第2話 夢破れて明日があり
どこのスラムもそうなのかは知らないが、この街にもご他聞に漏れずストリートチルドレンという存在がいる。
いま僕と
本来、デッドコピーと呼ばれる人の人格を移植した不死のアンドロイドによって厄介払いされた軍隊崩れのサイボーグ達の集まるスラムに子供はいないはずなのだが、街が形成されれば人が寄ってくるもので、人が寄れば商売が成り立つ。原始の商売と言えば──そう、売春になる。
娼婦たちは金を稼ぎに街の外から望んでやって来るのだ。もしくは、嫌々に。
そうしてスラムに女性が流入し、そして街に男女が揃えば、おしべめしべ云々起きることもあるわけで。
そんなこんなで、このスラムにもストリートチルドレンの子供たちが今日も元気に路地に蹲っていたり、走ったり、スリをしている。この街のストリートチルドレンは推定300人。
うん、今日もこの街は治安が悪い!
そんなストリートチルドレンには生きる道がいくつかある。
一つは、死体からのパーツ漁り。自然界の菌類や虫達のように、ストリートチルドレンはこの街の掃除屋でもあった。一番安全で、一番真っ当ではある。けれど、死体が発生するような場所は治安が悪いことと同義なわけで。必ずしも安全なわけではなかった。
一つは、ペド野郎に娼館よりも安い価格で体を売ること。金のないサイボーグ達は娼館を利用することができないから一定の需要があった。だがしかし、子供が体を明け渡して無事でいれる保証はない。娼館というバックがいない子供が報酬を貰いあぐねることは多々あるし、それだけで済むならまだいい方だ。最悪殺されてしまう。
一つは、スリで生計を立てること。一番実入りが大きい。だが、そんなに甘くはない。スリをした大人に捕まってしまえば間違いなく殺されることになる。この前一人の男の子が殴られ続け内臓破裂で死亡した。
そして最後の一つは──、
「よぉ、ガキども! 大義賊バーナード様のお通りだぁ!」
奇特な大人の善意によるバラマキに群がること。
この広場に子供たちが集まっているのは、ここにいればお恵みがもらえることがあるからだ。
本来、そういうのはNPOだかが炊き出しなりしてやるようなことだと思うのだけれど、この街では、一人の男──バーナードが一手に担っていた。
バーナードはスタイリッシュな細身で流線型なボディパーツで型取られた白を基調としたフルフェイスの最新型サイボーグで。まるでどこぞの物語の登場人物かと言うぐらいカッコいい。
身に纏う衣服もボディパーツと合わせて仕立てられてるのか、このスラムには似つかわしくないほど洒落たもので、よく似合っていた。
そんなお洒落サイボーグがズタ袋を担いで子供たちの輪の中心にいる。
「オラァ、この金で美味いもん食え!」
バーナードはずた袋から紙幣を取り出し、子供たちに押しつけるように配り歩いていた。
電子マネーじゃない現実の紙幣や硬貨は不便ではあるが、意外なことにこの時代にも生き残っている。日常生活では過去の遺物とも称されるが、なんと言ってもリアルマネー、ハッキングや電子トラブルに強い。そりゃそうだ。今でも重要な取引には電子マネーではなく、現金が使われている。
スラムにおいては色んな事情で電子決済が使えない者も多い。過去の遺物と揶揄される非電子マネーであってもそれらはスラムでは重宝されていた。
お金をある程度配り終えたのか、僕と
「よっす!」
「やぁ、バーナード。今日も羽振りがいいね」
「おかげさまで、商売ウハウハよ!」
まあ、儲かってなければこんなことできないだろうけれど。
ごく最近、似たような金銭リテラシーによる問題を見たばかりなので、心配になってしまう。
「でも、大丈夫なの? こんな紙幣なんかばら撒いちゃって」
