第4話 右か左、どっち!?

 昼休みになんやかんやあったものの、その後は特に何も起きずに放課後を迎えた。今までだとHRが終わったら素直に家に帰るだけだったのだが、幼なじみごっこを始めることにした今日からはそうはいかなくなる。


「……輝雪。アレはなに? 真珠まみは何であの二人と楽しそうに話をしてる?」


 あの二人というのは今朝、幼なじみ同士で交際発表をした二人のことを言っているわけだが、神崎じゃなくても俺も戸惑う光景だ。


「さ、さぁ……」

「いくら自分らで幼なじみの真似事を始めるからって、今まで嫌っていた奴らと仲良くするとか、あたしは無理なんだけど」

「俺も」


 神崎とは否定派同盟を抜きにしても、親友みたいにいつも一緒にいることが多いせいか、何か変わったことがあった時も共有することが多かったりする。


 席が近いというのもあるけど。


 一方で永田は割と独断で動く女子。クラスの男子に大人気で常に誰かが話しかけているせいもあるとはいえ、俺や神崎と違っていつも一緒にいるわけじゃない。


 否定し合ってる時だけは一緒にいた程度だったから、永田がどこで何をしても文句を言う資格はなかったりする。


 だけど、否定の対象になっていた二人に近づいて笑顔で話をしてるとなれば、俺と神崎としては理解が追いつかなくなるわけで。


 言葉を失う俺と神崎で永田の動きを監視していると、満足げな表情で永田が俺たちのいるところに戻ってくる。


「真珠! どういうつもりだよ! 何であいつらと楽しそうに話を!」


 俺よりも怒りを露わにした神崎が永田に詰め寄るが。


「何が?」

「あいつらは幼なじみ同士でくっついたムカつく奴らだぞ! 今まで否定してきた奴らと何で仲良くしてるんだよ!!」


 まさしくそれだ。


 神崎の幼なじみ嫌いは半端じゃないから当然の言い分だな。


「何を言うかと思えば……でもさ、私たちも幼なじみ同士の関係だよね~? 幼なじみとして始まったんだし、幼なじみのセンパイに色々訊きたいなぁって思ったから訊きにいっただけだよ? どうして怒ってるの~?」


 幼なじみ「ごっこ」なのに、永田はすっかりモードに入ってしまったわけか。


 俺の想定では神崎の様子を見て分かるとおり、時間がかかると思っていた。あくまで真似事だし、遊び感覚でいければいいなくらいの感じだった。


 それなのに、今までそんなに積極的でもなかった永田が強引になるなんて予想出来るはずもない。


「幼なじみ同士……?」


 神崎が俺を見てくるが、とりあえず無言で頷いてみせた。


「あ、あぅぅ……そ、そっか」


 俺の表情でハッとなったのか神崎はすっかり大人しくなってしまった。昼休みの間接キスは幼なじみごっことしての行動でもなく、神崎にとっては自然だったわけだ。


「うんうん、分かってくれた?」

「うぅ……」


 神崎が顔を赤らめて恥ずかしそうにしているが、もしかして昼休みのことを思い出したのか?


「それでね、に訊いてきたんだけど、やっぱりゆくゆくはなんだって~! だけど、そんなのんびりと深めるとか面倒だからこれから毎日っていこうかなって思ったんだ~」


 何かの参考になりそうなものを訊いてきた感じなんだろうか。それにしたって、言い方とか雰囲気がかなり怪しく思えるが。


「とりあえずだけど、光希みつき。私が立ってるところに立って?」

「そこに?」

「うん」


 神崎が永田がいたところに立つと同時に、永田は教室に誰も残っていないのを気にし始め、廊下に顔を出して廊下に誰もいないことまで確認した。


 放課後にしつこく教室に残る奴なんてほとんどいないのに、永田はやたらと人目を気にしているようだ。


「永田、どうした?」

「誰もいないと出来ないことだから、念には念を入れたの」


 誰かに見られたら駄目なことでもするつもりか?


「それじゃあ、雪くん。選んで?」

「ん? 何を?」

「右か左か、どっちがいい~?」


 俺の立ち位置から見て、右は神崎、左は永田が立っている。神崎はもちろん、永田も特に何かを手にしているわけじゃなく、単純に立っているだけだ。


 選ぶも何も――


「――選ぶってまさか、二人のうちのどっちかって意味か?」

「ぶ~~! 違いま~す」

「ちっ。真珠の企みはともかく、選ぶなら早く選びなよ! 男だろ!」

「それはそうだけど……」


 男だから即決とか関係ないと思うけど。


「……心配しなくてい~よ? 雪くんは選ぶだけだから」

「そ、そう? それなら……」


 誰を――という意味でもないなら神崎が立っている右にしとこう。


「俺は右かな」

「あ、あたしをか?」

「やっぱりね~。雪くん、右が好きそうだもんね。じゃあ雪くん、前ならえのポーズをよろ~!」

「へ?」


 前ならえ……高校生になった今じゃほとんどしない動きだが、それくらいなら誰でも出来る動きだ。


 何が起こるのかさっぱりだが、ここは永田の言う通りにしてみる。


「ほい、じゃあ光希は数秒我慢~!」

「私も数秒耐えるから」

「……んん?」


 前ならえポーズでそのまま待っていると永田は急に俺の腕を引っ張り、そして――

 

「――んんぁっ!? な、なななな……」


 俺の右手によって右胸を鷲掴みにされた神崎が驚きの声を上げる。そして左手は、永田の左胸に触れていた。


「あっ、ちょっと勢い弱かったかな。どう? 雪くん、気持ちいい?」

「え、いやっ、俺はその……」


 永田は鷲掴みにされていないせいかほとんど動揺していないが、神崎はプルプルと体を震わせて耐えている。


「光希~? 感想聞かせて~?」


 ……鬼だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る