愛5
葬式があった。理想先生はずっと泣いている。勇気はうつむいて目を閉じている。希望先生はいつもと変わった様子はない。夢は微笑んでいて何を考えているのか分からなくて、現実は居心地が悪そうにきょろきょろとしている。
「私、場違いじゃない?」
「愛さんが呼ぶように言ったんだから仕方ないだろ」
「なんで呼ばれたんだろう」
現実は愛さんのことを知ってるし、私と親しいことも知っているが、当人同士にはあまり関わりがない。ナンパされたことがあると言うだけで、それもなかったことになったし、そもそもナンパして断られただけの相手を自分の葬式に呼んだら頭がおかしい。
「さあ、何でだろう」
愛さんのことだから何か深い考えがあるのだろう。いやないのかもしれない。ただ単に蚊帳の外に置きたくなかったのかもしれない。
「若い人のお葬式ってなんかやだね」
ただの一般的な意見。しかしまあ、私はこの葬式が茶番にしか見えない。結局彼女は生き返るだろう。私は頼まれなくても生き返らせるつもりだし、頼まれている。しかし頼んできたのは意外なことに死んだ当人ただ一人だ。
「僕を生き返らせて欲しい。死ななくするのでもなく、死をなかったことにするでもなく、生き返らせて欲しい」
わざわざそう頼んできた。その違いは私にとっては明確だ。他の人にとってもそうだろう。
「生き返らせる時期はそうだね、理想が泣き止んだ頃にして欲しい。それが誰もが死を受け入れた時期ってことなんだ」
「分かりました。でも、なぜ、他の方法ではなく、生き返らせる、にしたんですか」
「一度死んでみたい。そして生き返ってみたい。それだけじゃ不足かな」
「理想先生みたいですよ、それ。それにそれだけじゃないんでしょう」
自分が体験したい、というだけでなく、私に体験させたい、ということ。
「何のことかな」
愛さんはとぼける。とぼけると言うことは答える気がないと言うことだ。何でも知っている人間がするのなら特に。
理想先生は意外なことに一週間くらい泣き続けた。愛さんより私の予想に近い。ただ、あえて予想を外したという可能性だってある。それにどういう意味があるのかは分からない。
いずれにせよ、泣き終わった後はけろっとしていた。二人ともが予想していていたことだ。
遺言通り、生き返りの儀式の準備をする。本来そういうものは必要ないが、気持ちの問題だ。成功、失敗、そういうものとは関係がない。生き返らせるときの気持ちが、私を納得させ、生き返らせた後の気持ちを安らがす。
学校の空き教室を閉め切り、台の上に遺品を集めておく。祭壇と言うほどのものではない。何の変哲もない、一人用のテーブルほどの大きさの、木の台。自分で木の板を買い、のこぎりで切り、釘を打って作った逆さの箱。
儀式なんて言うが、遺品と台の他には何もない。魔方陣も怪しげな薬もなく、呪文なんかも唱えたりしない。儀式は私の頭の中で行われる。
みんなの頭の中から愛さんの姿を取り出す。遺灰と火葬の煙、かつて、愛さんそのものだったものをかき集める。愛さんが死んだことによって生まれた空白の輪郭をなぞる。そういういろいろなものを材料にして愛さんを再び作り出していく。作り出していくものの、本当の愛さんとはいろいろと違いがあって、そういうものを容赦なく足したり引いたりしていく。
魂。そういうものがあるらしい。肉体に付属するものだろうか。それとも肉体とは独立して存在するものだろうか。後者だとすれば、彼女自身の魂を、あの世(あるのか?)か、そこら辺の空中から探し出してくる必要があるだろう。
結論から言うとその心配は杞憂だった。練り上げていく肉体に魂が宿っているのを感じる。その形は生前の愛さんと同じだ。
「できた」
完璧だと我ながら思う。寝ている愛さんの肉体は美しい。後は服を着せて起こせば完了だ。
しかしながら、この人が本当に愛さん自身と呼んでいいかは疑問だ。理屈と材料をこねくり回したのは失敗だったかもしれない。自分が作ったという意識が大きくなってしまう。
「おはよう」
