Modを入れたら異世界トリップ!? ~千のクエストクリアするまで帰れま1000!?~
パクリ田盗作
シーズン1
第1話 流星と共にきた男
薄暗いアパートの一室は、まるで時間が止まったかのように静まり返っていた。埃っぽい空気やカビ臭さが鼻にまとわりつく。
部屋の隅には、白いビニール袋が口を縛られたまま積み重なり、中にはカップラーメンの容器や弁当のプラスチックパックが透けて見える。ごみの日を何度もやり過ごした結果だ。床には空の缶ビールが転がり、軽い風に触れてカランと小さく音を立てる。
窓の外では、東京の夜が無機質に広がっている。ネオンの光が薄汚れたカーテンの隙間から漏れ、壁に淡い影を落としていた。
部屋の中央、ぼんやりとしたノートパソコンの光が唯一の明かりだった。画面の青白い輝きが、この部屋の主である大男の無精髭に覆われた顔を照らす。
深山祐介、三十六歳、元自衛隊に所属しており、除隊後は傭兵として世界各地を転々としていた。
だが今は無職で貯蓄を切り崩しながら東京の片隅にあるぼろアパートに住んでいた。
ヨレヨレのグレーのスウェットに身を包み、猫背でキーボードを叩いている。右眉にはナイフで斬られた痕があり、その傷が厳つさ目付きの鋭さを増していたが、その瞳には生気がなく、ただ虚ろに画面を見つめていた。
壁に貼られた一枚の写真が、部屋の荒廃を際立たせる。乾いた血痕のように赤黒く染まった写真にはかつて所属していた傭兵チームのメンバーたちが写る集合写真。そのうち二人の顔は黒いマーカーで塗り潰されている。
ふと深山はその写真に視線を向ける。
塗り潰された人物はかつては同じチームに所属する傭兵仲間だった。
だが裏切り者は欲に目がくらみ、クライアントと仲間を裏切って敵側に寝返った。
裏切り者達が流した偽の情報で罠にかかったチームメンバーは深山以外は全員死亡。祐介自身も重症を負い、生死の境をさ迷った。
奇跡的に一命を取り留めた深山の心にあったのは復讐心だった。死んでいった仲間の仇を討つために何年もかけて裏切り者を追いかけ、最後は仲間の仇を討って復讐を果たした。
だが、その代償として燃え尽きてしまったのか、彼の心には空虚だけが残った。傭兵もやめて日本に帰国してからの数ヶ月、定職にもつかず、家族も友人もいない無機質なアパートで、ただゲームに逃避する日々。現実を忘れるための、虚しい儀式だった。
今夜、深山がプレイしているのは『クロスロード・サーガ』というRPGだ。19世紀末の西洋風ファンタジー世界を舞台にしたゲームで、魔法と蒸気機関が共存する独特の雰囲気がある。
『クロスロード・サーガ』の世界なら、仲間も裏切りも忘れられるかもしれない――そんな淡い期待が、深山をゲームに向かわせた。
だが、どれだけクエストを進めても、深山の心は満たされない。ゲームの世界にすら熱中できない自分に苛立ちながら、彼はマウスをクリックしてゲームを中断した。
「……つまんねえな」
低い、掠れた声が部屋に響く。深山は缶ビールを手に取り、残り少ない中身を一気に飲み干して、空のビール缶が貯まっている場所に投げ捨てる。カラン、と音を立てて空き缶がゴミ山に落ちる。
彼はノートパソコンの画面をスクロールし、Modのリストを眺めた。ゲームを少しでも面白くする何かを求めて。
「『異世界トリップMod』? なんだこれ、ジョークか?」
画面に表示されたModの説明は、ふざけた文言で埋め尽くされていた。「ゲームの世界に異世界トリップ! 1000のクエストをクリアして帰還せよ!」とある。深山は鼻で笑った。こんな子供騙しに引っかかるやつがいるのかと思いながらも、暇つぶしにインストールをクリックした。他にも戦闘強化やグラフィック向上のModをいくつか選び、ゲームを再起動する。
その瞬間だった。
ノートパソコンの画面が突然、真っ白に光った。まるで太陽が部屋に飛び込んできたかのような眩しさ。
深山は反射的に目を覆ったが、光は彼の全身を包み込む。体が浮くような感覚。耳鳴りが響き、意識が遠のく。次の瞬間、すべてが静寂に変わった。
目を開けると、そこは見知らぬ世界だった。