僕はバーナードがどういう風に収入を得ているのか詳しくは知っていない。
子供たちが死体から漁ったジャンクパーツを買い集めてるのは、知っているけれど。
「いいんだよ。どうせこれは汚ねえ金だ。綺麗な金に洗浄してぇ奴がいる。俺はガキどもから集めたジャンクパーツを買い上げる、それを別の街で売り捌く。んでそれで綺麗な金を用意して汚い金と交換したい奴と交換してやる。それだけでボロ儲けってワケよ。
──んで、そんな危険な金でも此処でなら使っても問題ねえし、こんな街で金持ってたってしょうがねえ。娼館? ノンノン。別に、俺性欲そんな強くねえし、ちんぽも取っちまった。人体改造? ノンノン。俺はもうすでに最高の体を持ってる。なら、ガキどもにばら撒いて街を賑やかにしたほうがよっぽど楽しいってもんよ!」
バーナードは大袈裟に芝居がかかったように顔の前で指を振って僕に説明する。バーナードはこういうキザなことをするのが好きというか極東でいうKABUKIというのが好きなのらしい。前に聞いたのだが、石川五右衛門? という人物に感銘を受けたのだとか。悪い金持ちから民衆へお金を配る義賊なんだとか。
そんなこんなでバーナードはこの手のことを実入りがある度によくやって、それでストリートチルドレンの子供たちから慕われ、子供たちもバーナードにパーツを買ってもらえるように死体漁りを熱心にするという好循環が起きていた。
僕は、バーナードのことが結構好きだ。
どんな形であってもこの街の子供達に優しくしてくれる大人は、いい奴に違いないから。……
チラと横を見れば、
「そういや、なんでお前らここにいんの? 別に金に困ってないだろ?」
もちろん、バーナードの稼ぎのおこぼれを貰いにきたわけじゃない。この街の電子除染技師の仕事は僕の独占状態だから正直かなり儲かる。用があったのだ。
「そうじゃなくて、定期メンテナンス、バーナードずっとサボってるから」
「ん? そうだっけ」
バーナードは僕の言葉に首を傾げた。
そうだっけ。じゃないよ! とツッコみたいけど、なぜか知らないけど、バーナードは僕にツッコまれるとすごく喜ぶから、僕は努めて平静を装って、頷いた。
「うん。メッセージも何回か送ったけど来ないから、迎えに来たの。この後時間ある?」
「あー、オッケーオッケー。これ終わったら一緒に行くわ。後から来るガキどももいるだろうからもう少し時間を取りたい」
「うんじゃあ、終わるまで待ってるね」
これで用件は伝えられた、話はひとまず終わりと思った僕だったが、ちょいと待たれよとバーナードに手で制される。
なんだろう?
「そういや、耳寄りの情報があるんだが、買うか?」
商売の話だった。バーナードは揉み手をしながら僕の出方を伺っている。
それを聞いた
「本当ケチなやつだな。情報ぐらい普通に話せよ」
その声に
けれど、バーナードは気にしない。さっきのように顔の前でチッチッチッと指を振った。
「ノンノン、情報こそ一番高くつくもんだぜ? 生き死にを分けるかもしれねえからな!」
そして、バーナードがくれる情報というのは、いつも大抵の場合とても役に立つ。
僕はバーナードの持つ情報の価値を理解していた。
僕は懐から財布を取り出して、そこから幾らかの紙幣をバーナードに手渡した。
「これで足りる?」
バーナードは受け取った紙幣を素早く指で数えてニヤリと笑う。
「もう一声!」
「おい」
バーナードの意図が読めてるからだ。
「うん、いいよ」
僕は頷いて、紙幣の支払いを上乗せした。
バーナードは紙幣を素早く数えて、満足したのか。うんうん大きく頷いた。
「ハルはやっぱ分かってんなぁ、旦那と違って」
「俺は、旦那じゃ──」
「はいはい、そんなことはどうでもいいの!