そんなことを考えていたら、服を着せる前に起きてしまった。一切の動揺もなく、遺品として持ってきた中にある服を迷わず取り、着る。
「気分はどうですか」
「とてもいい。死ぬ前よりずっといい」
「あなたは本当に言語道断愛ですよね」
「それを決めるのは僕じゃない。だけど、僕は僕だ。僕でしかない」
「そういう話はどうでもいいんです」
「僕は間違いなく言語道断愛だ。これでいいかな」
「そう、そういう感じです」
「まあいいけど。そういう話なら僕にとっても君にとっても面白いことが起こっているはずだ」
「どういうことです」
嫌な予感がする。
「別に警戒するようなことじゃない。めでたい話だ」
「誰にとってですかね」
「行けば分かるさ。さて、レッツゴーだ」
「どこに行くんですか」
手を引かれる。愛さんが扉を開ける。何かが入ってきて、愛さんに飛びかかる。理想先生だった。
「寂しかったんですからね。いっぱいいっぱい泣いちゃったんですから!」
誰かと思うくらい甘ったれた声を出している。
「離れろよ。姉貴が迷惑してるだろ」
勇気が渋い顔でそれを引きはがす。
「おはよう、姉貴」
そしてこれまた誰だという穏やかな微笑みを浮かべて言う。
「面白いことってこれですか? 確かに滑稽ですけど」
「君はたまに辛辣だよね。いや、これは違うよ。付いてくるといい。他の二人もよかったらどうかな」
「なに、なんですか」
「どこ行くんだよ」
「お祝いを言いに行くんだよ」
どういうことなんだろうと思っている間に、愛さんは先に行ってしまう。付いた先は。
「校長室?」
「そう、校長室だ」
「校長先生がどうかしたんですか?」
「最近姿を見ていないだろう」
確かに愛さんの葬式以来見ていない。
「それが何か関係があるんですか?」
「見れば分かる」
愛さんは扉をノック。返事を待たずに失礼しますと言って中に入る。
校長先生は仁王立ちで待ち構えている。
「黄泉がえりおったか。まあいずれとも思ったがちと速すぎやせんかのう」
「お久しぶりです、母上」
母上、母上ときたよ。
「ママと呼んでくれてもいいんじゃよ」
「それはちょっと」
それにしても、見れば分かると言われたのに全然分からない。愛さんをちらっと見ると、耳打ちしてくれる。
「お腹のあたりを見ればいいよ」
ふむ、なるほど。よく見てみると確かにちょっと違う。太い。太ったと言うよりも、これはむしろ。
「妊娠? 妊娠してるんですか?」
「よく分かったのう」
「父親は誰です?」
「まあ待て、父親などおらぬ」
「まさか、女同士で?」
「人の話を聞け。まあ、儂ともなれば単為生殖だって余裕と言うことじゃな」
それはそれでおかしい。
「まあ、それは、いいんですけど、なぜ、このタイミングで、そんなことに」
「死んだ魂をとらえ、強制的に生まれ変わらせる。そういう魔法みたいなものがあるのじゃ」
「大丈夫ですか? 聞いてるだけだとどう考えても外法とか邪法とかそんな感じですけど」
「まあ、生前に同意はとっておるし」
「でも、いや、一週間くらいですよね、お腹大きくないですか?」
「妊娠期間も成長速度も自由自在じゃ」
「うわー、外法」
「失敬じゃのう」
「いや、しかし。そうなるとこの人はいったい何者になるんですか」
私は自分が復活させた愛さん(らしきひと)を指さす。
「僕は僕。間違いなく言語道断愛だよ」
「増えてるんですけど、魂」
一つが二つに
「増えたら困ることがある?」
「いやないですけど。そもそも増えるものなんですか、魂」
「知らないよ。僕に霊感はないし。でも実際に増えているんだろう?」
「増えているんですけど、でもーーーーー」
「何を困っているのか分からないよ。あの二人を見てごらん」
指さした先を見てみると、理想と勇気が、二人の愛さんをどう分けるべきか話し合っていた。
「うわあ」
「僕が増えるのは、悲しい?」
「そうじゃないんです。生き返らせるっていうのがどういうことなのか本当に意味分からなくなってるだけです。本当に生き返ってるんですか」
「君は忘れてるようだけど、君が悩んでいたのは魂がどうとかいうことだったかな?」
