第18話 ネルの心

 ふとミラさんの方を見つめてみる。

 ミラさんは私ではない何処かを見つめていて、少し胸が苦しくなる。

 視線の先には前を歩くエイラさんとミリナさんの姿があった。


 思わず私はミラさんの袖を掴んでみる。


「……どうしたの? また撫でて欲しいの?」


 ミラさんは私の方を向き、いつものような笑顔を見せてくれる。

 その瞬間だけ脳内に多幸感が溢れる。

 私の方を見つめるミラさんの顔が苦しいほど好きだった。


「い、いえ……すみません……」


 私はハッとしてミラさんの袖から手を離す。

 すると、ミラさんは再び前の方へ視線を戻した。

 小さな後悔が残る。

 素直に構って欲しいと言えばよかったのかな。

 でも、今はパーティー活動中だし、そんなこと言ったら迷惑をかけてしまう。


「………………」


 無言のまま私はただミラさんに着いて行った。

 本当にこれでいいのかな。

 胸のざわつきが収まらない。

 私とミラさんは恋人同士のはずなのに、どうしても胸が苦しくなる。


 本当にミラさんは私のことを愛してくれてるのかな。

 そのことを考えると、いつもより更に胸が苦しくなった。



 *



 パーティー活動が終わり、私達は解散した。

 ミラさんはすぐさまどこかへ姿を消してしまった。

 私はその後を追いかけることはできなかった。


 どこか寂しさを感じながら、私は一人ポツンとギルドの真ん中で立ちすくむ。


「ネル……だっけ? あんたの魔法、本当にすごいわね」


 すると、そんな私に声をかけてくれる人がいた。

 声の方を振り向くと、新しいパーティーメンバーのミリナさんがいた。

 私の新しい敵が目の前にいた。


 でも、ミリナさんはどちらかと言えば味方よりの敵。

 ミラさんのことを私から奪う気は無さそうだった。


「あ、ありがとうございます……」


 私はそれでも上手く返事ができず、当たり前な言葉しか返せなかった。

 私がミラさんだったら、きっともっと良い返しができたんだろう。

 でも、私は少しそんなことできない。

 自信もまだなくて、人と話すことにも慣れていないから。


「あんたみたいな良い子が、あんな奴に捕まるなんてね」


 ミリナさんは大きく溜息を吐き、私のことを同情の目で見つめてくる。

 今日、初めて会った時もそんなことを言っていた気がする。

 私たちのことを被害者とか、可哀想だとか……。

 そんなピンと来ないことを言っていた。


「あ、あの……それってどういう意味なんですか?」


 私は声を振り絞り、ミリナさんにそう尋ねる。

 私は知りたかった。

 ミラさんの過去を知っているミリナさん。

 ミリナさんなら私の知らないミラさんを知っているはず。

 私の知らないミラさん。

 そのことを考えると、怖いような知ってみたいような……。


「そ、それは……ま、まぁ、あれよ。ミラは悪い子だからね」


 ミリナさんは困ったように言葉を選ぶ。

 曖昧な回答に私は困惑する。

 本当にただそれだけなのか、それとも別に深刻な理由があるのか。


「とにかく、あの子はやめておいた方がいいわ。それだけ忠告しとく」


 ミリナさんはそう言うと、私の目の前から立ち去ってしまった。


 私は再び一人取り残され、地面を見つめていた。


「ミラさんが悪い人……って……」


 どういう意味なんだろう。


 私の頭はすっかりその事でいっぱいになっていた。




 *



 ミラさんのこと、もっと知りたかった。

 ミラさんがどこに住んでいるのか私は知らない。

 でも、いくらでも調べようはあった。


「……探知魔法」


 私は罪悪感を覚えながらも、路地裏の見えない場所で魔法を発動した。

 この魔法は特定の人物の動向を見ることができる。

 魔法学園で習った魔法の中でも、日常において重宝する魔法。

 その特異な効果から、一般人への使用は禁止されていた。


 でも、私はその一線を踏み越えた。

 もっとミラさんのことを知りたかった。

 その欲求が私を容易に一線を踏み越えさせた。


 私は探知魔法で示された場所へと向かった。

 ミラさんの住んでる場所。

 過去、数日においてミラさんが最も長く滞在していた場所へと向かった。




 *




 数十分も歩くと、私はミラさんの住んでいる宿に辿り着いた。

 普通にどこにでもある宿だった。

 でも、ミラさんならもっと良い宿に住めるんじゃないかと思ってしまった。


 私はあくまで自然に宿の中に入った。

 先へ進むと、一番奥の部屋にミラさんの部屋はあった。


「ふぅ……はぁ……」


 扉の前で深呼吸をする。

 そして、扉をノックしてみる。

 しかし、中から返事はなかった。


「いないのかな……」


 せっかくここまで来たのに。

 いや、でも住んでる場所にまで来る彼女なんて面倒くさくて嫌だよね。

 ミラさんに会えなかった寂しさと、私の醜い部分が見られなかったこと。

 その二つが私の心をかき乱す。


 数分扉の前で待ってみても、やはり扉が開くことはなかった。

 やっぱり、誰もいないんだ。


「…………」


 私はゆっくりと扉のノブに手をかける。

 魔法使い対策のロックはかかっていなかった。

 解錠魔法を使えば簡単に開けられる。


「……ごめんなさい」


 私は小さくそう呟き、解錠魔法を発動させた。

 ガチャっと鍵が開く音が聞こえてくる。

 そして、ドアノブを捻ると簡単に扉は開いてしまった。


 罪悪感と期待感で情緒がグチャグチャになりながらも、私は部屋の中へと一歩進んだ。

 途端にミラさんの良い匂いが鼻腔に充満する。

 バチッと多幸感が脳に響き渡る。


 ミリナさんは私のことを悪い子って言ってたけど、本当に悪いのは私だ。

 こんなこと、しちゃいけないのに。


 私はゆっくりとミラさんの部屋の中を歩く。

 すぐにベッドが目に入ってきた。


「ここで……」


 ここで、いつもミラさんは眠ってるんだ。

 そのことを意識するとドクドクと心臓がうるさく鳴り響く。

 私はゆっくりミラさんのベッドに顔を近づけた。


 ミラさんの匂いがした。

 それだけで私は抑えられずに、ベッドに顔を埋めてしまった。

 バチバチっと電流が走るように、私の頭は快感に埋め尽くされる。

 下半身がゾクッと疼き、腰が無意識に動いてしまう。


「はぁっはぁっ……」


 私はいつの間にか、必死にミラさんのベッドでもがき回っていた。


 ───ガタン!


「ッ!!!」


 その瞬間、すぐ下の階で物音がした。

 その物音のせいで私は一気に現実に引き戻される。

 だ、ダメだ。こんなこと……。

 私はベッドからすぐさま離れ、一旦冷静になる。


 こんな所、ミラさんに見られたら失望される。

 私は立ち上がり、ミラさんの部屋をすぐに出ようとする。


 しかし、部屋から出ようとした瞬間、薄く月明かりに照らされた机が見えた。

 机には紙切れが乱雑に置かれていた。


 私は少し気になって、その紙切れを手に取ってしまった。


 そこには『ネル』と大きく文字が書かれていた。



「え……?」


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