現実編02 学園の風

朝の陽射しが、校庭の芝にやさしく差し込んでいた。

その柔らかな光の中、完璧な恋人たちは並んで歩いている。


「今日もお美しいですね。僕の隣に立つには、眩しすぎるくらい」


雄大が冗談めかして言うと、美桜は照れたように笑った。


「何よ、それ。朝からそんなこと……」


「はいはい、ごちそうさま」


芙美がわざとらしくため息をつく。


「もう隠さなくていいのに。誰がどう見たって公認カップルでしょ?」


「ち、違うわよ、そんな関係じゃ……」


「うんうん、毎朝一緒に登校して、週3でランチして、

放課後は生徒会室でふたりきり。それが“違う関係”ね」


「……芙美って、意外と毒舌よね」


笑いながらも、美桜の胸の奥には、微かなざらつきが残っていた。

ほんの少しだけ、何かが噛み合っていない。

でも、その正体が何なのかは、まだわからなかった。


芙美は美桜の横顔をじっと見つめると、ふと呟く。


「ねえ、美桜……たまに、怖くならない?」


「え?」


「この学園って、綺麗で、整ってて、完璧すぎて……

でも、なんだか押しつぶされそうになることって、ない?」


一瞬、言葉が出なかった。

けれど美桜は、いつものように笑って答えた。


「私は大丈夫よ。芙美がいてくれるから」


「……ずるいなあ、それ」


芙美は拗ねたように顔をそむけた。

その表情の奥には、見えない不安の影が静かに揺れていた。


――そのとき。


風の音が変わった。

校舎の方から、ざわめきが広がってくる。


「え、新入生? 転入?」


「学園長が直々に受け入れたって……」


耳に飛び込んできたその言葉に、美桜は思わず足を止めた。

胸の奥に、理由のわからない冷たい波が広がっていく。


電子掲示板に、新しい名前が表示されていた。


『特別編入生真宮 涼真まみや りょうま──本日より凰城学園へ正式転入』


「……嘘でしょ」


芙美が小さく息を呑む。


美桜は、その名前を知っていた。

見た瞬間、胸が締めつけられるほどの痛みが走る。


(やっぱり……あなた、なのね)


校門の先。

白い制服に身を包んだ少年が、背を向けて歩いていた。


まだ制服は馴染んでいない。

けれど、その歩き方も、肩の角度も、風を切るような静かな気配も。

すべてが――記憶の中の彼と、同じだった。


(涼真……)


胸の奥で、何かが静かに目を覚ました。

完璧だった日常が、音もなく、揺れ始めていた。

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