第30話 厄災

 記憶が戻ってから数週間後、緊急クエストが発生した。


 あの時のように嫌な予感がした。

 いや、あの時以上に嫌な予感がした。


 命より大切な何かを失う気がした。



「ネル……」


 私はすぐにネルの場所へ走った。

 王都中のネルのいそうな場所を探した。


 数時間探し回って、やっと辿り着いた。


 ネルはあの場所にいた。

 あの日、一緒に星空を見た城壁の上。

 今は星は見えないけど、ネルはそこに座っていた。


「あ、ミラさん! どうしたんですか?」


 私のことに気づき、ネルは笑顔のまま私の方を振り返った。

 その笑顔に私は安心した。


 でも、ネルの顔をよく見てみると、ネルの瞼は赤く腫れ上がっていた。


「……泣いてたの?」


 私はネルの隣に座る。


 すると、私の問いにネルはブンブンと頭を振った。


「泣いてません。ただ、苦しくて……」


 ネルはそう言うと、私から逃げるようにベンチから立ち上がった。

 私が手を掴むより前に、ネルは私の隣から離れてしまった。


「もうすぐですよ。遅れないでくださいね」


 ネルはそれだけ言って、城壁の階段を降りて行った。


 ネルの表情は見えなかった。

 それでも、胸が締め付けられるように苦しかった。


 私が育てた爆弾。

 爆発するのは時間の問題だった。


 でも、どうしようもなく死んで欲しくなかった。

 ここでネルを引き止めて、死なないように土下座して頼めば……。

 そうすれば良いのかな。


 私はできもしない妄想をかき消した。


 今は……ただ生き残ることだけを考えなくちゃ。




 *




 最後の厄災。

 死と生を司る厄災。

 今までの厄災とは次元の違う存在。


 その存在は王都の真ん中に待ち構えるようにゲートを構えていた。


 この厄災はゲートと呼ばれる特殊な領域に人間を引き込む。

 そして、その中で死と生をばら撒く。


 ゲートに入らなければ、ゲートは永遠に残り続け、最終的にはゲートの外にまで厄災を振り撒く。

 つまり、王都の中心が地獄と化してしまう。


 だから、何としてもここでこの厄災を仕留めなければならなかった。



「……ミラ。もう最後の挨拶は済ませた?」


 私が集合場所に行くと、ミリナが深刻そうな表情を浮かべていた。

 深刻そうな顔をしているのはミリナだけじゃない。

 周りの勇者パーティー全員がそんな顔をしていた。


 そして、ここにいる全ての人が大切な人に別れを告げた後だということ。


 このゲートをくぐれば、全員がほぼ確実に死ぬ。

 それくらい、この厄災は次元の違う存在だった。


 そのため、ここに足を踏み入れる者は別れを告げておくのが普通だった。


「まぁ……私にはそんな人いないから」


「……そう」


 私がそう答えると、ミリナは私から視線を逸らした。

 そして、俯いてしまう。

 私もそんなミリナに釣られて俯きそうになってしまう。


「始まりますよ。行きましょう」


 すると、そんな私の手を掴み、そう言った人がいた。

 ふと顔を上げると、そこにはネルがいた。


 どうして……?

 どうして、そんなに普通でいられるの?


 私は分からなかった。

 分からないまま、私達はゲートに入ってしまった。





 *




 ゲートに入ると、そこは綺麗な星空が浮かぶ草原だった。

 あまりに幻想的なゲートの中の景色に目が奪われる、


「……綺麗……ですね」


 隣のエイラが星空を見上げ、そう呟いた。


「こんな場所……本当に厄災はいるんでしょうか?」


 エイラはそう言って、辺りを見渡す。

 私と同じく辺りを見渡してみる。

 どこにも厄災は見つからなかった。


 そう思ってしまった瞬間だった。

 無数の勇者パーティーの前に、大きな魔獣が現れた。


 その瞬間、悟った。

 コイツだ。

 コイツが最後の厄災……。


 一気に幻想的な空気が消え、ひりつく殺気が満ちる。


「全員、攻撃魔法を!!」


 先頭の勇者がそう叫んだ。

 その瞬間、パーティーの魔法使いが厄災に魔法を放った。

 無数の流れ星のように、魔法が厄災に飛んでいく。


「ッ!?」


 無数の魔法の光が拡散し、ゲート内に轟音が響く。

 体が震えるほどの振動。

 魔法は消えることなく、全てが厄災に命中していた。


 言うまでもなく、避けられると思っていた攻撃が全て当たった。

 そのことに私達は動揺した。


「み、ミラさん! 厄災が!!」


 エイラが指を指し、そう叫んだ。


 目の前の巨大な厄災は上半身が完全に消滅していた。


 ゲート内から歓声が沸いた。

 行ける。

 最後の厄災に勝てる。


 誰もがそう思っていた。


 その瞬間、一秒もたたずに厄災は再生した。


「……まぁ、そうだよね」


 目の前の光景に私は溜息を吐いた。

 分かってた。

 厄災がこんな簡単に殺せるわけない。


 私は剣を取り、戦闘態勢に入った。


「総員突撃しろ!!」


 それに呼応するように先頭の勇者がそう叫んだ。


 彼は無印の勇者。

 世界最強の勇者であり、私を最初に殺した男。


 無印の勇者の圧倒的なカリスマに、全員が沸き立っていた。


 最後の厄災と人類の戦いが始まった。

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