──ほらコレ、最近流通し始めた新しい電子ドラッグだ。解析、必要だろ? 治療に」
電子ドラッグの依存症治療に役立ついいものだった。バーナードは時々こうして、「教材」を僕に渡してくれて、僕はそれによく助けられていた。
「うん、ありがと」
「今後ともご贔屓に!」
バーナードは礼を言った僕に上機嫌に商売人の定型句を言うや否や踵を返し、子供たちに手を挙げて呼びかけた。
「オラァ、ガキども! 臨時収入が入った! これ欲しい奴いるかぁ!」
僕から受け取った現金をバーナードは早速子供たちに配っている。僕はこうなることが読めていた。
「……やれやれ」
バーナードの商売っ気に怒っていた
多分、呆れを通り越して、感心しているといったところか。
こんな事だから、バーナードは憎めない奴なのだ。
ややもして。
「その時、おれはやってやったワケ! それで──」
見れば、広場では子供達の輪の中心でバーナードが武勇伝を披露していて、多分、かーなり脚色が入っているだろうけれど、物語としてみれば大人の僕もハラハラドキドキの冒険活劇で。子供たちは食い入るようにバーナードの話に聞き入っていた。
ま、仮に嘘でもこれも慈善事業のうちの一つということで。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
バーナードを連れて、診療所代わりのガレージへ戻って来た僕は、早速、バーナードに服を脱いで裸になってもらって、診察台に腰掛けてもらう。他のサイボーグにも必要がある時は裸になってもらうが、バーナードは毎度こうだ。
「カッコよくてセクシーだからってあんまり俺の裸をジロジロ見るなよ?」
「僕一応医者だから!」
僕が裸を見てムラムラくるのは
ついツッコんでしまうけど、ニシシとバーナードは喜んでいる。もう! 人を揶揄うのが本当に好きなんだから。
そもそもバーナードはちんちんがついてないし全身カッコいい強化外骨格のサイボーグなので、全裸でもエッチだなとは思わない。カッコいいが先に来る。
まぁ、そんなバカ話は置いておいて、定期メンテナンスを始める。バーナードはサボりがちだったのでソフト部分だけじゃなく、この際ハード部分も丸ごとだ。
商売人もとい自称大義賊であるバーナードの服の下の体は結構生傷が多かった。生傷と言っても、サイボーグ部分──強化外骨格に傷がついてるのだけれど。診察台の上で全裸になってもらって晒された強化外骨格には至る所に銃弾の跡や切り傷がある。
換装すれば元通りとは言え、バーナードが幾度も死線をくぐり抜けてきたのは確かだった。
いつも、こうなのだ。
だから、バーナードの定期メンテナンスの際には特殊な光を当てると強化外骨格より少しだけ脆いほどの強度になる硬化ジェルを全身に塗りたくるのだ。
最初の時は、股間や胸元にジェルを塗る度に、バーナードにおちゃらけられたけれど、お互いもう慣れたもので全身にジェルを塗布するぐらいじゃあ何も感じなくなっていた。
そんなことよりも、だ。
「どんなことしたらこんな全身に傷がつくの」
「へへ、ちょっとな」
「ちょっとじゃ、こうはならないでしょ」
悪びれもせずに鼻の下(と言ってもフルフェイスのロボだから鼻はないのだけど!)を擦りながら言うバーナードに呆れてしまう。
もしかすると、バーナードが定期メンテナンスをサボりがちなのは、僕にあまり傷を見せたくないからかもしれない。心配をかけたくないのか、それとも面倒だからか。
「バーナード、こんなになるようなこと続けてたらいつか死んじゃうよ」
僕は心の底から心配する。バーナードはいい奴だから。
子供たちの面倒を見てくれるのもそうだし、バーナードの芝居がかった振る舞いは地獄であるこの街の清涼剤でもあった。こんな街を明るくしてくれるのは、バーナードの与太話ぐらいなもので。
いなくなったらきっとたくさんの人が悲しむ。僕も、子供たちも。
「んー、ハルに心配されるのは光栄なんだけどよ。大丈夫。俺ってば、タダじゃ死なないから!」
「またそれ……?」
バーナードは僕から苦言を呈される度、この手のことをよく言った。自分に自信があるのか、なにか隠しダネがあるのか知らないけれど、その明るい言葉も僕の不安を払拭するには至らない。
そんな僕の様子を見てか、バーナードは焦るように言葉を重ねた。
「大丈夫、大丈夫。そんなハルが心配しなくても、義賊のおこぼれとして蓄えもあるし、区切りがいいところで。いずれどこか別のとこに移って安全な商売でもするって」
「…………」