気がつくと深山は柔らかい草の上に倒れていた。頭上には青い空が広がり、太陽の光がまぶしく照りつけている。そよ風が頬を撫で、遠くで川のせせらぎが聞こえる。東京の喧騒も、埃っぽいアパートの匂いも、すべてが消えていた。
「……なんだ、これ」
深山はゆっくりと立ち上がり、周囲を見回した。目の前には、石造りの円形の祭壇が広がっている。
苔むした石柱が円形に並び、中央には青く光る水晶のような岩が突き刺さっている。祭壇の周囲は草原で、色とりどりの野花が風に揺れている。
その向こうには、大きな川が太陽光を反射して輝いていた。川の中央には、巨大な鉄橋がそびえ、蒸気機関車が白い煙を吐きながらゴトゴトと渡っていく。空には、青空を背景に飛行船がゆっくりと浮かんでいる。遠くに見える都市のシルエットは、尖塔やドームが陽光にきらめき、まるで絵画のように美しい。
深山は目を細め、遠くの風景を観察した。鉄橋の両岸には、異なる文化の建築が見える。川の西側には、白い石造りの荘厳な建物が整然と並び、まるでヨーロッパの古都のような雰囲気だ。東側は、木造やレンガ造りの建物が雑多に混ざり合い、煙突から煙が立ち上る賑やかな街並み。
交易路には馬車や荷車が行き交い、川沿いの埠頭には小型の蒸気船が停泊している。飛行船は、王侯貴族の紋章を掲げたものと、色鮮やかな旗を掲げるものが混在し、交易の中心地らしい活気を漂わせていた。
「……まさかゲームの世界か?」
深山の脳裏にふと、『クロスロード・サーガ』の舞台が浮かんだ。
魔法と蒸気機関が共存するファンタジー世界。鉄橋や飛行船は、ゲーム内の都市を彷彿とさせる。だが、これはゲームのグラフィックではない。
風に混じる草の香り、太陽の暖かさ、遠くの汽笛の響き――すべてが現実だった。
「まさか……あのMod、ガチだったのか?」
混乱が頭を支配する。深山は自分の体を見下ろした。ヨレヨレのスウェット姿はそのまま。
ポケットには財布もスマホもない。彼は周囲を見渡し、何か手がかりがないか探した。
その時、空を裂くような光が走った。流れ星だ。昼間の青空にもかかわらず、異様に明るい尾を引いて、祭壇のすぐ近くに落ちる。ゴウッという衝撃音と共に、地面が軽く揺れた。
深山は反射的に身構え、祭壇の影に身を隠した。だが、爆発や炎は起きない。代わりに、落ちた場所に青く光る物体が見えた。スマートフォンに似た形のデバイスだ。
「……なんだ、あれ」
深山が慎重に近づくと、流れ星の光は徐々に収まり、地面に埋まったデバイスが浮かび上がる。
彼が手を伸ばすと、デバイスは自然に手に吸い寄せられた。黒いスマートフォン型のデバイス――表面には、青い文字が浮かんでいる。
深山祐介 0/1000
その下には、ステータス画面と思われる数値が表示されている。体力、敏捷性、知力などの数値が並んでいるが、平均値がわからないため、どの程度の強さなのか判断できない。深山は眉をひそめ、デバイスを手に持ったまま祭壇の中心に立った。
「なんで俺の名前が?」
深山は突然の出来事に頭が整理しきれなかった。
デバイスはまるで生きてるように脈打ち、これが夢や幻ではなく現実だと訴えかけてるように思えた。
『1000のクエスト』――ふざけたルールだが、これが俺の命綱なのかもしれない。
直感的にそう思った深山は脈打つデバイスをポケットにいれた。
「おーい!」
その時、遠くから声が響いた。
深山は素早く周囲を見回し、耳を澄ませる。草の擦れる音、遠くの川のせせらぎ、飛行船のプロペラ音。その中に、かすかな足音が混じる。
誰かが近づいてくる。深山の視線が鋭くなり、身体が自然と構えを取った。右手が拳を握り、左足が半歩下がる。風向きを確認し、音の方向を特定しようと耳を澄ます。
「ねえ! そこの人! 新しいプレイヤーですよね?」
若い女性の声だった。声がした方向に振り返ると、草原の向こうから一人の少女が駆け寄ってくる。
肩より少し長い黒髪が風になびき、薄青いチュニックに白いショートマントを羽織っている。腰には小さなポーチと、星形の装飾がついた短杖がぶら下がっている。
