「灰色のゲームディレクター」レトロゲーム夜話①

どろ

第1話

 蛍光灯が白々しく照らすオフィス。


 俺――高田浩介(たかだ こうすけ)は、モニタに並んだ数字を睨んでいた。


 担当しているスマホゲームの売上KPIノルマ

 達成率は悪くない。

 むしろ、目標をわずかに上回っている。


「高田さん、マスタ更新しました。プルリク投げるんでお願いします」


 若いプランナーが、眠そうな目をこすりながら報告に来た。


「お疲れ。週末はゆっくり休んでくれ」


 本当は俺自身が一番休みたい。


 ここ数週間ほとんど家に帰れず、会社の仮眠室で寝泊まりするような日々だった。

 四十を越えた身体には、正直かなり堪える。


 俺の仕事はソーシャルゲームの運営ディレクター。

 いわゆる「ガチャ」でキャラクターやアイテムを手に入れるタイプのRPGを担当している。


 そこそこのヒットタイトル。会社の売上にも一応、貢献しているつもりだ

 だから俺の立場も「一応、そこそこのやり手」ということになっているらしい。


 仕事が嫌いなわけじゃない。

 チームは優秀だし、ユーザーが「アツく」なってくれる瞬間には、やりがいも感じる。


 けれど、心のどこかで常に虚しさが付きまとっていた。


 追いかけるのは課金率、継続率、アクティブ数……そんな数字ばかり。


 どうすればユーザーにもっと課金してもらえるか。ユーザーを飽きさせずに引き留めておけるか。

 毎日そんなことばかりを考えている。


 もちろん、それがビジネスであることは分かっている。

 分かってはいるけれど、時々、猛烈に虚しくなるのだ。


 俺たちが提供しているのは、本当に「ゲーム」なのだろうか、と。


 俺が子供のころ夢中になったゲームは、もっと純粋に「楽しい」ものだった気がする。

 ファミコン、スーファミ、PCエンジン、メガドライブ……そして、90年代のパソコンゲーム。


 限られたスペックの中、知恵と情熱が注ぎ込まれたドット絵の世界。

 思想に満ちたゲーム性とシナリオ。

 いつまでも心に残る音楽。


 そこに「魂」が宿っていたように思えるのだ。


「……よし。帰るか」


 食い物屋が閉まり始める時間だ。

 今日くらい早めに帰ってもいいだろう。


 ウィルス騒動以来、深夜にまともな飯を食わせる店が減った。

 一人居酒屋という柄でもない。

 俺はメンバーに声をかけ、重い身体を引きずるようにオフィスを出た。


 駅へ向かう途中、ふと大型ビジョンの広告が目に留まった。


 『レトロゲームダイバー、ついに発売! あのゲーム体験を、現実に。』


 フルダイブ型VRゲーム機。

 脳波インターフェースで五感すべてを再現し、完全な没入体験ができるという触れ込み。

 出た当初は自家用車並みの値段だった。


 会社が何台か購入したから、もちろん触ったことはある。


 好きになれなかった。

 最初の数回は驚くが、慣れてくると、俺には全部同じゲームに感じた。

 莫大な開発費をペイするとなると、似たようなジャンルにならざるを得ない。


 もちろん、それぞれが違う魅力を持っていて、内容にも心血を注いているのだろう。

 頭では理解できるが、それを感じ取るには、しっかりとプレイしなければならず、こちらにはそれに費やす時間がない。


 まあ別にそれで問題はない。

 俺の仕事とは「畑」が違う。


 しかしまあ、レトロゲームの世界に入れるVRとは上手いこと考えたものだ。


 豊富な既存資産を転用することで、サブスクリプションによる早期リスクヘッジや、施設へのレンタル展開など、諸々の事業計画も通りやすい。

 40代、50代のゲーム人口を考えれば、成長計画も作りやすいのだろう。


「レトロゲームに、ダイブ……ね」


 馬鹿げている、と思った。


 思い出は思い出のまま、それを懐かしむためにブラウン管の画面とチープなコントローラーでたまにプレイするから良いのだろう、と。


 けれど、心のどこかで強く惹かれている自分もいた。


 あのころ、画面の向こうに広がっていた世界に実際に入り込めたら……? あのキャラクターたちに、また会えたら……?


 値段は高価だったはずだ。

 ボーナスをつぎ込んで少し足が出るくらいか。


「……買ってみるか」


 誰に言うともなく俺は呟いていた。


 衝動買いに近い。

 けれど、今の俺には、何かを変えるきっかけが必要な気がしたのだ。


 あるいは、日々の虚しさを埋める何かを俺は無性に求めていたのかもしれない。

 たとえそれが、仮想現実への逃避だとしても。


 俺は量販店に走り『レトロゲームダイバー』の宅配予約を入れて、家路についた。

 

 俺はまだ知らなかった。

 その選択が、俺の止まっていた時間を再び動かすことになろうとは……。

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