バーナードはお小言言われたり怒られたりするより、自分のせいで誰かを落ち込ませたりする方をひどく嫌った。
けれど、そんなことより僕はまずいことを聞いてしまったなと思った。
ロゼと僕の友人であるミアも店を開くと言っていた。
そして、ミアは殺されたのだ。
それからの僕は悶々としたまま、バーナードへの色んな処置を終わらせ、会計を済ませたバーナードを見送った。
「死亡フラグ……だなぁ」
僕は、バーナードの背中を見送りながら、つい小さく一人ごちてしまった。
そんな僕の悪い予感は、やはり当たることになる。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
ある日のこと。
救援信号を受け取った現場、スラムの裏通りに位置する廃ビルに赴いた僕達が目にしたそこは、爆発事故現場の様相と化していた。辺りに何かが飛散して、燻っていた。
肉と何かが焦げた嫌な匂いがしている。廃ビルだからか、小さな風切音がひっきりなしに鳴っていた。
爆心地の中心であろう場所にそれはあった。黒焦げの人型の──救援信号のシグナルの識別番号は知っている番号だった。
バーナードの番号だった。
すぐさま
本来、電子除染技師という医者である僕がやるべきなのだけれど、あいにくこのスラムでは負傷者に罠を仕掛けるなんてことがよくあるもので、それもあって、現場でのファーストコンタクトをするのはいつも
「報酬に爆弾をセットしてやがったんだな」
バーナードの夢の残骸だった。
僕が現場の惨状に胸を傷めていると、バーナードの脈を取りに向かった
「バーナード、まだ生きてたか。下手にサイボーグだと死ぬに死に切れねえな」
恐る恐るバーナードに近づくと僕は気づいてしまった。
僕が風切音だと思っていたのは、バーナードが必死に呼吸をしようとしている音だった。
「……喉から胸元が抉れてる。呼吸ができてない」
「治療は無理だ。機械置換するにも機械がねえ」
縫合なんて無理だろう。機械を組み込まなければならない。けれど、そんな物はオーダーメイドで作るものであって、いま生命の危機に瀕しているバーナードに用意してる暇なんてなかった。
「生き地獄だ。窒息の苦しみがずっと続いてる」
脳内チップが生命維持だけをしている。
勿論脳内チップも脳内麻薬を分泌していたりもするだろう。だがあくまで脳内チップだ。全能じゃない。カバーするにも限度がある。
バーナードは、いまこの時も地獄の苦しみを味わっていた。普通なら死んでいるのに、脳内チップのせいで、苦しみが終わらない。終わってくれない。
バーナードの端正なサイボーグの顔が、今は苦悶に目を見開いて歪み切っていた。
「治療するか? 置換するための機械を見つけるか作るか、一ヶ月はかかるだろうな。その間こいつは──」
そうなれば、たとえ治療ができたとしても廃人だろう。
壊れてしまった心は機械と違って治せない。
「だから」
とっくに分かっていた。
「僕がやります」
バーナードに安楽死を施してあげなければいけない。
僕は意を決して宣言した。
きっと、
けれど、友達だからこそ、一刻も早く僕がやらなければならなかった。
「お前が手を汚す必要は──」
「僕は電子除染技師ですけど、立派な医者です」
「…………」
二人で言い争っている時間なんて、バーナードの苦しみが伸びるだけだ。
すぐさま、処置に入る。
バーナードの体は黒焦げで、どこがコネクタ部分か分からない。分かったとしても焼き潰れて機能しないだろう。
けれど、脳内チップをどこに植え付けるかは分かっている。
一刻も早くバーナードを地獄の苦しみから解放しなければならなかった。
「助けてあげられなくてごめんね、バーナード。いま楽にしてあげるからね」
テキパキと持っていた仕事道具を入れた鞄から必要な装置を取り出し、作動させる。
手慣れたもので、何も考えずとももう体が勝手に動いていた。
装置の起動、充電が終わるまで後10、9、8、7──。
その間、僕の脳裏にあったのは、バーナードのかつての姿だった。
「僕は、君がスラムの孤児たちに商売の分け前を気前よく配ってくれてるところ、本当に好きだったよ。君の武勇伝を子供たちは楽しそうによく聞いていてくれた。君はこの街の希望の一つだった」
語りながら僕が手に持っているのは、刺突スタンガン。アイスピックのような形状のそれは、肉体に刺し込み本来は神経を焼き切る後遺症を確実に遺す殺傷武器だ。中世時代、ミセリルコルデというトドメ用の刺し短剣があったという。こんなサイボーグが跋扈する時代になっても中世とやることが変わらないだなんて、本当に人類は進歩したのだろうか。
