アンドロイド整備士

AIRO

混ざり合う記憶

カチャカチャッ——。


「ふぅっ。これで、よしっと」


「ふふ。さーて動作確認っと!」


私は、整備士。アンドロイド専門の整備士のジュンって言うの。

昔から機械が好きで、分解しては組み立ててた。だから……。私に見つかると分解されるから、みんな機械類は見せてもくれなくなった!

それから、大人になって機械関係の仕事がしたいなって思ってた私には、うってつけの!いや!天職の!アンドロイド整備士という職業に就いたのです!


毎日毎日毎日毎日。整備・修理・カスタム・アプデ……はぁ——最高かよ。

どうしてみんな、この仕事をしないんだろ?こんなに楽しいのに!

っていう話をこの前友達と飲んでた時にしたんだよね。そしたら——、


——


「いやよ。だって中身見たら……どうなってんのかは知らないけど、見たくないじゃん」


「人間とは違うよ?中身はねぇ——」


「説明すんな!」


枝豆をピュッと口の中に飛ばされた。もぐもぐもぐ。


「中に興味ないのよ、こちとら。外見と中身が自分好みなら……」


「中身に興味持ってるじゃん」


ベシッ!おしぼりが飛んできた。


「性格のこと言ってんのよ。ジュンの基準で物を語るな!」


「うは!上手いこと言うね!」


ベシッ!二個目が飛んできた。


「はぁ、早く帰ってウチのヴィル(アンドロイド)に会いたいわぁ」


「癒してくれるの?」


「そりゃもう!人間の男なんかとは比べものにならないよ!」


「それを比べるのは酷すぎでは?」


アンドロイドの顔、性格など、かなり細かく設定できる時代。そりゃドンピシャとは行かないまでも、自分の理想と癖を詰め込んだ相手が出来たら、誰も敵わんだろうなぁ。


「いつどんな時だって、私を一番に考えてくれるし、家事も全部やってくれる。あとは……よ、夜だって私がダメって言うまで何度でも……」


だあぁぁ。口からビールが漏れた。投げつけられたおしぼりで拭いていると、


「なによぉ!あんただって機械大好きなんでしょー?」


「私の機械好きとはそれ別もんでしょ」


恋愛かぁ。ん?あれ?はて?私は……レンアイした記憶がないぞ???あれれ?


「何、素っ頓狂な顔してんのよ」


「あ、ああ。でもあれだね。男からも同じこと言われるでしょ。アンドロイドの女の方がいいって」


「んぐ……なんか自分では言えるけど、言われるとムカつくわね」


「人口減少も歯止めが効かないねーこれは」


「自分の幸せと精神の安定のほうが大事だもん!せっかく生きるなら楽しく生きて死にたい!」


「まー分からんでもない」


私は、一生機械をイジって死んでいきたい。やっていることは違うけど彼女と同じ意見だ。恋愛していない自分も人のことは言えない。


「でさ、今日飲みに誘ったのはさ……」


「不具合でも出た?」


「どうしてわかったの!」


「それくらいしかないだろ!」


「もーーーーーーーーー聞いてよ!!!!」


「はいはい」


「なんか最近変?調子が悪い?なんて表現したらいいのかわかんないけど、ヴィルの調子が悪いの!」


「例えば?」


泣きそうになりながら彼女は説明してくれた。


「——って。いろいろミスしたりなんかは、まだ許せるし、むしろ失敗して『ごめんね……』なんてシュンとしちゃうところなんて見たら!そ、それはもう、それで!最高なんだけど!」


