第三話 運命を呼ぶ花

夜は思ったよりも静かだった。

遠くの村の灯りも、少しずつ薄れていき、ここにいるのはただ風の音と、足元に広がる草のざわめきだけ。星も月も、何かを察するかのように深く静まり返り、世界が眠りにつこうとしているかのようだった。


その中を歩き続けていると、何もかもが重たく、無駄に感じられる。

胸に重くのしかかる思いは、村の人々から向けられた視線に他ならなかった。憐れみや軽蔑、そして何よりも、「何者でもない」というその目が、カナタの胸を締め付けていた。


父が森の中で姿を消してから、もう何年も経った。その出来事は、今もカナタの心に深く刺さったままだ。

あの日のことを考えるたび、胸が苦しくなる。父が何故あの場所に、あの夜に消えたのか。その理由は、永遠に分からないままで、カナタを無力にさせるだけだった。


父の消失と、それを受け入れられない自分。その矛盾を、どうしても払拭できない。

だから今も、こうしてひとり森の中を歩いているのかもしれない。ただ、何かを確かめるために。


その時、カナタの足元に、何かが落ちた。

それは、何の前触れもなく、ただ──地面にひとつ、転がるように落ちてきた。

それを見た瞬間、足を止めた。


「……なんだ?」


見たところ、それはただの錆びた金属の破片のように見えた。

特に目を引くようなものでもない。ただの、ゴミのような──いや、もしかしたらただのガラクタに過ぎないのかもしれない。


ふと、立ち止まり、カナタはその欠片を見つめる。


父が姿を消す直前、似たようなものを拾ったことがあった──そんな気がした。

その欠片は、父が消えた場所、森の奥深くで見つけたものだったかもしれない。それが、何か意味があるものだと、今も思いたかった。


「拾うのか?」


その声が、突然、カナタの背後から響いた。

振り返った瞬間、そこに現れたのは──あのフードを深く被った男だった。

男の顔は、月明かりに照らされた影の中に隠れ、ただその低い声だけが、はっきりとカナタの耳に届いた。


「それを拾うのか?」


男の声には、ただの問いかけではない、何か──確信に近いものが感じられた。


カナタは、少し息を呑んだ。

その言葉には、どこか意味があるような、そんな気がした。そして、自分が今拾おうとしているその欠片が、ただのガラクタでない気がしてならなかった。


「……分からない」


カナタは答えた。

足元の欠片をじっと見つめ、言葉がどこか虚ろに響く。


「ただ──これが、何か意味があるような気がして」


その言葉を放った瞬間、胸の中で何かがきしむ音がした。

あの日、父が消えた森の奥に、確かに残っていた気がした、あの感覚──それが今、カナタの中で再び甦ってきたようだった。


「意味があるか、どうかは、お前次第だ」

男の声が響いた。


カナタは再び、目の前に落ちている欠片を見つめた。その欠片は、ただのガラクタのようで、何も特別なものに見えなかった。しかし、どこかで感じるこの強い引き寄せの力。

それはまるで、何かを知らされる前触れのようだった。


「お前が拾って、それが何かに変わるのか──それとも、このまま消えていくのか」


その言葉に、カナタは静かに頷いた。

拾うべきかどうか分からない。だが、何かを感じずにはいられなかった。父の足跡が、今もこの森の中に残っている気がしたから。


そして、ゆっくりとその欠片を手に取る。

触れた瞬間、手に伝わる冷たさが、カナタの心を少しだけ静めた。


その欠片が、今は何の意味も持っていないように見えたとしても──カナタは、それが何か大きな運命の一部だという確信を持ちたかった。

そして、彼が拾ったその欠片が、何か大きな秘密を解き明かす鍵だと──直感的に、そう感じた。


フードの男が言った言葉が、今もカナタの耳に残る。

「それを拾うのか」──その問いが、ただの質問でなく、試されているように思えた。

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