そしてそのままバーナードの頭を持ち上げ、後ろから首と頭の付け根に喋っている間に充電が完了したスタンガンを突き刺す。
そして、僕は過負荷電流を流し、バーナードの生命維持をしてしまっている脳内チップだけを焼き切った。
「ありがとう。よく眠って」
バーナードの苦痛に見開いていたままだった瞳を手で抑え瞼を閉じる。
少しは穏やかに逝けただろうか。
バーナードはいい奴だった。
このスラムでストリートチルドレンの面倒を見てくれるような大人がどれだけいただろうか。
なんでこのスラムでは、いい人から死んでいってしまうんだろう。
どうして。
どうして。
答えのない問いばかりが頭を埋め尽くした。
自分からやりますと言ったのに、地面に腕を突いて呆然としてしまった僕を見かねてか、
「ここにいる限り人が死ぬとこは山ほど見るって分かってただろ。自分の手で殺さなきゃいけない時もあるって」
勿論、覚悟はしていた。そして、それに慣れつつもあった。
人の死に慣れてしまったことが一番悲しかった。
それすらも慣れてしまった。
きっとここまで気にしてるのはバーナードが友達だったからだ。多分、友達でなければ気にも留めない。
本当はバーナードの死ももっと悲しむべきなのに、一つの命が終わったのに。今日もこの星は廻る。そしてきっとこのスラムでは明日も誰かが死ぬ。
「ミアもバーナードも……みんな死んでいく。希望が見えた途端、踏み潰される。だからお前はどこか他所に行くべきだ」
分かってる。この人は僕のことを大事に想ってくれている。
だから、突き放すようなことを度々言うのだ。
苦言ではあったけれど、声音には心配が篭っていた。
けれど、
「嫌です」
僕はいつものように真っ向から跳ね除けた。
「なんでだよ」
「貴方を置いていきたくないからです」
こんな地獄に貴方を一人にしたくない。
「……勝手にしろ」
「ええ」
もう何度も繰り返したやり取りを飽きもせず繰り返す。
それは、多分、僕達にとって愛情を確かめる行為の一つでもあった。
自分の、そして相手の。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
バーナードの遺体を一度死体袋に入れて保管し、家に帰ってきた時だ。僕の脳内メモリにメッセージが届いた。
差出人は、──バーナード。
バーナードから? なんで、今になって。
僕は逸る気持ちに急いでメッセージを開く。
そこには、こう書かれていた。
『わりぃ。これがお前に届いたってことは俺トチったってことだ。
俺がトチっちまった時に自動送信される、そう仕組んでおいた。上手くいってるかな? 俺がトチらねえと送信されねえからどうやっても俺は確認できねえんだケドよ。
多分、後始末とかお前にやらせちまってるんじゃないかな。分からねえケド。
俺ってば天才ちゃんだからよ。自分がやらかした後のアフタープランってのも用意してるってワケ。
言ったろ? 俺はタダじゃ死なないって。
俺報酬はさ。電子マネーとリアルマネー両方もらっておく主義なワケで、電子マネーはほぼ丸ごと全部手付けずに溜め込んでるワケ。んで、実は生命保険とかも入っちゃってたりするワケで。多分、俺の生存信号が途絶えてメッセージがお前に届く頃には金が入ってきてるはずだ。
でさ、この街で一番信用できるやつって言えばお前らなワケで。
だから、この金であのスラムのガキどもを頼むわ』
最後に、通帳番号と暗証番号が添付されていた。
銀行のサイトに飛んで、番号通りにアクセスすると確かにバーナードの口座で、多額のお金がそこにはあった。
僕は慌てて
「これは……」
二人して口座に表示されている数字を眺めていた。相当の額がそこには羅列されていた。
ただ、この額でもさすがにバーナードの願い通り、この地区に推定300人いると言われているストリートチルドレンを全員孤児院へ入所させるのは厳しい。けれど、少なくともその内幾らかはこのスラムから救い出せるはずだった。
それだけの十分なお金だった。
となれば、こういう時に僕が頼るのは
僕は急いで、その人物へと連絡を取った。
『君が頼ってくれて嬉しいよ』
電話口から柔らかな声音がした。
相手は用件を言う前から僕がなにかお願いごとをするのを分かっているようで。
電話口の向こうはこのスラムの軍上がりのサイボーグたちの動向を監視する駐屯軍、その司令官さんだ。戦地の前線を、デッドコピーという死んでも自我をコピーして別の機体で生き返る不死のアンドロイド兵が守っているため、生身の人間は駐屯軍として内地の治安維持に励んでいる。
