演劇原稿:試作品

にのまえ(旧:八木沼アイ)

「揃わないルービック」

 終電まであと20分。改札口でスイカのチャージがないことに気づいた二人。


原田 でさぁ、彼女がここの駅前にある宝くじにハマっちゃってさ。だから言ってやったんだよ、宝くじなんてあたらないって。

塩崎 はは、それこそ沼にはまった奴にいうセリフがあるじゃないか。

原田 なに?

塩崎 グッドラックって。

原田 やかましいわ。


   ぶぶー。


原田 あれ、通れない、うそだろ。

塩崎 おいばか、ちゃんとチャージしとけ、見てろ。


   ぶぶー。


塩崎 ...まじ。

原田 お前もじゃねぇか。

   と、半笑いで。


塩崎 二人そろってどうすんだよ。

   と、時計を確認する仕草。


塩崎 あと二十分で終電来ちまうぞ。

原田 あぁ、どうしよう。

   財布を二人とも確認する。

塩崎 ダメだ、十円しかない。

原田 あぁ俺もだ、さっきの飲みで消えたな。

   改札口の先にあるベンチに座っている佐伯。

塩崎 うん?...あれ、佐伯じゃないか。おーい佐伯!


   佐伯は気が付いたような素振りをする。

   原田は気まずくなり、目線をそらしながら落ち着かない様子。


佐伯 あ。塩崎くん、と、誰?

塩崎 あーこいつは、原田。

原田 ...どうも、原田です。

佐伯 ...佐伯です。

塩崎 あれ、原田にまだ紹介してなかったっけ?三か月前くらいにできた、俺の彼女の佐伯。

原田 へぇ、そうなんだ。

佐伯 どうも。

塩崎 あ、ちょっとまって、さっき飲みすぎたのかトイレ行きたくなってきた。ちょっと待ってて。

原田 あぁ、わかった。


   塩崎は一旦離席。


佐伯 なんで、ここにいるの?

原田 俺が聞きてぇよ、あー最悪、酔いも冷めた。

佐伯 最悪?、終電前に元カレに会う気持ちも考えてくれる?

原田 じゃあ元カノに終電前に会う気持ち考えたことある?んでなにしてんの。

佐伯 そういうとこだよ。

原田 俺の質問に答えて。

佐伯 あんたに貰ったネックレス、海に投げてきた。これでいい?

原田 聞かなきゃよかった。なんで塩崎と付き合ってんの?

佐伯 え?

原田 ラインのアイコン5歳の時の写真にしてるやつのどこがいいかって聞いてんだよ!


   数秒考えこむ。


佐伯 あの人は...


   原田が食い気味に割り込む。


原田 どうせ優しさとかだろ。

佐伯 え...

原田 お前は優しさが足りてないから、おばあちゃんの家に行って、もっと優しさを供給されるべきだ。優しさを何か間違った方法で受け取ってる。だからあんな奴と付き合ってるんだろ?

佐伯 あんたよりはマシでしょ。

原田 は?俺のどこよりマシなんだよ。

佐伯 あんた、まだあの財布使ってるの?

原田 もちろん。

佐伯 大学生にもなって、べりべり財布使ってる人見たことないよ!

原田 おい全世界のべりべり財布使ってる人を敵に回したぞ!

佐伯 多分、勝てるよ...

原田 もっとあいつよりマシなところあっただろ。


   塩崎が戻ってくる。


塩崎 あぁごめんごめんめっちゃ混んでたし、手洗ってない。

原田 んなわけねぇだろ終電前だぞ。

塩崎 うそうそ、でも手洗ってないのは本当。

原田 ねぇなんでこんなやつと付き合ってるの!?

佐伯 あんたに関係ないでしょ!


   塩崎は二人を交互に見つめる。


塩崎 え、初対面じゃないの?もしかして、佐伯の元カレって...原田?

原田 俺たちまだやり直せるって、自販機のおつりのとこ毎回漁るやつなんかとは別れて、俺と付き合おう!

塩崎 無視?ちょ、ちょ、ちょ待てよ。

原田 俺は絶対にツッコまないからな。

佐伯 やめて!私のために争わないで!

原田 ほんとに言う人いるんだ。

塩崎 やめてくれよ、こんな終電間際にみっともない。あとさっき俺の悪口言った?


   ここで高木が、原田と塩崎の横を通って、改札口を抜ける。


原田 あれ、おい高木!   


   原田に声をかけられ、イヤホンを取りながら、立ち止まり、振り返る。


高木 あれ、原田君じゃん!え、塩崎、くんも。

原田 え?

塩崎 高木。あー、原田、こいつ、俺の元カノ。

高木 どうも。なんで塩崎君がここに?

塩崎 友達と、飲んでた。

高木 へぇ。

   高木は佐伯の顔を覗く。


高木 あれ、あなた佐伯さんですか?なんで自販機のおつりのとこ毎回漁るこんなやつと付き合ってるんですか?

塩崎 え、俺めっちゃ可哀想じゃない?

