第2話 月の光の中で

月明かりが静かに部屋を照らしている。夜の空気はひんやりと冷たく、窓から漏れる光が床に柔らかな影を落とす。外では静かな風が木々を揺らし、時折、その音が耳に届く。それはまるで、夜の世界が静かに息をしているような、穏やかな音だった。これが、月明かりの下で過ごす時間の魅力だと、僕は改めて感じる。


その静けさの中で、奏ちゃんと僕は並んで座っていた。彼女は少し背を丸め、膝の上に両手を乗せて、ただ月の光をぼんやりと見つめている。何も言わずに、ただお互いの存在を感じながら、時が過ぎるのを待っているような、そんな時間だった。月の光が、僕たちの間に静かな空間を作り出している。その空間に、何か特別なものを感じていた。


「月って、すごく静かだよね。」

奏ちゃんが静かな声で言った。

その言葉に僕は少し驚き、彼女を見たけれど、彼女はまた外の月を見つめている。奏ちゃんの目は、まるで月に引き寄せられるように、どこか遠くを見つめていた。その瞳の中に、何か深い思索が浮かんでいるような気がした。


「うん、静かだね。」

僕はそう答えるしかなかった。月の光が、奏ちゃんの顔を照らしながら、心の中に言葉のない静寂を作り出している。何も言わなくても、お互いの気持ちが通じ合うような、そんな感覚。言葉を交わすことなく、この静かな夜の中で、僕たちは一緒にいることに安心していた。


奏ちゃんが月に何を感じているのか、僕にはわからない。ただその静けさに身を任せ、僕たちは無言でその場に座り続けていた。時折、夜風が窓を揺らす音が聞こえ、部屋の中でその音が鳴るたびに、僕は微かにその音を感じていた。外の景色があまりにも静かで、月がその全てを包み込んでいるような気がした。


月明かりが少しずつその位置を変え、部屋の中に新たな影を落とす。それでも、奏ちゃんと僕の間に流れるのは、まるでドビュッシーの「月の光」のような、穏やかで揺らめく空気だった。あの曲を聴くと、まるで時間が止まっているような感覚になる。その静寂の中に浮かぶ一つ一つの音が、まるで月の光のように、柔らかく心に染み込んでくる。


ふと、僕は手を伸ばし、奏ちゃんの手をそっと握った。その瞬間、胸の中で何かが大きく動いた。月明かりの下で、奏ちゃんの手のひらの温もりが伝わる。その温もりは、心に深く響いて、言葉では表せない感情が静かに広がっていく。僕はその瞬間、何かとても大切なものに触れたような気がした。何かが僕の中で変わったような、そんな感覚に襲われた。


奏ちゃんの手は柔らかく、優しく包み込んでくれるようだった。僕の心は、その温もりを感じるたびに少しずつ落ち着いていく。どこか遠くに感じていた不安が、少しずつ薄れていくような気がした。月の光のように静かな時間の中で、僕は自分の心が少しずつ安らいでいくのを感じた。


「怖くないの?」

奏ちゃんが、ふとそんなことを口にした。

「怖くないって?」

僕は思わず尋ね返したが、奏ちゃんは答える前に小さく笑った。

「暗い夜に、一人でいるのが怖くない?」

その問いに、僕は少しだけ考え込む。夜の静けさは心地よいけれど、それでもどこかで不安が広がっていた。でも、その不安を抱えたままでも、奏ちゃんと一緒にいることで、少し安心できる気がした。


「怖いよ。」

僕は素直に答えた。その言葉を口にした瞬間、心の中で何かが少し軽くなるのを感じた。

「でも、奏ちゃんがいてくれるから、大丈夫。」

続けて言った。奏ちゃんの手を握りながら、僕の心の中にある不安が、ほんの少しだけ口に出すことで楽になったような気がした。


奏ちゃんは黙ってその手を強く握り返してくれた。その温かさに、僕の胸が一層温かくなる。言葉にしなくても、彼女が感じている温かさが、確かに伝わってきた。それは、何よりも強い力になった。


「不安だって、言葉にしていいんだよ。」

奏ちゃんが、小さくそう言った。

「でも、それを言っても、君がそばにいるなら、僕は大丈夫だよ。」

僕は小さく笑って、もう一度彼女の手を握り直した。


月明かりが静かに降り注ぎ、僕たちの心の中に、ひとしずくの安らぎが広がっていく。夜の静けさの中で、僕たちは少しずつお互いを知り、心を重ねていく。その温もりが、月の光のように、静かに、でも確かに僕たちを包み込んでいた。


ふと、僕は思う。奏ちゃんと過ごすこの時間が、まるで音楽のように感じる。言葉では表せない美しさが、この瞬間の中に確かに存在している。その美しさが、僕の心を静かに、優しく満たしていく。


月の光が、二人を包み込みながら、ひとしずくの静けさを与えてくれる。それは、どこまでも広がる深い夜の中で、ひとときの安らぎを感じさせてくれる。月の光が照らすその場所で、奏ちゃんと共にいることが、僕にとっての何よりも大切なものだと、そう感じるのだった。


奏ちゃんと過ごす時間は、まるで音楽のように、言葉では表せない美しさを持っている。ただ静かに、流れ続ける月の光のように。僕たちの心が重なり、月の光とともに、静かに、確かな存在として、ひとつに溶けていく。


この時、月明かりの中で僕は深い意味を感じ取った。奏ちゃんと手をつなぐことで、心が繋がる、そんな瞬間。これが、僕たちの物語の始まりであり、終わりのない絆のような気がした。時間は流れ続けていくけれど、今この瞬間だけは、永遠に感じられるような、そんな気持ちを抱いていた。

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儚い夢。それは悪夢の続き。 @01150223

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