第4節「圧倒」

 逃げてきた役人。そこに岡っ引きの少女、副島小梅が駆けつけた…しかし。役人は彼女の前で首を刎ねられた。


 小梅は頭の中が真っ白になる。これまで経験してこなかったことが、眼前で巻き起こっている。こうも無感情に人が殺せる人間。…間違いない!!


「お、お前が…狂人、『復讐屋』だな!?し、神妙に縛に付け!!」

「………………」


 目の前で人が殺されるのを、初めて見た小梅。彼女の脚が震えている。人生で初めて『死』というものを肌で感じている。血の気が引いていく。逃げ出してしまいたい。本能はそう語る。


 だがそれを精一杯押し殺して、刀を抜く。道場の稽古と実戦はまるで違う。『復讐屋』は明らかに場慣れしていた。一方、小梅は刀を向けるのも初めての体験。その差は言うまでもない。


 そして、ゆらりと振り向く『復讐屋』。その顔は、能の般若の面を被っている。びゅっと刀に付いた血糊を飛ばし、一風変わった構えで小梅を見据える。


(な…何、あの構え…?見たことない…)


 『復讐屋』はだらりと脱力し、刀を落として構えている。小梅は一瞬、意図が分からなかった。攻めにくいし守りにくい『復讐屋』の構え。だが、その疑問の答えを待つ暇はなかった。


「…ッ!?しまっ…」


 かなりの間合いがあったはず。なのに『復讐屋』は一足飛びで、一瞬で間合いを詰めてきた!!小梅は慌てて、刀で受け止める。稽古の賜物で、何とか対応できた。しかし、


「え?…え…え!?えええ!?」


 その『復讐屋』の刀は異常に『重い』。道場でも…弥右衛門先生ですら、これ程の重さは無かった。このままでは受け止めている刀ごと、斬り落とされてしまう。


(押し切られ…る…!!)


『基本は大事ですよ、小梅ちゃん』


 その刹那、小梅は弥右衛門の言葉を思い出した。


   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇   


「小梅ちゃん、あなたは残念ながら女性です。いくら才能で補っても、腕力の差に苦しむ時が来るでしょう」

「そうですよねぇ…薄々、考えてました」


 日差しの気持ちいいある日、弥右衛門と道場の縁側で、お茶と煎餅を食べながら話していた。腕力の壁。これだけはどうしようもない。だが、弥右衛門は活路のヒントを与えていた。


「安納新月流の基本動作は覚えてますか?」

「受ける、捌く(さばく)、斬る…の三連動作ですよね?」

「その通り」


 弥右衛門はずずっと茶を飲み干し、続けた。


「この三連動作で一番、技量が求められるのは捌く動作ですよ」

「はあ」

「ですが、これを習得すれば大きな武器になります。…たとえ非力な女性の剣士であってもね」


   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇   


(さ…ば…く…ッ!!)


「…あああああッ!!」


 小梅は軸をずらし、強引に『復讐屋』の刀を、小梅の刀の刃で滑らせ、『復讐屋』の体制をも崩した。顔は見えないが『復讐屋』に動揺が走ったのが分かった。


「えああああッ!!」


 そして小梅の振り下ろした刀が『復讐屋』の体を捕らえた!!『復讐屋』の胴に血がにじんでいる。しかし…。


(浅い!!)


 追撃せねば…。小梅は次の太刀を振りかぶるが、『復讐屋』は分が悪いと悟ると、人間とは思えないバネで、長屋の屋根に飛び乗り姿を消した。…そこで小梅の緊張の糸が切れた。

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