「お、落ち着きなよ……」


「一番ショックだったのは……違う女の名前を呼んだ時……」


人間同士でも元カレカノの名前を間違えるとか聞くけど、まさかアンドロイドがそんなミスするかね……


「誰?それ?って聞いたら、『あ、ごめん。君はサナだったね』って……思わずビンタしちゃった……手が痛かった」


そりゃそうだ……


私は可能性がありそうな質問をしてみた。


「もしかして、そのアンドロイド、で買った?」


「う、うん。だって新品ってめちゃくちゃ高いんだよ!?」


「ちゃんとリセットされてなかったんだろうね」


「ねぇ。それってどうにか出来るもんなの?」


私は正直に言うべきかどうか悩んだが、どうせ調べたらバレそうだったのでハッキリ言うことにした。


「初期化すれば全部のメモリを消すことは可能だよ」


「全部……?」


「そう。全部」


「私との思い出も?」


「うん」


「そんなのやだーーーー」


酒の力もあってかワンワン泣き出すサナ。


「ヴィルとの思い出が全部なくなるなんて、いーーーやーーーだーーー」


「そうか。じゃ、今のヴィルを受け止めてやれ」


「つーーーめーーーたーーーいーーー」


う、うるさい……


人間のことは嫌いじゃないけど、やっぱりこういう色々なしがらみや面倒なことがないから機械が好きなのかな私。あ、でもサナは機械相手で面倒なことになってたわ。


「んーそれじゃ、カウンセリングでもするか」


「カウンセリング?人間みたいに?」


「そう」


「それでどうにか出来るの?」


「分かんないけど、どうして前の持ち主の話を出してしまうか。確認が取れるじゃん」


「私そんなの聞きたくない!」


「だから私が聞くんだよ。それに、どう考えてもおかしいんだ。中古だとしても」


「なんでぇ?」


「いくら初期化されていないからって、前の持ち主の情報は個人情報だ」


「確かに……」


「嫌だろ?サナがヴィルを他の人に渡した時、サナとあんなことやこんなことをしてたなんて喋られたら」


「ヴィルを渡したくなああああいいいいいい」


だめだこりゃ。


「ま、もし気が向いたら工房まで連れてきてくれ」


「わかったぁ」


泣き疲れて寝てしまったサナを担いで送り届けた。出迎えたのはヴィルだったが、ヴィルにサナを渡すと。知らない女の名前で呼んでいた——。


———


と、そんな話をして今に至るってわけなんですね。


中身は特に問題なかったから、人工血液とアンドロイド用オイルを充填するだけで済んだ。


「起動っと」


目に光が入る。ヴィルは周りを確認して私に聞いてくる。


「ここは、どこですか?」


「ここは私の工房。ヴィルは修理するためにここにいるんだよ」


「修理……ですか」


「なんか思い当たる節があるの?」


「実は……」


ヴィルは自分でも変だと自覚していたようだった。しかし、どうしても間違えてしまう。もう自分は古いから、そう言った。


「確かに君の型は古い。でもそんなもの問題ではないね。外装も内装も綺麗だった。以前も今も大切に扱われてきたんだね」


「はい、本当に大切にしてもらっています」


ヴィルは聞きづらそうに私に問いかけた。


「私は、また捨てられるのでしょうか?」


「また?」


「その……サナに捨てられたのかなって」


どうやら、以前の持ち主には捨てられたようだった。


「それは違うよ。君が前の持ち主の名前を呼ぶのがショックで、どこか不具合があるんじゃないかって私に泣いて修理を依頼してきたんだ」


「そうだったんですか……よかった……。でも、また彼女を泣かせてしまったんですね」


後悔。そんな感情だと読み取れる表情。涙腺は無いはずなのに今にも泣きそうな顔をしていた。


「初期化していただけませんか?」


「それは出来ない」


「な、なぜですか?」


「持ち主が望んでいないから。アンドロイドの君が決定権を持っているわけがないんだよ」


「そうですよね……。でもサナはなぜ望んでいないんですか?」


「分からないかい?」


「わ……、分かります。私もサナとの記憶を失いたくありません」


本当に、愛し合っているみたいだった。彼らは……。アンドロイドと知らなかったら、どう感じていたのだろうか。


「でも、初期化してもらわないと、またサナを傷つけてしまいます。間違えないようにしたいのですが、メモリが混線するんです」


「前の持ち主はなぜあなたを捨てたの?」


「人間の彼氏が出来たから、お前はいらないとゴミ捨て場から動くなと言われ、中古販売の業者に回収されました」


あれ?おかしいな。よくよく考えたらおかしいな。


「君のヴィルって名前は誰が付けたの?」


「サナです」


「前の名前は?」


「リオって呼ばれていました」


一度名前が付けられてて、初期化されていないのに新しい名前に対応している……


「ふふふ……」


「どうしたんですか?」


「いや、愛だな。と思ってさ」


「???」


ますますなんとかしてやりたくなったな。


「よし!メモリを書き出すか!」


「どうやって」


「君が覚えてる限り全部書き出すんだ紙に!サナとの思い出を。まぁ多少の混線もあるだろうが、ミスをする君もかわいいと思っているみたいだから」


「わかりました。サナとのメモリを書き出しますね」




それから一日中ヴィルは書き出していた。どんなメモリがあるかなーっと興味本位で覗いてみた。


「え。そんなことまで?へぇ。え……あ、それの最中に?あれを?え!あ!?」


もう恥ずかしくて全部見ること叶わず。見るのをやめた。


「書き出せました」


「ふむふむ。上が性格のメモリで下が思い出分だね」


「はい」


「じゃ初期化してサナのところに連れて行くから。これは二人で……」


「はい。サナに連絡お願いします」


「まかしといて」




————メモリを完全消去します。初期化を実行しますか?————


『YES』




———


あれからしばらく経って、サナから飲みの誘いがあった。


「いやぁ、初期化するって聞いた時は頭が真っ白になったよ。私が初期化されそうだったわ」


「私は信じたんだ」


「なにを?」


「愛の力を」


「あはは。何言ってんだお前」


「なんだと!」


「ヴィルが書き出してくれたメモを、もう一度二人で辿ったんだ。デートも全部やり直した。なんか、それはそれで新鮮で楽しかったよ」


「それは良かった」


「名前も間違えなくなった。ちょっとしたミスも綺麗になくなっちゃったのはちょっと寂しいけど」


「メモリ混線によるバグだろうな」


「あ、でもなんか変なものがメモリされてたんだけど?」


「え?」


「ジュンはいい人。ジュンを敬え。ジュンは神って……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンドロイド整備士 AIRO @airo210

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