最期の贈り物

夕日がゆっくりと茜色に染まりながら沈み始め、リビングの窓から差し込む光が床を黄金色に彩っていく。その輝きは部屋中を温かく包み込み、まるで過ぎ去った日々への感謝を静かに歌っているようだった。窓辺に咲いていたマーガレットの影が、壁に長く伸びていく。


私はいつものように飼い主の膝の上で、穏やかな呼吸を繰り返していた。この場所は子猫の頃から変わらぬ私の特別な場所。十七年という歳月を経た今も、この膝の温もりと安らぎは少しも変わらない。目を閉じても、その感触だけで心が満たされていく。


「ミケ」


飼い主がそっと私の名前を呼ぶ。その声には、深い愛情と優しさが溢れていた。私はゆっくりと目を開け、彼女を見上げる。彼女の瞳には、言葉にならない愛と喜びがきらめいていた。その微笑みを見るだけで、幸せな気持ちが全身を包み込む。


「一緒に過ごせて、本当に幸せだったわ」


飼い主はそう言いながら、私の耳の後ろを優しく撫でてくれる。その指先から伝わってくる愛情は、まるで春の陽だまりのように心地よい。彼女と出会えたことが、私の人生の最大の幸運だった。


私は小さく「ニャン」と鳴き、彼女の手に頬ずりをする。それは「私も同じよ」という気持ちを伝える、私なりの精一杯の表現。その瞬間、飼い主の顔に広がった笑顔は、この世界で最も美しいものの一つだった。


窓の外では、桜の花びらが風に舞い、夕暮れの空へと優雅に舞い上がっていく。その光景は、まるで自然そのものが私たちの絆を祝福しているようだった。一輪の花びらが窓ガラスに優しく触れ、そっと別れを告げるように離れていく。


「今日はここで一緒に眠りましょうか」


飼い主はやさしく提案してくれる。その声には、安心感と温かさがたっぷりと込められていた。私は応えるように小さく「ニャア」と鳴き、その提案を心から喜んで受け入れる。


飼い主は私をそっと抱き上げ、柔らかなブランケットが敷かれたソファへと移動した。そこで彼女は横になり、私を優しく胸元へと引き寄せる。その腕の中で感じる鼓動と体温が、私に深い安心感をもたらしてくれる。


「覚えてる? 初めてあなたを迎えた日のこと」


飼い主は私の背中を撫でながら、懐かしそうに語り始める。


「あの日、保護センターであなたに出会った瞬間、運命を感じたの。他の子たちは警戒していたけど、あなただけは cage の隅から寄ってきて、私の指をなめてくれた」


彼女の言葉を聞きながら、私も鮮明に思い出す。あの日の彼女の優しい笑顔と、初めて触れた手の温もり。それは今でも心に刻まれている大切な記憶。


「あれから十七年...本当にあっという間だったわ」


彼女の声には懐かしさと、果てしない愛情が詰まっていた。私たちが一緒に過ごした日々—初めての家、窓辺での日向ぼっこ、雨の日のソファでの昼寝、クリスマスの飾りに興味津々だった記憶...それらすべてが、私たちの小さな宝物。


飼い主は優しく口ずさみ始める。それは昔から二人で分かち合ってきた子守唄。その歌声は春の風のように優しく、心に染み入るような温かさがあった。私はその声に包まれながら、自然と喉を鳴らし始める。


「この声が聞けて嬉しいわ」


彼女は微笑みながら言う。その言葉には純粋な喜びが溢れていた。私は彼女の腕の中でさらにリラックスし、その温もりに全身を委ねる。


部屋はゆっくりと夕闇に包まれていくが、私たちの間には消えることのない光があった。それは長い年月を共に歩んできた絆が育んだ、あたたかな灯火。その光は、どんな闇よりも強く、美しく輝いていた。


「ミケ、あなたがいてくれて本当によかった」


飼い主がそっと囁く。その声には、深い愛情と感謝が込められていた。私は小さく鳴き、彼女の腕の中でさらに身を寄せる。


窓の外では星が瞬き始め、夜の訪れを告げていた。けれど、このリビングという小さな宇宙には、永遠とも思える温かな時間が流れていた。私たちの絆は、この瞬間にも、そしてこれからも続いていく。


これほどまでに愛されること、愛すること—それこそが、私たちに与えられた最高の贈り物だった。

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