20.栄養剤の効果(2)

 ベッドの上で上半身だけを起き上がらせるお母様の前にミニテーブルが設置され、その上にお母様特製メニューが並んでいた。


 パン粥、野菜とお肉を食べやすいように小さくカットした炒め物、一口大に切られたフルーツ。どれも食べやすいように処理されており、これならお母様でも食べられそう。


 お母様はそれをじっと見て、動かない。一体どうしたんだろう? みんなが不安そうに見ていると、お母様がポツリと呟いた。


「どうしましょう……」

「お母様、どうしたの? やっぱり食べられない?」

「でしたら、食べられる物をすぐにご用意しますよ!」

「いえ、そうじゃないの」


 私たちの言葉に首を横に振った。


「とても美味しそうに見えて、食欲が湧いてきているの。こんなの久しぶりで……」

「本当!? よ、良かった!」

「食べていいのよね?」

「うん! 無理しないで、ゆっくり食べてね」


 お母様がスプーンを手に取ると、まずパン粥に手を付けた。その時、セザールがパン粥の説明をする。


「焼きたてのパンを一口大にして、ミルクとコンソメスープで柔らかく煮ました。隠し味にチーズを少し入れて、コクが出るようにしております」

「美味しそう……。いただきます」


 お母様はその説明を聞いて嬉しそうに笑うと、パン粥を一口食べた。口を動かして、すぐに飲み込む。その瞬間、お母様が目を大きく開いた。


「どうしたの、お母様!」

「……美味しい、美味しいわ。こんなに美味しいって感じたのは、本当に久しぶり。ふふっ、隠し味のチーズもちゃんと感じられるわ」


 嬉しそうに笑うと、お母様はすぐに次のパン粥をすくって食べた。その度に「美味しい」と言葉を零しながら。その姿は幸せそのものだった。


「あのイザベル奥様がお食事を召し上がれて……私、私」

「お母さん……。嬉しいよね、イザベル奥様がお食事を召し上がれるのが」

「あんなに美味しそうに食べるイザベル奥様を見たのは、本当に久しぶり……!」


 お母様の姿を見て、いつも世話をしていたレジーナが感極まって声を上げた。


「私も分かるよ。あのお母様がこんなに美味しそうに食べてくれて。私も嬉しい」

「ルイお嬢様! そうですよね、ルイお嬢様はいつもイザベル奥様に付き添ってっ……」


 日に日に食べる量が減っていくお母様を見るのは辛かった。いつ、食べなくなるかもしれないと思うと、無理やりにでも食べさせたかった。


 そんな日々が報われた気がした。お母様の姿をじっと見つめていると、後ろにいたお父様が私の頭を撫でてくれる。


「そうだよな。ルイにとって、イザベルの食事姿は特別なものだ。今までよく頑張ったな」

「……ううん。頑張ったのはお母様だよ。食事を食べるのも大変だったのに、いつも頑張って食べてくれて」

「ルイも頑張ったのよ。辛い事なのにめげずにやり遂げたんだから」

「ルイの今までの頑張りがあって、今のお母様がいる。本当にありがとう」


 家族の温かい言葉が心に染みる。そっか、私も頑張っていたのか。それに気づくと、自然と自分で自分の事を褒められた。


「そうね。ルイは逃げずに毎日私に食事を食べさせてくれたわ。いつも笑顔で、私を勇気づけてくれた。そんなルイだったから、私は頑張って食べられたの」

「お母様……」

「ルイ、今まで本当にありがとう。ルイがいなかったら、私はもう死んでいたかもしれない。ルイが諦めなかったから、私は生きていられたの」


 欲しかった言葉に涙が溢れてくる。そんな風に言ってもらいたかった、よく頑張ったねって褒めてもらいたかった。でも、お母様の体が悪くなったのは私のせいだから……。わがままなんて言えなかった。


 すると、私の頬にお母様の手が伸びてくる。優しく頬を撫でて、やわらかく微笑んでくれた。


「ルイは何も悪くないのよ」

「お母様っ……」


 どうして、そんなに優しくしてくれるの? 本当は私が生まれたせいなのに……! 声を上げて言いたかったけど、グッと堪えた。


「私はルイを生んでよかったって思っている。だから、自分を責めちゃだめ。あなたがそう思った時、私は何度でも言うわ。ルイは悪くない」

「うん……うん……」


 その言葉をお母様から聞けて、心が軽くなった。罪悪感に苛まれた心が救われる。そうか……私はお母様に許してもらいたかったんだ。


 涙がポロポロと流れて止まらない。その涙をお母様が何度も拭ってくれる。それが嬉しくて、また泣いてしまう。


「ふふっ、ルイってこんなに泣き虫さんだったのね」

「そ、れは……」

「ルイの新しい所発見しちゃったわ」

「ふ、ふふっ……見つけ、られちゃった」


 お茶らけていう姿がおかしくて、泣きながら笑った。そうだよね、こんなの私らしくない! 涙を擦ると、ニッと笑って見せる。


「ほら、お母様! 食べて、食べて! 今日はお残しは許しませんからね!」

「あら、厳しいわ。いつもの優しいルイはどこにいっちゃったのかしら」

「ほら、みんなも! 私ばっかり喋ってるよ! 前の席に座って、お母様と話して!」


 お母様に話した後、後ろにいるみんなに話しかける。私に遠慮しないで、どんどん喋って欲しい。そう思って、まずはお姉様の腕を引っ張って、お母様の隣の席に座らせた。


「ルイが話してもいいのよ?」

「ううん。みんなもお母様と話したいでしょ? お母様だって、みんなと話したいはずよ。だから、変わりばんこにここに座ってお母様と話すの!」

「ルイったら……でも、ありがとう」


 そう言って、お姉様は私に笑顔を向けてくれた。それから、部屋には賑やかな声が響いた。誰も泣いたりなんかしていない、みんな笑顔でお母様と楽しそうに話をしていた。


 その様子を見て、私は嬉しい気持ちになった。みんな、お母様の事が大好きだ。みんなの気持ちが一緒だって分かると、笑顔が溢れていく。


 また、みんなで笑顔になれる時間が作れて良かった。私はこの温かい時間をずっと夢に見ていた。


 お母様の体が良くなれば、それも実現する。……うん。私、錬金術の腕をもっと上げて、お母様を治す薬を作りたい。今は完全に良くする薬を作れないけれど、私は諦めない。


 必ず、お母様の体を治す薬を作るんだ!


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


ここまでお読みくださりありがとうございます!

この作品は「MFブックス異世界小説コンテスト 中編部門」に参加している作品です。

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