「……いえ、そうじゃなかった気がします」
「そう、どういうことを考えていたのかな」
「死ぬ前と、生き返らせた後、ほんとに同じなのかっていうことです」
「そう、同一性の話だね」
「そのはずだったのに、魂がどうとか言い出すから……」
「魂なんていうのは同一性を示すための便利な概念に過ぎないよ」
「でも実在するんですよね」
「知らないよ。認識できないし、僕にとっては実在しないも同然だよ」
「ええと、でも」
「たとえば僕ら姉妹は君の両親の生まれ変わりなんだろう? 同じに見えるかい?」
「いえ、全然」
まあ、似てるところはあるかもしれないが。
「そうだろう。魂、なんて全然たいした影響なんてないんだよ」
なるほど、と、丸め込まれそうになるが、しかし、根本的な部分で解決していない。
「たいしたことない、なんて関係ないんですよ。完全に同じじゃなきゃ」
肉体は完璧に再生したという自信がある。しかし、魂がどうかまでは分からない。見た限りでは、二つの魂は全く同じに見える。
「どうしても僕を完全にしたいのなら一つ方法があるね。僕の魂とその胎児の魂を交換するんだ」
「えっと、いきなりバブバブ言い出したりしませんよね」
「大丈夫だよ。記憶と人格は脳の中にある」
「じゃあ、魂っていったい何なんですか」
「言っただろう、全然たいしたものじゃないって」
「そうですね。そういうものなのかもしれないです。もういいです。分かりました」
「分かったのか?」
「なんて言うか、客が満足しているのに、まだ足りない、まだ完璧じゃない、と言って渡した後の商品に手を加えようとしてるってことですよね。うざったいですよね」
「僕は満足してるけど、もっとよく出来るならそうして欲しい」
「いいんですよ本当によく出来るか分かりませんし。結局私のわがまま、自己満足なんですよね。本人も周りも納得しているのに自分だけ納得できないでいる」
「下らんのう。儂の、おぬしの言うところの外法を信じられて自分の全能を信じられんとは。もはやおぬしが信じられんのはおぬしだけ、おぬしを信じられぬのもおぬしだけ、じゃ」
自分は全能であるが故に自分を信じない。オカルトでも超科学でも、それが世界の枠の中にあるのなら、何が起ころうがそれは正しい。正しいから起こるのだ。だが私は枠ごと壊す。間違ったことでも起こしてしまう。結果の正しさなんて誰が保証できる?
「枠なんて最初から壊れているのかもしれない。起こることは全て間違っているのかもしれない。幻ちゃんは世界を過信してるよ」
「世界が間違っているのなら私は何を信じればいいんですか?」
「自分自身。正直に言えば、神様が自分のことを信じていないって言うのもおかしな話だね」
「私は自分自身を信じたいし、愛さんのことを信じている。でも、私が言わせているんじゃないんですよね、あなたは本当に愛さんですよね」
「たとえ僕が、君の言う愛さんじゃなかったところで、何か関係あるの? 死んだ愛さんのために、目の前にいる僕を否定するの?」
「ごめんなさい。そんなつもりじゃないんです」
「いいんじゃないかな、自分なんて信じなくて」
「え?」
「人は死ぬ。悲しいけどでもそれは当たり前なんだ。死んだ誰かの代わりに、悲しみを癒やすためにそのそっくりさんが現れたって考えてもいい」
「言うことがころころ変わりますね」
「何だっていいんだ。君が救われるために必要な答えを選べばいい」
「なんでそんなに優しいんですか?」
「好きなんだよ。つきあって欲しいくらいには」
私はその答えに笑う。
「それっぽい答えです」
「だろう」
「でもダメです。さすがに三股は、みんながよくてもこっちが辛い」
「ダメか」
「ダメです」
本物でも、そうじゃなくてもどっちでもいい。彼女は彼女だ。世界にとってそうであり、私にとってもそうであるならば、それは実際にそうであると言えるのだろう。
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