(笑)~」


 撲殺されたほうがいい。


 そろそろ帰る時間だろうか。


 僕「そろそろ帰ろうか」


 ダダ「え?もう帰っちゃうの?まだ早いよ」


 僕は充分すぎると思う。


 ダダ「そうだ。カラオケでも行かない?」


 防音のきいた個室に二人きり。


 ベンチシートに座れば横に座るであろうダダ。


 バラードを歌うダダ。


 それは僕にとってはというよりを意味していた。


 僕「え、いいよ。最近の曲知らないし。それにほら、結構飲んでるんじゃない?フラフラだよ?」


 ダダは酔っているのかフラフラとイスの上でも安定せず、僕にあたってきていたのだ。


 そして僕は店を出て、地下鉄の駅に向かった。


 彼女を完全に見送るためである。


 その後で一人で飲み直そうと思ったからだ。


 軽い千鳥足で歩く駅までの道で、ゲームセンターがあった。


 ダダ「ねえ、ゲームしよ」


 彼女はエアーホッケーの台に寄りかかりながらそう言った。


 僕「別にいいけど・・・?酔ってるじゃん。大丈夫?フラフラだよ?」


 ダダはコインを入れた。


 ダダ「だ~いじょうぶ!・・・あのさ、何か賭けない?」


 僕「いいけど・・・、何賭ける?」


 ダダ「ん~、じゃあ、負けたほうが勝ったほうの言うことを一つ聞くっていうのは?」


 僕「別にいいよ、それで。じゃあおれが勝ったら、そうだな、無事に家までちゃんと帰ること。いい?」


 彼女に悪い気分にさせないでさっさと家に帰らせるというのはなかなか難しいのだが、こういうセリフで言うとイイ感じだ。


 ダダ「じゃあアタシが勝ったら今から●君(僕)の部屋遊びに行っていい?」


 僕はそのセリフを聞いてハッと我に返った。


 相手を上手くゲームに誘い込み、罠を張り、有無を言わせないように仕向けるその手口。


 あらゆる状況を自分に有利なように使い、目的を果たそうとするその姿勢。


 どっかで気にかかるところはあったのだ。


 この強引な展開は漫画で見たゴルゴ13のやり方に似ていた。


 僕「え?あ、まあ、い、いいよ(困惑)。じゃあそっちから」


 ガツン!


 パックが割れるのではないかと思うくらい激しい打ち方だった。


 ガツン、ガツン、ガツン・・・。


 彼女が先ほどまでフラフラになっていたのは演技だったのか。


 ダダは目を爛々と輝かせて激しくパックを打ちつけていた。


 ウサギを追うライオンの目だった。


 僕は負けるわけにはいかなかった。


 ガツン、ガツン、ガツン・・・。


 激しいラリーが続く。


 彼女の動きはとても酔っているとは思えず、むしろマグネットコーティングでもしたのか?と思うくらい反射が速かった。


 来るなら来い、3号機!


 僕は通常の3倍のスピードで迎え撃った。


 そしてゲームは4-4の場面を迎えた。


 私ではヤツに勝つことはできないのか?


 ガツン、ガツン、ガツン・・・。


 僕「今度のバレンタインなんだけど・・・、」


 ダダ「え?」


 ダダが僕を見た瞬間を見逃さなかった。


 カラン。


 パックはダダ星人のゴールに決まった。


 僕は地球を守ったのだろうか?


 僕「・・・何曜日だっけ? あ、勝った勝った」


 その後僕は文句を言うダダ星人を適当になだめつつ、駅まで送った。


 僕「勝負は勝負だからね」


 僕が負けていたらそんなこと言ってはいないだろう。


 しっかりと改札を抜ける彼女を見送って、僕は空を見上げた。


 キレイな星たちが僕の勝利を歓迎しているかのようだった。


 やったよ、父ちゃん、おれ、宇宙人に勝ったよ!

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