僕はお忍びでスラムの視察中だった司令官さんとひょんなことから知り合い、それからというものいつも懇意にさせてもらっている。させてもらいまくっている。
いつもいつも、僕の我儘に振り回される司令官さんは、何も文句を言わずに僕の我儘を聞いてくれた。
それと言うのも司令官さんは僕が
僕は司令官さんの想いに何も応えてあげられないどころか、その恋心を利用してこの街の盾にしている。それら全て分かった上で、司令官さんはいつでも僕の言葉を熱心に聞いてくれるのだから度量がすごいというか、愛が深い。恐れ入る。そりゃあ
僕はかくかくしかじかとこれまでの経緯を説明した。その間、司令官さんは、うん。うん。と熱心に相槌を打ってくれていた。
『ふむ、ストリートチルドレンか』
僕から話を聞かされた司令官さんはそこで言葉を切って、しばらく考え込んでいた。
ややもすると、どうやら結論が出たようだった。
『せっかくだ。今いるストリートチルドレン300人とも全員孤児院に送るとしよう』
「でも、お金が……」
300人ともなれば、相当な額が必要だろう。彼らがある程度大人になるまで10年として、それまでの費用は、さすがに、バーナード一人の個人の努力で賄えるものじゃない。
けれど、司令官さんは大丈夫と強く言い切った。
『うちの軍属の孤児院がある。そこにも手配をさせよう。そのお金で、君たちは私設の孤児院へ子供たちを入れれるだけ入れてしまいなさい。残りは私が手配させた孤児院に。軍属の孤児院なら国が費用を賄ってくれる』
「軍属、……ですか」
子供たちを危ない目に合わせてしまうんじゃないか。軍属となると厳しいところなんじゃないのか。
僕が思わず溢してしまった不安の声を感じ取った司令官さんは、僕の不安を払拭するように言葉を重ねた。
『心配させてしまったね。大丈夫、子供に厳しい訓練などさせたりはしないさ。もちろん勧誘はあるだろうけれどね。だが、普通に生きる道も提示するとも。それに今は生身の人間が前線に駆り出されることもない』
確かに、今はデッドコピーという不死のアンドロイド兵が人間の代わりに戦ってくれているのだ。普通の人よりは危険と接する機会も多いだろうが、今はそれほど危険でもないのかもしれない。
『少なくともこの地獄よりかは、マシなはずだ』
「分かりました。それでいきましょう」
こうして話はまとまった。
司令官さんとの電話を礼を言って切って、続けて、ネットで見つかる孤児院を検索し、片っ端から評判を調べ、問題なさそうな場所へと連絡を取る。司令官さんとも、逐一、調整、相談を重ねた。
ストリートチルドレンの子供たちを救うためのその作業は長時間にも渡ったが、なんてことはなかった。
亡き友人の最期の頼みなのだ。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
今日が、この地獄からストリートチルドレンの子供たちが外へ旅立つめでたい日となる。
この街のスラムの出入り口、フェンスとゲートの厳重な仕切りの横には二十四時間駐屯軍の監視員が立ち、その前方には子供たちを外の世界へと運ぶバスが何台も立ち並んでいた。この厳重な仕切りは
バーナードが汚い金を持って自由に行き来できる理由でもある。男はどうしても性欲に屈してしまうものなのだろうか。
バーナードは娼館の類はあまり好きではなかった。かといって、僕のように同性愛者でもない。バーナードが一番この街で自由な男だったのかもしれない。
けれど、そんな男ももういない。
そのバーナードに頼まれたのだから、責任を持って子供たちを見送りたい。その想いで僕と
推定300人にも及ぶストリートチルドレンの子供たちがバスの前に並ぶ様は壮観で、我ながらよく集められたものだと思う。
駐屯軍の人たちが街を駆け回って子供たちを集めて回って、僕と
幸いなことにバーナードと同じサイボーグの
スラムの子供たちはテレビやネットでヒーロー番組なんて見たことないだろうが、カッコいいものはカッコいいのだ。きっと覆面ヒーローの造形というのは子供たちの本能に訴えかけるものがあるのだと思う。もしくはバーナードが頑張ったおかげだろうか。
そういった要因とバーナードと親しく話していたのを、以前、子供たちに見られていたのでそこまで警戒されることもなく、子供たちはすんなり話を聞いてくれた。
子供たちが駐屯軍の兵士に誘導されて次々とバスに乗り込んでいく。僕がその光景を眺めていると、ふと一人の男の子がバスの列から外れて、キョロキョロしているのが目に止まった。
どうしたんだろう?