彼女は深山の前で立ち止まり、息を整えながらにっこり笑った。
「やっぱり! さっきの流星、昼間なのにめっちゃ明るくて絶対プレイヤーのサインだと思ったんです 初めまして! 私足立美幸と言います! よろしくね!」
深山は一瞬、言葉を失った。少女――美幸の明るい声と笑顔は、この異常な状況とあまりにもミスマッチだった。
「……お前、誰だ? ここはどこだ?」
深山は突如現れた少女に眉をひそめ、低い声で尋ねた。
美幸は少し目を丸くしたが、すぐに手を振って答えた。
「うわ、めっちゃ警戒してる! まあ、突然こんなとこ来たらビックリするよね。えっと、私もプレイヤーなの。3ヶ月前に『異世界トリップMod』でここに飛ばされてきたの。で、ここはクロスロード自治州、アイアンブリッジの郊外にある『星の御座』って聖地。星脈信仰の大事な場所なんだから!」
「クロスロード…? 異世界トリップMod?」
深山の頭に、あのふざけた説明文が蘇る。美幸はうなずき、ポーチから小さなメモ帳を取り出してパラパラとめくった。
「そうそう! あのMod、インストールして起動したら本当にゲームの世界にトリップしちゃうんだよね。で、元の世界に戻るには、クエストを1000回クリアしないといけないの。それがこのクエストカウンター!」
彼女は深山の手にあるデバイスを指さした。深山はカウンターをまじまじと見つめ、眉間のしわを深くした。
「1000回……? ふざけてんのか?」
「ふっ、ふざけてないよ! 私も最初は信じられなかったけど、ほら、私のカウンター見て!」
美幸は自分のクエストカウンターを取り出し、画面を見せた。そこには「足立美幸 50/1000」と表示されている。彼女は得意げに胸を張った。
「私は3ヶ月で50カウント! まあ、初心者向けの簡単なクエストばっかりだけどね。で、あなたのお名前は?」
「……深山。深山祐介だ」
「深山さんね! いいね、渋い名前! じゃあ、状況説明するね。まず、ここは『クロスロード・サーガ』の世界そのもの。アイアンブリッジはシルバーリーフ川の交易の中心地で、冒険者ギルドがプレイヤーの拠点になってるの。私たち以外にも、たくさんのプレイヤーがトリップしてきてて、みんなクエストをこなして帰還を目指してるんだ。ギルドはプレイヤーをサポートしてくれるし、現地の人たちも『神の試練者』って呼んで、わりと親切だよ!」
美幸の説明は、まるでゲームのチュートリアルを聞いているようだった。深山は彼女の早口に圧倒されつつ、頭の中で情報を整理した。
異世界トリップ。1000のクエスト。冒険者ギルド。まるで悪い冗談のようだが、目の前の光景――鉄橋、飛行船、青空――は紛れもない現実だった。
「で、俺もそのクエストを1000個クリアしないと戻れねえってことか?」
「そう! 新しいプレイヤーは最初0からスタート。私みたいに先輩プレイヤーが色々教えてあげるから大丈夫!」
美幸は胸を張り先輩風を吹かし、得意げに笑った。深山は片手で頭を掻き、彼女の明るさに少し眩しさを感じた。裏切りと復讐で心を閉ざした自分とは正反対の、子犬のような無邪気さだ。
「落ち着け。まだ状況が飲み込めてねえ。まず、何から始めるんだ?」
祐介の無愛想な声に、美幸は一瞬口を尖らせたが、すぐに笑顔に戻った。
「まずはアイアンブリッジのシルバーアイランドにある冒険者ギルドに行って、冒険者登録するの! プレイヤーは皆そこで登録して身分証明とか手に入れてるよ」
「分かった。行くぞ」
祐介が短く言うと、美幸は目を輝かせて飛び跳ねた。
「やった! でも、私が先輩なんだから、先に案内するよ!」
美幸は祐介を追い抜くように草原を駆け出した。祐介は小さくため息をつき、彼女の背中を追って一歩踏み出す。
深山は一瞬、彼女の背中を見つめた。3ヶ月前からこの世界にいるという少女。こんな状況で、よくもまあそんな明るく振る舞えるものだ。
深山はクエストカウンターをポケットにしまい、ため息をつきながら美幸の後を追った。
深山が異世界トリップした星の御座からアイアンブリッジへ向かう道は、大きな川沿いの小道だった。陽光が川面に反射し、眩しい光が目を刺す。道の両側には、緑豊かな農地が広がり、麦畑が風に揺れている。遠くには、木造の風車がゆっくりと回転し、農村の家屋から煙が立ち上る。