佐伯 もういいんです、べりべり財布使ってる人じゃなければ。

原田 べりべり財布使ってる人に親殺された?

塩崎 そのツッコミのフォーマット使い古されてるよ。

原田 ラインのアイコン5歳の時の写真にしてるやつに俺のツッコミをとやかく言われる筋合いはねぇよ。

佐伯 ていうか、高木さんはなんで私の顔も名前も知ってるんですか?

高木 私、原田君の彼女で、元カノの写真を見ちゃったんです。その時に名前も顔もなんか覚えてて、この状況的にその人かなって。

佐伯 あーそうなんですね。

塩崎 え、嘘だろ。高木、原田と付き合ってんの?

高木 うん。

塩崎 原田、宝くじ好きな彼女って、高木のこと?

原田 俺が奨学金で困ってる話したら、最近宝くじ買うようになったんだよ。

佐伯 めっちゃ可愛いじゃないですか。なんでこんなべりべり財布使ってる人と付き合ってるんですか。

原田 もう俺の財布をいじるな。

高木 まぁ、優しさですかね。

佐伯 おばあちゃん家、もっと行った方がいいですよ。

高木 はい?てか、なんで二人とも改札口前に立ってるの?もう終電五分前だよ?

塩崎 俺たちスイカのチャージなくて、金もないんだよ。

原田 だから助けてほしいんだ。

佐伯 ごめん、私は電子マネー派で、現金持ってなくて。高木さんはどうですか。

高木 私も電子マネー派なんですよ。あ、ちょっと待ってください。

   ポケットやバッグを叩く仕草。

高木 ありました。ポケットに、昨日買ったスクラッチが二枚入ってたんだけど、二人とも、これに賭けてみる?

原田 それしかないなら。

塩崎 そうだな。


   ポケットからスクラッチを取り出し、手を伸ばして、二人の方へ渡す。

   原田と塩崎がスクラッチを受け取る。


高木 六賞が三百円だから、原田君と塩崎君の最寄り駅までの切符は、ギリ買えるね。

佐伯 あ、確かあの宝くじ売り場無人だから、あたりのチケット入れればお金出てくるはず。

原田 ありがとう。まって、削るやつ。あ、財布の中、この時のために十円玉があったんだ。

塩崎 よかった、俺も一枚だけあった。

原田 これが、俺たちにとっての最後の切符か。

塩崎 ...そうだな

原田 時間ないからすぐに削るぞ。

塩崎 よし、あたれ!


   二人は床に突っ伏して勢い良く削りだした。


原田 よっしゃああ、六賞!!


   ガッツポーズをする原田。絶望する塩崎。


塩崎 噓だろ...

原田 おい、どうしたんだよ、そんな暗い顔して。


   塩崎に三人が注目する。


塩崎 三百、万円。一等当たった。


   三人がオーバーに、驚愕の声を上げる。


佐伯 塩崎君、結婚しよう。

原田 あんま三百万で踏み切んねぇよ。もっと長期的に見ろ。絶対株とかすんなよ。

高木 すごい、こんなことが起きるなんて。あ、でも、高額当選者は無人の売り場で返還できないんだ。

原田 え、じゃあ塩崎、お前帰れねぇじゃん。

塩崎 なんか、すごい複雑だ。嬉しいのか、悲しいのか。

原田 と、とりあえず、そこの宝くじ売り場で三百円おろしてくる。


   原田が一旦離席


高木 えーっと、塩崎君、どんまいだね

塩崎 そういえば、原田、しれっと浮気しようとしてたよな。

高木 ...え?

塩崎 佐伯さんに、俺と別れて付き合ってくれって死ぬほど懇願してたよ。

高木 どういうことですか佐伯さん?

佐伯 それは、その、事実ですね。

塩崎 なんなら佐伯も満更でもなさそうだったね。

佐伯 ...


   佐伯は気まずそうに二人を見る。


高木 塩崎君、腐っても佐伯さんはあなたの彼女でしょ、そんなこと言ってて悲しくならないの。

塩崎 あぁ、悲しいよ、でも今の俺にはこの三百万がある!

   

   塩崎はチケットを握りしめる。


高木 そんなんだから自動販売機のおつりのところ毎回あさるんだ。

塩崎 自動販売機に三百万は落ちてないよ。

高木 はぁ、こんなんなら、べりべり財布使ってる人の方がマシだな。

佐伯 いや、無理でしょ、あなたB専ですか?

高木 B専のBをべりべり財布使ってる人って認識してる人初めて見ました。


   原田が戻ってくる。


原田 切符、ゲットした。ごめん、塩崎、先行くよ。


   ピンポーン


原田 よおし、あと三分か。早くいかなきゃな。

高木 その前に原田君、佐伯さんと復縁したいってどういうこと?

佐伯 ごめんね、やっぱり、べりべり財布使ってる人は無理。

   佐伯と高木に睨まれる原田。

原田 おい、塩崎...

塩崎 ごめん。全部言った。なぁ、原田。


原田 ...なんだ?


塩崎 グッドラック。


   チケットを握りながら、塩崎が言う。

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