ゆる拷問のススメ

ちびまるフォイ

なんでもかんでも「しかたない」

「また入力が間違えていたよ。これで3回目だ」


「そうですか」


「反省してるのかね」


「反省してます。だからもう仕事やめます」


「んなっ……!!」


4月に入った新人さんが翌週には退職した。

社長に呼び出されたのは自分だった。


「〇〇くん、君なんで呼び出されたかわかる?」


「週末のゴルフですか?」


「ちがうよ。新人くんがやめたんだ。

 我慢ができてないとは思わないかね」


「まったくです。最近の若いものときたら……」


「じゃなくて君だ。君が我慢できてない」


「私ですか?」


「そう、ちょっと我慢すればいいのに。

 まったく……ワシが社員だった頃はもっとひどかった。

 君のような時代には甘くなったものだよ」


「ちょっとまってください。私が悪いんですか!?」


「そうとも。君はもう少し我慢強くなければならない。

 さもなくば週末のゴルフはおろか、職場に席はなくなるぞ」


「そんなの我慢できない!」


「じゃあ我慢できるように頑張ることだ」


社長の遠回しな解雇通告に焦って向かうは"ゆる拷問サロン"。

中に入ると拷問官が明るい表情でまっていた。


「いらっしゃいませ! ゆる拷問サロンへようこそ!」


「はじめてなんですが……」


「大丈夫! あなたもゆる拷問サロンで、精神面を強くしましょう!」


「は、はい!」


サロンには自分以外にも同じような人が集まっていた。

ゆるい拷問がはじまる。


「ではこの薬を背中に塗ってください」


「先生、この薬なんです?」


「背中かゆくなる薬です。塗ったら腕はここに固定してください」


「ああ、かゆい! でも腕が動かない!!」


「はい! ゆるい拷問です! さあ耐えて耐えて!!」


血を流すわけでも、何かを自白するわけでもない。

日常の延長線でできてしまうようなゆるい拷問が行われた。


「では次に、スマホからひっきりなしに

 空っぽの通知音が届き続けるゆる拷問です」


「ああ、集中力が途切れてイライラする!」


「次は、右耳と左耳で微妙に音ズレするゆる拷問」


「うううう、違和感がありすぎる!!」


その後もゆる拷問は続いて、カリキュラム終わる頃にはぐったりした。


「はいお疲れ様。ゆる拷問は以上です」


「こんなの……効果……あるんですか……」


「効果アリまくりです。

 現代人は便利なものにかまけて我慢を忘れています。

 ゆる拷問を経て、自制心をやしなうのが目的です」


「ですかね……」


ゆる拷問を受けた電車の帰り。


隣に立つ人が爆音の音漏れをし、

後ろの人が背中のリュックを何度もぶつけ、

目の前に座る人がガニ股&貧乏ゆすりを始める。

四面楚歌のイライラ環境であるはずが。


「……ぜんぜん平気だな」


驚くほど自分は平常心だった。


今まではイライラしてスマホに呪詛の言葉を連ねていた。

ゆる拷問で自制心が鍛えられたのかもしれない。


「これからもゆる拷問、かよってみるか」


決意をあらたにゆる拷問サロンに足繁く通った。

それからしばらくして社長に呼び出される。


「〇〇くん、なんで呼び出されたかわかるかね?」


「週末のゴルフですか」


「いいや、君の昇進だ」


「え」


「あれから君は拷問をこなしているそうじゃないか。

 聞けばもう「ゆる拷問検定準1級」の資格あるそうだね」


「ええ。たいていのことは"しかたない"で済ませられる精神力があります」


「それはまさに管理職向きだよ。ぜひ昇進したまえ」


「お断りします」


「なんでだ。しかたないで済ませてくれよ!」


「実は私」


社長にちょうど出来立てのポスターを見せた。

そこには自分の写真と名前がデカデカと印字されていた。


「私、政界にデビューするので会社やめます!!」


こうして晴れて政治の舞台におどりでた。

目的はただひとつ。


「国民をより強くしたい!! ゆる拷問を義務教育に!!」


ゆる拷問党を立ち上げて選挙戦にうってでた。

投票率0.000001%と、AIによる診断99%により見事自分は大統領となる。


かかげていた公約を実行に移すときだ。


「みなさん、現代人は今の便利さに甘えすぎている!

 精神的耐久性がなくなり弱くなっています!

 今いちど!! 心の強い人間になりましょう!!!」


大統領令により、すべての学校でゆる拷問が加えられた。

おとなになってからも研鑽を積ませるため、

健康診断より多い頻度でゆる拷問を義務化。


どれだけ辛い環境でも我慢ができたか。

それは新たな人格評価軸として広まった。


怒ったり悲しんだり、人前で感情を出してしまうのは自制心の低さ。

今が辛いのは単に自分が我慢に慣れていないだけ。


そんな"しかたない文化"が広まって国が変わった。


「みなさん、おめでとうございます!!

 ゆる拷問の義務化で国民はより精神的に強くなりました!!

 これからもたゆまぬ努力を続けて自制心を磨きましょう!!」


ちょうど大統領演説をしているときだった。

空から緑の光が一瞬発光し、UFOと宇宙人がやってきた。


「オマエ、コノクニ、リーダーか」


「あ、ああ……」


「このホシはワレワレが乗っ取っタ。

 逆らエバ、このホシをバクハする」


「ひえええ」


「オトナシク、ワレワレにシタガエ。よいな」


あまりに一方的で片方にしか利益がない提案。

それでもゆる拷問をしっかり受けていた大統領は答えた。


「しかたない」


「カシコイ選択ダ」


突如やってきた宇宙人は国の乗っ取りに成功。


地球人とは異なる文化圏で生きていた彼らは、

もはや地球人を家畜かなにかだとしか認識していなかった。


「このホシはワレワレのものとなった。

 これからは、毎週日曜日だけが休日。祝日は廃止。

 1日10時間労働とし、恋人や結婚相手もワレワレが決める」


宇宙人はわかっていた。

ゆる拷問で心まで調教された国民がなんて答えるか。

かれらの返事は「しかたない」だけ。

それをわかっていて無茶な悪政をしいた。


しかし、国民の答えは以外なものだった。



「え!? そんなに休んでいいんですか!?」



法律により毎週休みなしで1日20時間労働で自由恋愛近視。

それらを「しかたない」で済ませていた彼らにとって。


宇宙人の支配はむしろ現在のディストピアからの解放となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゆる拷問のススメ ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