交易路には、荷物を積んだ馬車や、革鎧を着た傭兵の一団が行き交い、時折、ドワーフの商人が運転する蒸気カートがガタガタと通り過ぎる。川沿いの埠頭には、帆船や小型の蒸気船が停泊し、荷物を積み下ろす労働者の声が響き合っていた。
空には、複数の飛行船が浮かんでいる。帝国の紋章を掲げた灰色の飛行船は、厳格な直線を描いて進み、合衆国の旗を掲げた色鮮やかな飛行船は、自由な軌跡で空を舞う。
遠くの都市――おそらくアイアンブリッジ――のシルエットは、鉄橋の輪郭と共に陽光に浮かび上がる。西側の白い石造りの尖塔は、帝国の荘厳さを象徴し、東側の雑多な屋根や煙突は、合衆国の混沌とした活気を物語っていた。
「ねえ、深山さん、この世界、めっちゃリアルでしょ? ゲームだと飛行船の影とかテキトーだったけど、ほら、ちゃんと地面に映ってる!」
美幸が指さす先では、飛行船の影が農地の上をゆっくりと移動していた。深山は無言で頷いた。確かに、ゲームのグラフィックでは再現できない細やかさがあった。川の流れに揺れる葦、馬車の車輪が跳ね上げる土埃、農民の子供が道端で遊ぶ笑い声――すべてが生きている世界だった。
「クロスロード自治州は、グランツェル帝国とエステリア合衆国の間にあって、交易のハブなんだ。帝国は西側で、貴族主義の白人系が多くて、魔法と蒸気機関を融合させた戦車とかロボットを使ってるの。合衆国は東側で、多民族とエルフやドワーフが混ざってて、飛行船技術がすごいんだよ。で、アイアンブリッジはシルバーリーフ川の中心都市で、川の中洲にギルドがあるの!」
美幸は歩きながら、メモ帳を片手に蘊蓄を披露し続けた。彼女の声には、ゲームオタクらしい情熱が込められている。深山は黙って聞いていたが、内心ではこの世界のスケールに圧倒されていた。
ゲームの知識はあったが、実際に目の当たりにすると、そのリアルさに息を吞む。交易路の喧騒、飛行船のエンジン音、遠くに見える都市の輪郭――すべてが彼の知る東京とは別次元の世界だった。
「プレイヤーはどれくらいいるんだ?」
深山が初めて自分から質問すると、美幸は振り返って答えた。
「うーん、正確な数はわからないけど、かなりの数になるよ。毎日新しいプレイヤーが流星と一緒に来るから、増えてると思う。帰還を目指す『攻略組』と、ここに残りたい『移住派』、それからクエストを諦めた『燻り組』に分かれてるよ。燻り組はスラム街で問題起こしてるから、気をつけてね」
「燻り組……」
深山の目が一瞬、鋭くなった。仲間を裏切った者、信念を捨てた者。復讐を果たして燃え尽きた者、彼の過去と重なる言葉だった。美幸はそれに気づかず、話を続けた。
「でも、深山さんは強そうだから大丈夫だよね! なんか、お巡りさんみたいな雰囲気あるし。前にどんな仕事してたの?」
「……信じるかわからんが少し前まで傭兵をやってた」
深山の短い答えに、美幸は目を輝かせた。
「うわ、めっちゃカッコいい! じゃあ、戦闘クエストも余裕かな? 私、戦闘は苦手で、クレリックマジックでサポートしてるだけだから、強い人に会えてラッキー!」
彼女の無邪気な反応に、深山は小さく鼻を鳴らした。戦闘が得意だと簡単に言えるほど、この世界は甘くないはずだ。だが、美幸の楽観的な態度には、どこか人を安心させる力があった。
小道を進むにつれ、川の流れがより近くに感じられた。対岸には、合衆国側の街並みがぼんやりと見える。木造の酒場やレンガ造りの工房、色とりどりの看板が並び、遠くで市場の喧騒が聞こえてくる。
深山はふと、胸に重いものを感じた。この世界で生き延びるには、戦う力だけでなく、信頼できる仲間が必要だ。過去の裏切りが、彼の心に深い傷を残している。美幸のような明るい少女を、どこまで信じていいのか。
それと同時にこの世界で、燃え尽きたはずの何かが変わるかもしれない予感もあった。
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