第3話

新たなる姉妹…正直に言えば、姉妹とすら言えない存在であろう…しかし、ミズチは母上から生を受けた四人目の娘…それがこの様な獣だと?


「これ以上の生き恥を晒す前に…母上の元へ送ってやろう…!」


(酷いこと言うな…)


呆けた顔のミズチを前に、薙刀を構える…


「…ハァ〜…」


(馬鹿馬鹿し…逃げちゃお。)


…ミズチは溜息をついて振り返って逃げ出した。それだけならばまだマシだった。

去りゆくミズチはまるで狂人を見るかの様な冷めた目を向けている。憐れだとでも

言わんばかりの表情でこちらを一瞥いちべつする。


「…ッ……貴様ァッ!!」


怒りに溢れたサツキの荒れ狂う心を表すが如き薙刀の連撃が放たれる…



────────────────────


(何なのかな…人間じゃない生き物相手だと色々分からないね…)


冷静さを失ったキツネ娘…サツキとか言ってたな。薙刀を振り回して暴れている。

一応言葉は理解出来るが…相手は危険思想を拗らせているみたいだ。


「おのれおのれおのれぇ!!!」


(何が気に食わねぇんだよ…本当に変な奴だな…)


「…ッ!その目で私を見るなァッ!!」


刃物とは思えない威力で大地を抉り取り、小隕石の雨を降らせてこちらを攻撃する。

見るからに危険な攻撃ではあるのだが…


(案外…当たらねぇな?)


「ハァ…!ハァ…!何故当たらぬ!?」


と、言うのも…この子の攻撃が何処から来るのか予測出来る為だ…謎のパワーを

使う際にエネルギーが光となって攻撃の軌道を描く為、ゲームのQTEをする様な

感覚で簡単に避けられる。


(いい加減帰ってくれないかな…)


「許さぬ…!ここまで侮辱しておきながら…!」


「…ハァ〜」


(鬱陶しいな…俺はもう寝てる時間だったのに無理矢理起こした挙句、理不尽に

暴れている。面倒臭くなってきた…)


尻尾をしならせ、鞭の要領で振るう。怪力による破壊力に始まり、怠惰によって

磨かれた最小の動きが遠心力と慣性を最大限に増加させる脱力を生む。それらが

合わさった一撃は音速を容易く突破し、サツキの背後の樹木を木っ端微塵に砕く。


「!?」


(あ、こりゃ当たったらヤベェ…封印しとくか…?)


「くッ!」


吹き飛ばされたダメージを感じさせない激しい動きでこちらに向かって来る。


(あれで平気なのか…帰ってくんないかな…)


相手を牽制する為に、炎の息を吹きかける。しかし、吐き出された炎はサツキの

水弾と比べると大分遅い。避ける事など容易いだろう。


「漸くその気になったか…!」


サツキは薙刀に力を込めると、それは形を変えて一対の剣となった。近接戦闘に

特化するつもりらしい。面倒な事に、サツキの攻撃は更に勢いを増した。ぼんやりとする暇も無い程の戦闘には嫌気が差す…近接戦闘を避けようと火を吐けば隕石が

放たれ、尻尾の一撃を狙うと懐に飛び込んで来る。…実に面倒臭い…!


「ガアァァ!!!」


好きでもない運動に、不満の炎を吐き出す。周りが火災にならない程度に炎を放ち

続ける。幸いにも周りに植物が無く、範囲を広げても燃え広がらずに済んだ…しかし肝心のサツキはまだまだ元気だ。


(こりゃ駄目だな………火をずっと吹いてたら帰らないかな?)


炎のベールを纏ってサツキを近寄らせない事で我慢比べに持ち込もうと画策する。 

お互い睨み合う状況がしばらく続く…そして最初に隙が出来たのは俺だった。


「へ…ぶしゅっ!」


ずっと火を噴いていると、くしゃみのせいで炎が消えてしまう…


「…!この勝負貰ったァッ!」 


(うわやっべぇ…!)


一瞬の隙に、サツキはこちらに踏み込んだ…しかし。


「…え?」


何故か、何も無い所でサツキが転んだ。サツキは意識が朦朧としているのか…

立ち上がろうとするも、ふらふらと倒れて芋虫の様に地を這う。


「ゲホ…!…何だ…!?これは……カヒッ…ひゅ…」


(何だ?一体どうなって…あ!)


サツキは顔面蒼白で呼吸すらまともに取れておらず、目も虚ろである。恐らく、

火が燃え盛る場所で長い時間戦い続けていた事で酸欠になってしまったのだろう。


(…不味いな、何かどんどん弱ってる。姉妹らしいし…殺しはしたくない…)


「まだ…何も成せて…いないというのに…!」


…先程まで般若の様な怒りで荒れ狂っていた彼女は涙を浮かべ、儚く憐れな少女の

姿をしていた。


(どうすりゃいいんだ…?応急処置とか知らねぇし……あ!)


サツキのもとに寄り、顔を近づける。…何となくでしか分からないがやるしかない…


「な、何を…」


(背に腹は代えられない…元男の俺がするのは憚られるがやるしかない!頑張れ俺!)


息をすぅ…と吸い込み彼女にそっと口付けをする。


「!?!?!?!?」


食いしばる歯の隙間から舌を滑らせて口を開き、息を送り込む。


「んむぅ!?…ふぁ…♡むゅぅ…!?」


慣れない作業の中、お互いの柔らか舌が触れて絡まる…数回の作業を繰り返し、

どこまでが己の口か分からなくなった頃、彼女は息を吹き返す。互いの間に糸が

紡がれては消える。


「ハァッ…!ハァ…!…あ…あぁ!!」


彼女は顔が真っ赤にして目を大きく見開き、しっかりと立っている。尻尾も物凄い

速度で振り回されている。怒りと困惑…そして恍惚に蕩ける顔が混じり合っている。


─────────────────


(な、何なのじゃ…!一体何なのじゃこやつは…!?何故…!どうして

麻呂に口付けをした!?え!?)


「お、おのれ…!殺して…や…!?」


また、ふらふらと倒れてしまう…


「…?」


地面に落ちる感触が無い…暖かく…甘い香りの何かが麻呂を受け止めて……!?


「ウゥゥ…?」


目の前にはミズチの顔が映る。獣の癖に…!底の見えぬ魔性の色香に絡め取られ、

心まで溶かし尽くされてしまう…


「あ…♡……ハッ…!?」


(麻呂は一体なにを!?な、なんで…!)


耐え難い衝動が腹の内を蠢いて、まるで虫刺されの痒みの如き疼きに思考を

塗り替えられる。理性の内側に潜む本能を掻きむしって解放する欲望に

駆られ、心が底なしの沼に身を投げようと足を踏み込む…


「くぅ…!!」


僅かな理性で本能を押さえつけ、空へ飛び立ち逃げ惑う…誇り高き天魔の一族として最も恥ずべき逃走を選んでしまった。だが…あそこに留まり続ければ…理性無き獣に

成り果て、狂わされてしまう…!


「……甘酸っぱかった…ふふ…あ…!?」


否、既に狂わされてしまったのだろう…


─────────────────


(思ったよりも緊張しなかったな…あの子はめっちゃウブだったが…何だか悪い事

しちゃったな…いや!元々俺は襲われた被害者だから悪くないんじゃ…!)


招かれざる客を帰らせたのは良いが、あれと同じ様な奴がまた来るのだろうか?

そう考えるだけで疲れて溜息が出てしまう…


(あぁいうことするの初めて何だがなぁ…どうせならもっといい雰囲気で

やりたかった………考えるだけ無駄だな!…ハァ、寝よ寝よ!)


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