黒薔薇の執行者と初老男性
やみお
ゴミ山の一部と黒薔薇
「俺の人生…なんだったんだろうな…」
山になったゴミ袋の上で大の字になって倒れている初老の男。右の額から左下の頬まで続く斜めの大きな傷から血が流れ出ている。
「この歳になっても…恋人すら出来ねぇ甲斐性なし。…ハハッ。ゴミ山で死ぬのが…お似合いだ…」
咳き込んで吐血する。
「はぁ…せめて…あの…クソマフィアに…一泡…吹かせたか…った」
「うむ、良い意思を持っているじゃないか」
突如、覆い被さってくる少女。ゴシックな装いでフリルがこれでもかと装飾された黒一色の衣装に派手な黒薔薇の髪飾りを付けている。美しいプラチナブロンドのポニーテールにマゼンタの瞳。男は笑う。
「へぇ…死神ってのは…ガキなんだな…おもしれぇ…」
「実質、死神という感じではあるが…まあ、それはそれとして。詳しい話は貴様を救ってからにする。名を名乗れ小僧」
「ジャックマン・エンジェル・マクガイア…」
うわ言の様に名前を呟くジャックマン。
「良かろうジャック。契約完了だ」
その一言で意識が途絶える。
―
「…はん?」
目が覚めると天蓋付きベッドの上で寝かされていた。
「天国ってのは随分と洒落てるんだな」
乾いた笑いを上げながら起き上がると優雅に紅茶を飲む少女の姿があった。
「おはよう、ジャック。痛い所はないか?痒い所もだ。私の処置に不備があるなど恥でしかないからな」
「…。」
頭を押さえて記憶を呼び覚ます。死神、契約…。自身はとんでもない事をしてしまったのか。それともこれは夢なのか。訳も分からず掛け布団を頭から被って再び眠る。
「小僧!質問に答えもしない!その上、感謝の一言すら言えんのか!」
歩み寄って来た少女に布団を剥ぎ取られる。
「…訳が分からない」
「そんなに丸まって怯えるとは…ガキか貴様は!」
ひとしきり怒鳴ると態度を改めるかのように咳払いをする。
「淑女らしくなかった。失敬失敬。私はローゼンプラチナ・マリアンヌ・シュクレプーレ。ロゼと呼ぶがいい。通り名は黒薔薇の執行者。つまりは…」
一拍置いてから答える。
「名の通った暗殺者。かつ、貴様の主人だ」
「何を言っているのか分からない」
「なにぃ!?貴様は四十代後半のいい歳のじい様の癖してこんなに丁寧な説明も理解出来んのか!」
「ゴスロリのガキが暗殺者…?それに俺の主人…?」
頭にはてなを浮かべているジャックの顔を思い切り、ビンタする。
「痛っ…何をする!」
叫ぶがぶたれた頬以外にどこにも痛みはない。ただ、顔に突っ掛かりは感じる。
「鏡が見たいか。良かろう。ほれ」
豪奢な装飾の手鏡を受け取ると顔の傷は治っているものの大きな傷跡が残っていた。そして、傷に目を奪われて気付いていなかったが浮浪者そのものだった外見、伸ばしっぱなしの白髪に伸びに伸びていた髭が綺麗に整えられている事に気付いた。
「私に相応しい面の男だろう?第一印象で訳あり感を出さんとな。それに…」
ジャックを押し倒してロゼは顔を近付けて囁く。
「憎かろう。その傷を付けた輩が。復讐心を忘れるな」
離れるロゼから甘い薔薇の香りがした。
「着替えろ。主人の前で寝間着なんて礼節に欠けているぞ!」
「…。」
困った様に唸ってから指差されたクローゼットから服を取り出して、黙々と着替えていく。シャツに黒のベストというシンプルだが洗練された衣装だった。
「似合っているぞ。やはり、このロゼ様の服飾センスは天下一品だな」
ドヤ顔で自画自賛するロゼを半目で見ながら、姿見で自身の姿をみる。イケオジというのはこうなのかも知れないというどことなく自分を見ているというよりかは他人を見ている様な感覚だった。
「座れ。主人に茶を注がせるな。自身で淹れるがいい」
促されるままロゼの対面のバロック調の椅子に腰掛ける。同じくバロック調の丸机には紅茶セット一式が置かれている。カップを取って雑に茶を注ぐとロゼが怒鳴る。
「インスタントコーヒーかなにかと勘違いしているのか貴様は!次は礼儀をその身に叩き込んでやる!覚悟しろ!」
「紅茶なんてカフェで飲むか飲まないか程度だぞ…。それにお前の言う通り、インスタントコーヒー派だ」
「あんな泥水を啜るとは…頭が沸いている」
すこぶる嫌そうな顔をしている。しかめっ面のロゼを無視して部屋を見渡してからジャックは深く溜め息をついて話す。
「そりゃ、お前みたいな貴族…貴族?まあ、良い所のガキとは違って貧民階級の負け犬。贅沢なんざ知らねぇよ」
「ロゼ」
「ん?」
「私はロゼ。ローゼンプラチナ・マリアンヌ・シュクレプーレ様だ!次にガキと呼んだら脳に電極を差して電流流してやる!」
物騒な物言いに眉間に皺を寄せる。
「なんだ?不服かジャック。そうかそうか」
ロゼは立ち上がるとジャックの座る椅子を片手で倒して、転倒させてから跨がり、袖口からナイフを取り出して、眼前に突き付ける。
「お前より私は上だ。普段ならレディに歳を尋ねるなど不躾な愚者だと罵っているが分からせる為に教えてやろう。800歳だ。ほら、歳上を敬え、小僧。それと」
「実力で勝てん事も分かったろう。立ち上がって逃げる選択肢すら浮かばん平和な頭じゃな。名乗ったろう。暗殺者だと。ハグでもしてもらえると思ったのか?ん?」
ナイフよりも鋭い眼差しにジャックは冷や汗をかく。だが、恐れる前に出る言葉はこれだった。
「ババァ…ごふっ!」
腹部を思い切り蹴り飛ばされて気絶するジャックであった。
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