私1、妹4
「よう、遅かったな」
手術室はひどい有様だった。血まみれで、壊れていない設備はない。あちらこちらに肉片がへばりつき、うごめいている。そのうちの一つを勇気が踏みつぶした。
「飲まず食わずに睡眠もなしで肉をつぶしてまわるのは、なかなかにつまらねえ。交代してくれねえか」
「馬鹿なことを言うな。私は妹を助けに来たんだ」
「あっそ、じゃあやって見ろよ」
彼女は一瞬で間合いを詰め、蹴りを繰り出してきた。
私はそれを難なくかわすと不思議な力で彼女を吹き飛ばした。そのままその力で壁に押しつける。
なるほど、これが妹の使っていた力か。
「なんだこりゃ」
「今の私に勝つことは出来ないよ。私は全能の力を手に入れたんだ」
「へえー、そりゃすごい。でもその程度で俺に勝てると思ってんなら舐めすぎだな」
壁に押しつける力を跳ね返して、一直線に突進してくる。頭に向かってきた右拳をかわすが、そこに左が飛んでくる。避けきれず、頭に喰らう。砕くというより貫かれる。それはすぐに再生するが、体制を整える前に腹に蹴りを食らう。引き裂かれ臓物がはみ出る。こんな風に、拳で脚で掌で指で頭で繰り出される攻撃を、急所やそうじゃないところに食らい続ける。全てが致命傷で私は死に続けて生き返り続ける。考える暇すらない。
でも、できるはずだ。ぜんのうとはそういうものだ。かんがえられなくてもかんがえられる。かんがえなくてもころせる。かんがえなくてもなんでもできる。ぜんのうだから。ぜんのうっていうのはそういうものだから。
何かが起きて、静かになった。
肉体が再生するのを待って目を開く。そこには誰もいない。勇気も、妹も。妹も消し去ってしまったのかと一瞬思うが、外に向かう血の足跡を見つけてほっとする。妹も再生してどこかに向かったのだろう。……どこへ?
手術室の外に出る。足跡は中庭に続いていた。病院の中は静かだ。あの人たちを除けばみんな避難したのだろう。
中庭ではもちろん妹が待っている。こちらに背中を向けて。素肌の上に病院の中で見つけたのだろう白衣を羽織っている。透けててエロい。
「こんなときに変なことを考えておるのう」
中庭の端っこから声が聞こえた。校長先生だ。
「校長先生も心が読めるんですか」
「そんな顔しておれば誰にでも分かるわい」
そんなに顔に出てたかな……。まあそれは後にしよう。このあたりでもう終わらせなければいけない。
「それにしても何でここに」
「始めたものとしては終わりを見届けねばなるまい」
「今まで何をしてたんですか」
「あやつらと一緒におると命がいくつあっても足りんわい。要するにつきあい切れんということじゃ」
「それじゃあ――」
「儂のことはもう良いじゃろう。妹と話し合ってこい」
「それもそうですね」
妹の背中にゆっくりと近づいて、声をかける。
「夢」
久しぶりに名前を呼んだ気がする。
「お姉ちゃん」
振り向いたその顔の形はいつもと同じ私とそっくりだ。
「もう十分だろう。もう全部やめて家に帰ろう」
「無理だよ。もうたくさんの人が死んでる。なかったことには出来ないよ」
普段の明るさはなりを潜め、疲れた顔をしている。
「できるだろう。私たちには」
「変わったよね、お姉ちゃん。昔なら絶対そんなこと言わなかった」
「じゃあどうしろって言うんだ」
「お姉ちゃんには何も出来ないよ。するのは私で、私がすることは決まっている」
「何をするんだ」
妹は中庭のど真ん中に座って、あぐらをかく。汚れた右足を手でぬぐってさらに持ち上げる。そしてつま先を口に含んだ。
特殊なフェチのビデオみたいだなと思っているうちに足があっという間に口の中に吸い込まれた。脛が飲み込まれ、腿が消える。のども腹も膨らんだ様子はなく、大量の体積が消え去っている。
「おい、ちょっと待ってくれ」
口の中より引きずり出そうとして、力負けして出来ず、左足と胴体までが吸い込まれてゆく。
「話を聞いてくれ! ていうかどうなってるんだこれ」
「やれやれじゃのう」
いつの間にか隣に校長が立っていて、妹の口に自身の右腕を突っ込む。一瞬妹の体が膨らんで、そして口から吐き出される。唾液でぬれて、白衣がさらに透ける。エロい。
「どうやったんですか」
彼女は唾液まみれの右腕を掲げた。すると腕が膨れ伸び、指が増えた。
「飲み込む速さより早く増やせばまあこうなるのう」
「余計なことを……」
「まあ、世界を滅ぼしたこともない奴が実際に世界を作った人間に勝てるわけもあるまい」
「くそ」
「まあ、おぬしがこやつにいらだつのも分かるが、話ぐらい聞いてやっても良かろう」
「いらだってるわけじゃないんです。この人はこういう人だから、そこはもう仕方がないことです」
「のう、幻ちゃん。ここからはお前の仕事じゃ。ここで間違えたら今度こそゲームオーバーじゃぞ。おぬしはリセットボタンは持っておるかもしれんが他の多くのものはそうではない。ちゃんと考えるんじゃ」
「分かってますよ」
「ほんとに分かっておるんかのう」
ほんとのところ自分自身でも分かっているかは分からない。でもいい加減分からなければいけないんだって言うことは分かる。
「いろんな人に怒られてきましたからね」
実際には呆れられたりうんざりされたりの方が多いが。
「そろそろ終わりにしなくちゃな」
妹に語りかける。
「私が何者かも、お前が何者かも、だいたいは理解した。思い出した。全能なのは私の方で、お前はそれを押しつけられただけだった」
私たちは確かに双子だった。彼女は生まれる前からこの世界を滅ぼすという運命を背負っていたが私は私で生まれる前どころか世界が誕生する前から全能だった。ただ私の実体がそこでそうやって現れたと言うだけのことだ。
母の子宮の中で私の隣にいたのは見た目にはただの肉塊だった。粘膜に覆われ、目も手足もなく、ただ口があった。それは私に噛みついてきたが、力はなく、結局甘噛みするような形になった。私はそれを哀れに思った。だからそれに私と同じ姿を与え、人間として生きていけるようにした。
そして彼女に全能の力を与えた。自分自身がその力にうんざりしていたことも確かだが、それ以上に彼女にはその力を使ってでも幸せになって欲しかったのだ。
だがそれは彼女の救いにはならなかった。彼女は全てを知ってしまっていたし、全てを知った彼女がどういうことをしたかはすでに知っての通りである。
結果的には大きすぎる力とそれに伴う責任から逃げて彼女に押しつけたと思われても仕方ないと思う。実際に自分自身にそういう気持ちが全くなかったとも思わない。
まずすべきだったのは彼女から破壊神としての運命をぬぐい去ることだった。それが出来なかったことを本当に申し訳なく思う。
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