心配で僕がじっと見つめていると、バスに並ぶ列から外れてキョロキョロと辺りを見回していた子が僕と目があってトコトコと駆け寄ってくる。五歳くらいだろうか。まだ大分幼い。男の子だった。
「どうしたの?」
できるだけ目線を合わせるようにしゃがんで声をかけた。
「バーナードおじちゃんは? お見送り来てくれないの?」
ああ、そっか。もしバーナードが生きてたら絶対お見送りに来てくれるよな。多分、子供たちを豪快に「オラァ、幸せになれぇ!」とか言って送り出してくれるだろう。
この子が疑問に思うのも無理はない。
ストリートチルドレンはバーナードが死んだことを知らなかった。僕は伝えなかったのだ。子供たちを傷つけたくなくて、ううん、違う。子供たちを傷つけるのが怖くて、だ。
「バーナードは遠くに行っちゃったんだ」
「えー、バーナードおじちゃんのお話もっと聞きたかったのに」
男の子は、不満そうに口を尖らせた。
そうだね。僕もバーナードの与太話がまた聞きたいよ。
「バーナードは自分は大義賊だって話してたでしょ? みんなみたいな親のいない子供を助ける大義賊だって。ほらみんなにはこうしてバスが来て、孤児院──大きなお家に向かうから、だからね、バーナードは他の町のみんなみたいな子供を助けに行ったんだよ」
本当にそうだったらよかったのにな。
言っていてズキンと胸が痛んだ。
いけない。この子に悟られないようにしないと。
「そっかあ! バーナードおじちゃんはすごいんだもんね! じゃあ、会えなくなるのもしょうがないね。でも、おじちゃんに会いたいな……」
初めは感激したような声を上げたのが、寂しさに徐々にトーンダウンしていく男の子に僕は微笑んだ。
「大丈夫だよ」
「え」
僕の言葉に、男の子はびっくりしたように顔を上げた。
「君達がいま生きてるのはバーナードが頑張ったからだ。だからね、君達が生きてる限りバーナードは君達と共に生きてる」
それは、もしかすると、僕がそうであって欲しい。そう思いたいだけのエゴなのかもしれないけれど。
バーナードの生が無駄で終わらないで欲しいという、祈りだった。
「バーナードのこと覚えていてあげてね」
「うん」
男の子は僕の言葉に神妙そうに頷いた。きっと大切なことなんだっていうことは分かってくれたんだと思う。
いつかは、僕の真意に気づくのだろうか。バーナードがこの世を去ってしまったことにも。
「ほら、じゃ、バスに乗って」
男の子の背を押して、バスに乗るよう促すと、男の子は僕と
司令官さんが手配したバスに乗せられてこの街の外のずっと遠くの孤児院にストリートチルドレンの子供たちは行くのだという。
そして、バスは走り出す。一台、また一台とゲートを越えて、外へ。
子供たちは外の世界で何を思うのだろう。何を見るのだろう。
きっとたくさんの可能性が子供たちを待っている。
僕は隣で腕組みをする
「あの子達は幸せになれますかね」
「さあな。ま、ここよりはいいとこだと思うけどよ」
それは確かだと思う。思いたい。
「でも、間違いないことはただ一つだけあるぜ」
「ええ」
僕は、頷く。
なんとなく、ふと予感めいて
「確かに、あの守銭奴はタダじゃあ死ななかったな」
「ですね」
『タダじゃ死なない』は、バーナードの口癖で。
死んでも無事に子供たちをこの街から救い上げたバーナードは間違いなく大義賊だった。
────I dreamed a dream.
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